いいお付き合いができる価値を提供する
近年、D2Cと呼ばれる販売方法が話題を呼んでいます。D2Cと言うのは、Direct to consumerを省略した言い方で、メーカーがアマゾンや楽天と言ったプラットフォーマーを経由せず、直販サイトで直接生活者にリーチし販売をするモデルを指します。
D2Cが台頭するということは、プラットフォーマーによる総取りではない市場形成やサービスの多様化につながると期待されています。
具体的には、キリンビール、資生堂、日清食品、マンダムなど大手が直販サイトでの販売を強化しています。経済産業省によると生活者が物を買う際にネット通販を使う比率(EC化率)は足元で約6%であり、2割前後を占める中国や英国からするとまだ低く、開拓余地は大きい(日本経済新聞2019年9月13日朝刊)と報道されています。また、コロナ渦の影響で各国ではEC化率が向上し、生活者がECに慣れ依存度が高まっていることは言うまでもありません。
EC化により、メーカーにしてみれば販売手数料を支払わなくて済みますし、なにより顧客とつながれることできめ細やかなニーズを吸い上げられると期待されています。
このように、生活者は買い物をしようとするとリアルの店舗で買うのか、ネットで買うのかの選択があります。更にリアルの店舗を選ぶとしても百貨店からスーパー、専門店などの業態間の競争があります。ネットと言えども、日本経済新聞記事のようにプラットフォーマーから購入するのかメーカー直販サイトで買うのかといった選択肢もあります。
売る側からすると、多種多様な業態の中から選ばれたとしても更に業態の中からライバルではなく自社商品が選ばれないと成果にはつながりません。いまは、そういう難しい時代にいます。
だからこそ、生活者にお付き合いをしてもらうためには、提供する価値を明確にし、認識してもらう必要があります。
生活者が商品を買うということは、価値>価格が必要条件となりますが、この必要条件を満たす一番わかりやすい価値は価格が安いという価値です。
しかし、私たち生活者も買い物経験を通じて学んでいます。価値>価格の必要条件は満たしていても、安ければ満足できる訳ではなく、十分条件を満たす必要があります。経験を通じて、買い物には安いこと以外に大切な価値があることを学んできました。ファストファッションのアパレル企業も低価格以外に機能を付加したり、ファッション性の高い商品でも売れ筋商品が切れないように工夫するといったように、付加価値を提供しています。このファッションにおける新たな価値が多くの生活者の支持を得ています。
また、生活者にとっての価値と言うのは、洋服の機能のみならず、袖を通した時の風合い、スタイリング、サイズのフィット感、品揃えの豊富さ、手にしたときの高揚感といった商品に関する価値、販売員の商品知識や接遇のクオリティといったサービスに関する価値、店の雰囲気や綺麗さ、立地の便利さなど環境的な価値など様々な価値があります。
現代はこういった付加価値を認識してもらい、価値として認めて貰えないと購入には至れません。更にその価値を高く評価していただくことが、永いお付き合いの条件となります。こういった多面的な価値の中から傑出した買物価値を明らかにすることができないと他との棲み分けもできず、いつまでもレットオーシャンで戦わなければならないはめになります。そのためには、自らの特性を磨き、進化していくことが求められます。戦略的にどんな特性を磨き、どのように他との違いを創出するのかを明らかにすることで、生活者を振り向かせ、魅力あるものと認識してもらえるようにする必要があります。
では、どうすれば、傑出した認められる価値を創出できるのでしょうか。
傑出した価値を創る
傑出した価値を創るのにいくつかのアプローチがあります。
まず、最初にやるべきは、商品が売れているということは、現在お客様に認められている価値があるはずで、その価値を認識することです。販売する側が自分たちや自分たちの商品の姿を正確に把握するのは難しいものがあります。しかし、貴社の商品を買ってくれている生活者は「貴社が提供されている価値」>「価格」と認めてくださっている訳です。中でも重要なのは、多く買ってくださっているお客様に、「何故買ってくださっているのか」「魅力はどこにあるのか」「他者と比べてどう感じているのか」を教えて頂き、徹底的に追求することです。
抽出された「買ってくださる理由」「好きになってくれている理由」を詳細に把握すれば、それが強みのもととなっているはずですので、お客様を喜ばす様々なアイデアが浮かぶはずです。お客様とのコミュニケーションは、なかなか機会がないのでフランクに話せる雰囲気をつくって多くの有用なご意見を頂くと、それ自体が資産になります。
二点目は、他との違いを創ることです。他との違いこそ、戦略の本質です。他と違うということは、競争をなくすということだからです。では、違いを創るということは、どういう風に考えれば良いのでしょうか?
ストーリーとしての競争戦略(楠木健著)には次のように書かれています。
違いには2種類あり、一つは身長、体重、年齢など「程度の違い」で、これには物差しがあります。これを組織能力(Organizational Capability)、略してOCと呼びます。 もう一つは性別、職業、趣味といった「種類の違い」で、これには物差しがありません。これをポジショニング(Strategic Positioning)、略してSPと呼びます。
レストランで例えると、使っている素材や料理人の腕が良いから評判になっているレストランは、組織能力(OC)が高く、シェフのレシピが良いからおいしいレストランはポジショニング(SP)が優れているということになります。
GMS(総合スーパー)でいうと、イトーヨーカ堂は面積当たりの売上は最高水準で売れ筋商品を切らさず、死に筋商品をなくすニーズへの対応力や在庫コントロールが秀でています。従ってOC型です。一方、イオンの創業者である岡田卓也名誉会長相談役の有名な言葉に「タヌキやキツネの出るところに出店せよ」というのがありますが、イオンはこの出店戦略の方針で成長しました。従って、SP型です。
本質的な顧客価値がコンセプトだとすれば、競合他社との違い(OC、SP)はコンセプトを具現化する競争優位の構成要素です。他社との違いをつくり、顧客が喜んでお金を払うWTP(Willing to pay)状態を生むためのベースになります。
三点目は趣味と雰囲気です。趣味は伝承文化ともいえる資産です。人は趣味に引き寄せられるところがあります。店頭はもちろんWebサイトもそうですが、趣味がしっくりくると信頼が生まれ、趣味を味わうことにより感じる満足感が、自分もそこの一員であると感じること、買い物をすることへのロイヤルティへと変わっていきます。
しかし、実際には趣味を明確にするというのは、恐怖感が付きまといます。趣味を明確にするということは、その趣味を良しとしないお客様をリジェクトするのではないか、客数減=売上減となるのではないかという恐怖感です。
この恐怖感を振り払うのは「なんでもあるは、なんにもない(に等しい)」という格言です。例えば、品揃えであらゆる商品を少しずつ取り揃えても、ファンは着きません。今の生産人口減少時代は特に、来店数を気にするのか一人のお客様がどれだけお買上いただけるのか(LTV・・・Life Time Value 顧客が生涯でどれだけ買物をしてくれるか)を気にするのかと言えば明らかに後者です。趣味を明確にするということは、顧客に期待を持たせるということであり、期待が持てないと思われたらビジネスは終わってしまいます。
このように、いいお付き合いをいただくためには、魅力的な他との違いを創れるかどうかが運命を分けることになります。