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あるいはファシリテーションが得意なコンサルタントによるノウハウとか失敗とか教訓とか

プロジェクトの経緯を全て公開した本ってありそうでないよね。あるいは住友生命青空プロジェクトという実験場

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先日、あるオウンドメディアから取材をしていただいた。
「なにを大事にしてコンサルティングしているか?」という難しいテーマだったので、理路整然と答えるというよりも、議論しながら一緒に考えていただいた感じの取材となった。あれを記事にするのはライターさん大変だと思うので申し訳なかったが、面白い議論にはなった。
(後日公開された記事はこちら https://www.bjcc.jp/blog/growth-or-not-from-the-corona-wreck

その中で僕が話したことの1つは、
「外や上から押し付けられた変革」ではなく、「地に足をつけた変革、いわばオーガニックな変革を支援している」ということ。

「外や上から押し付けられた変革」として今一番ホットなのはDX(デジタル・トランスフォーメーション)だと思う。
「どうも我社もDXやらんとまずいらしい」
「社長が旗を振ってDX推進部が立ち上がった」
こうやって立ち上がるプロジェクトは今、多いと思う。
一方で僕らが支援することが多いのは、中堅社員が「ウチの会社、こう変わるべきなのでは?」「どう変えればいいのか分からないが、今がダメなのは明らか」などと思いつめて、経営陣を説得して始まるようなプロジェクト。いわミドルアップだ。

もちろん前者のような、トップダウンで始まったプロジェクトに参加することもあるのだが、トップからの指示はたいていふんわりしていたり、現場の責任者(中間管理職)からすると、ピンとこないケースが多い(特に日本企業の場合)。
そういうときは必ず、「トップの意向はとりあえずありますが、本当のところ、なにをどう変えたら良いと思います?トップじゃなくてあなたは?」を議論し直すことにかなりの時間を使う。
もちろん、トップの指示に従って盲目的に走り出したほうが、一見速く進む。だがDXと呼ばれるような「デジタルをテコにビジネスを抜本的に変える」というタイプの変革は、そのまま走りきれるほど甘くはない。途中で迷走するくらいなら、プロジェクト立ち上げ段階でじっくり腹を固める方が結局は速い。

住友生命さんとやったプロジェクト(通称青空プロジェクト)も、そんなプロジェクトの典型だった。このプロジェクトについては「リーダーが育つ 変革プロジェクトの教科書」の1章で取り上げて、「プロジェクトを通じてリーダーシップを育むとはどういうことか?」を読者が想像する手がかりにしてもらった。

そして先日、プロジェクトに関わった住友生命のお二人と、ケンブリッジ榊巻の3人が書いた「ファシリテーション型業務改革」が発売された。僕の本とは違い、分厚い本まるごと1つのプロジェクトについて書かれている。
僕は執筆には参加していないが、非常に読みどころの多い本なので、特徴というか、読みどころを紹介していこう。
(ちなみに僕は登場人物として出てきます。比較的脇役として。あと、執筆には参加してないけど決起飲み会には参加した・・苦笑)



★特徴1:地に足をつけた変革
経営から与えられたプロジェクトゴールは「XX年XX月までに営業職員数万人が使うタブレット端末を更改すること」のみ。
本書では前半1/3程度を費やして、「単なる端末の更改ではなく、本当のところ何を変えるプロジェクトなのか?」を探り、練り上げ、全員の共通理解にしていく様子を描いている。
最初住友生命のプロジェクトメンバーの皆さんは、この「改めて何をやるかじっくり議論する」という工程自体に抵抗を感じていた。「そんな議論している暇があったら、さっさと現場調査をしたい!」という意味で。
だがここで固めたコンセプトが後々プロジェクトの大きな力になっていく。トップから指示されたゴールだけでは本当に良いプロジェクトにならないことが、これを読めば実感できるだろう。


