叱り方を間違えていた私。感情をこめる場を考慮すること
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良いことがあったとき、うれしいとき。ぶっきらぼうに「ありがとう」「おいしい」などと言っても伝わりにくいですよね。気持ちやそのときの感情の高ぶりを言葉にこめて「ありがとう!」を言えば伝わりやすくなる気がします。
それで、今までの私に大きな間違いがありました。それは人を叱るとき。注意するとき。
私が新入社員だった頃、すでに平成ではありますが、昭和?な叱り方が主流でした。
上司はドカンと切れ、瞬間湯沸かし器と言われていました。
「感情を込めて注意する、叱る」が当たり前だし、そのほうが事の重大さもわかりやすいし、注意された相手も「二度とそうしないようにしよう」と印象に残るのだと信じて疑いませんでした。
でも、ここ数年、叱った後にイマイチ良い結果がでなくなっていました。
叱られた相手がいじけてしまう、傷ついてしまう、効果がなく再度同じことを繰り返す、かえって苦手意識が出てしまうなど。
私たちのような昭和生まれは、感情を込めて注意をされてきた世代です。でも、平成世代は違うのですよね。いや、時代の流れが変わり、叱るときには感情はこめないようになったとも言えそうだし、どちらにしろ感情をこめない叱り方が効果が高いことを知りました。
記事中の「感情的になって声を荒げても、相手には「怖い」「ビックリした」という印象しか残らない。なぜ叱られているのか理解させるためには、冷静に厳しい言葉を積み重ねた方が相手の心にずしりと残る。」という言葉がとても心に刺さりました。
ああ、変えていかなくてはと思ったのは少し前にFacebookで話題になっていた、オルタナティブブロガーでもある田中淳子さんの日経新聞の記事でした。
私は、叱る部分が刺さりましたが、読み手の苦手意識によっては異なる部分が刺さる気がします。
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