★特徴2:DXありきではなく「振り返るとDXだった」
このプロジェクトを始めた時、世間ではまだDXという言葉は流行っていなかった。なのでDXを全く意識していない、「ITをテコにした業務改革プロジェクト」である。
ただ、皆さんも少し想像してみて欲しい。
・抜本的な改革を構想すると、デジタルの力を活用するのが自然
・ほとんどの企業では部署ごとの改善はやっている。だから抜本的な改革を目指すと自然に部署をまたぐ改革になる
・さらに顧客体験を統合しようとすれば、部署の垣根を壊さざるをえない
・より具体的には、部署ごとにバラバラに管理していたデータを統合するメリットが大きい
こうして、「何が会社のためか?何が顧客のためか?」を突き詰めれば、自然と、今いわれているDX的なプロジェクトになっていく。
住友生命の青空プロジェクトも、まさにそういうプロジェクトだった。誰もDXと口にしないが「振り返ると、いま言われているDXだったよね」というプロジェクト。
煽られてDXをやるより、地に足をつけたこの考え方の方が成功率が高そうな気がしませんか?


★特徴3:リーダーが育ちまくったプロジェクト
前述のように、僕も「リーダーが育つ 変革プロジェクトの教科書」の冒頭でこのプロジェクトを紹介した。なぜなら、すごい勢いでリーダーが育ったプロジェクトだったからだ。
金融業界の特徴なのか、このプロジェクトでリーダーをつとめていた方々は、どんどん他の仕事に引っこ抜かれた。普通ならばプロジェクト崩壊の危機である。でも上がいなくなれば、これまで1メンバーだった人々がリーダーシップを発揮するしかない。プロジェクトの初期段階では最若手だった著者の1人岡本さんもそうやって抜擢され、プロジェクトが終わる頃にはリーダーになっていた。見違えるような活躍ぶり。
どんな仕掛けがそれを可能にしたのか。そして岡本さん本人や周りの人からはどういう景色に見えていたのか。その辺も生々しく書いてある。



★特徴4:クライアントとコンサルタントの幸福な関係
この本は10年前に古河電工の関さんと僕が書いた「反常識の業務改革ドキュメント」と同じ形式で書かれている。つまり、住友生命のお二人(百田さんと岡本さん)とケンブリッジの榊巻が、それぞれの立場からプロジェクトを振り返る形式だ。
住友生命側の著者2人の立場も違う。百田さんがやや先輩でプロジェクトの立ち上げから関わっていたのに比べ、岡本さんは途中から最若手として参加した立場。双方から見えるプロジェクトの印象や思い入れは違うし、もちろんプロジェクトの進展とともに変化していく。元々の仕事に対するスタンスもかなり違うお二人だし。
こういう、それぞれの立場から当時のことを書く本は、クライアントとコンサルタントが本音で話せる関係でなければ、そもそも執筆できない。プロジェクトやその後を通じてこういう関係を作ってきたこと自体を誇らしく思う。



★特徴5:100%実名・実話
一時期ビジネス書の世界では、実話っぽい小説でビジネスナレッジを伝えるタイプの本が流行った。もちろん面白く読めるし、要は有益なことを学べれば良いのだから、実話かどうかはどうでもいいのかもしれない。(例えば有名な「ザ・ゴール」なんかもその一つ)
ただし実話風小説の場合は、伝えたいナレッジ(結論)が先にあって、それを伝えるための都合の良い「お話」が展開される。
だが伝えたいナレッジが実践的であればあるほど、「実際のプロジェクトの文脈でどうだったか?」が重要になる。この本は全部実話なので、当たり前だがめちゃくちゃリアルである。
特に当時の検討資料をそのまま載せているのは迫力を感じてもらえるだろうし、もちろん参考にもなるだろう。きれいな資料だけでなく、合宿で議論したぐちゃぐちゃのフリップチャート(模造紙)なんかも。この辺からもプロジェクトを追体験して欲しい。

もう1点大事なこと。
さっきも挙げた「反常識の業務改革ドキュメント」も同じなのだが、登場人物がみな魅力的なんですよ。古河電工も住友生命も社員の方が濃くて、本を書いていてもセリフを捏造する必要がない。当時の言葉やメール、本を書く際の振り返りインタビューでの言葉をそのまま書いてますからね・・。素晴らしい方々とプロジェクトをご一緒できて幸せです。

という訳で、変革プロジェクトのノウハウと現実がみっちり詰まったこの本を全てのプロジェクトワーカーに読んで欲しい。

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