顧客提供価値の本質
私がコンサルティングをしたホームセンターは、最初に店を見に行った時はかなりな衝撃を受けました。それというのも、ホームセンターの常識を覆す経営をされていたからです。ホームセンターで扱う商材はいわゆる木材や工具といったDIY系の商品のみならず、今では家電、寝具、文房具、キッチン用品、洗剤、ペット用品、ペットボトルの飲料やお菓子と言った食品まで幅広いのが一般的です。
幅広い品揃えを少数のスタッフでオペレーションするために、品揃えを本部が決めて標準化し売れ方をチェックして売れ筋商品は欠品しないように、死に筋商品はカットしながらも最小限の在庫かつオペレーションの効率化を追求しています。
季節に応じた商材を前面に出しながら顧客への商品提案をしていますが、商品の多くがコモディティー商品ということもあり、商品カテゴリーごとに生活者に潤いある生活などの提案をしていくことはせず、生活者が欲しいものを欠品なく取り揃え高効率な店舗運営をして利益をだしていく、これが常識です。ですので、このオペレーションを成立させ、管理する情報システムも整備されています。
しかし、コンサルティングをした企業は、最初に店舗を見に行った時は、立地も車でしか行けないへんぴな立地で面積も非常に広く、ありとあらゆる商品を扱っている印象を受けました。商品管理の基本である単品管理はしていません。文房具やキッチン用品などの日用品はしっかりとした品揃えをされていましたが、工具や電気器具など店頭を見ているだけで、こんなものもあるのか、と大人のおもちゃ箱をひっくりかえしたような発見があります。DIY商品も店が広いだけあって、例えば釘やねじなどサイズ商品は特に、様々なタイプの商品が大から小まで取り揃えてあり、死に筋商品のオンパレードの様相です。更に、店頭で売っている木材を加工して本棚やラックを作ってくれるサービスも提供しています。
驚いたのはレジです。世の中的には、もう何年も前からレジのオペレーションはPLU(Price Look Up)と言ってレジで商品やパッケージに印刷されているJANコードをスキャンするとネットワークの先にあるコンピュータに格納されている商品マスター(取扱商品一覧のようなもの)からJANコード毎の商品名や価格といった商品情報を探して(Look UPは探すという意味)レジに返すことで売上計上をしていく、というICTを活用したPOSレジが常識です。
超非効率な前近代的売り場運営
しかし、この店のレジオペレーションは文具とか洗剤といった商品分類の短縮キーを入力して、価格を入力するだけです。このオペレーションでは、何が何個売れたかの集計はできないことになります。影響はそれだけではありません。今や(というよりかなり前から)PLUが当たり前になっているので商品には価格が印刷されていません。そのため、同店ではレジで価格がわからななくならないように、一つ一つの商品に値札をつける作業をされていました。これは百万単位の商品アイテム数を品揃えている訳ですから、相当な労力が必要です。
この店は、確かに買う側からすると交通の便は悪いものの、お店自体はワンダーランドのようで楽しく時間を過ごせます。しかし、経営的な側面からみると、死に筋商品の山、無駄なオペレーションコストを目のあたりにすると、面積当たりの売上効率はかなり低そうですし、商品回転率に至っては年に一回転しない商材もゴロゴロしていそうです。一見してかなりテコ入れできそうな印象を持ちましたし、このような時代遅れ感、時代錯誤感に正直、驚きました。
戦略的ポジション
しかし、このお店の戦略的なポジショニングは目を見張るものがあることに気が付きました。
それはパートさんと話していた時のことです。小型の家具を担当しているその女性は、お客様が買って行った商品が壊れた時に、部品だけを新品の商品から抜いて販売していました。まさかと思うようなシーンでした。ただ、その後で彼女の何気ない一言で気が付いたことがありました。彼女が接客していたお客様は隣の市からわざわざ買い物にやってくるというのです。そしてそういうお客様がとても多いと言う訳です。どういうことかというと、お客様のご自宅からすると同店に到着するまでに競合2店舗があり、それらは素通りして来店していると言うのです。「うちには、そういうお客様、多いんです」「だから多少損しても大切にしたいんです」。この会話は多くの販売員さんが同じようにおっしゃっていました。同店は広域から集客できる強みを、文章にはなっていないのですが、脈々とした文化として共有し、受け継がれていることに気が付きました。
死に筋だらけの釘やねじもワンダーランド的な楽しいけど買うアクションを取るには少し勇気のいる品揃えの売り場も、競合店を飛び越えてお客様を集めることができる力を持っていたのです。
つまり、同店は他のホームセンターとは違う戦略的なポジションを取っていたということです。実は、後から財務諸表を見ると例えば面積効率や商品回転率も決して効率化を追求している他店と引けを取らないばかりか、むしろ上を行っていました。他を凌駕する集客力によってご来店になったお客様が(広いので込み合っている感じはあまりしないのですが)日用品やお菓子や飲料といった、ついで買いを促す商品を思い出したように買って行くため、動かない商品があっても全体では効率面でもカバーできていたのです。
不経済だと思っていたのは思い込みで、この経済合理性には驚きました。
考えてみれば、amazonも常識では考えられない非効率な品揃えでもロングテールのテール部分で集客し結果として小売業では最高の回転率を誇っています。商品軸から見てみると一見、不合理極まりないように思えますが、顧客軸から見てみると非常に合理的です。
結果的にPOSとPLUのシステムは入れたのですが、売れ筋商品を可視化することは辞めたほうが良いと判断しました。どうしても帳票が出ると売れ筋商品確保に目が行ってしまい、結局他社と同質化してしまうからです。戦略的ポジションを変えないことが経営的には最重要と同社の経営陣と確認しました。
実は同社の物語はここで終わりではありません。もうひとつの挑戦があったのです。それは、売れ筋を見ないPOSとPLUシステムを導入したことで、値札付けの莫大な作業が無くなりました。当然、その分人の時間が浮きます。この浮いた時間を接客に振り向けました。今まで値札付けをしていた人たちが接客をするようになったのですが、当初現場のご担当者の皆さんはお客様に聞かれたことに応えられずに困惑し、店頭に出るのが怖い状態になった方もおられました。
お客様が求めていることは、質問に「答える」ことだけではなく、どうしていいかわからないことに「応える」価値であり、悩みの解決を指南して欲しいというものです。そのため、同社は目先の利益には目をつむり、時間とコストをかけて制度をつくり専門家を育てていきました。正しい商品解説ができる人を要所要所につけることでファンをつくっていったのです。
このようにして同社は他とは異なるポジショニングを取ることで広域から集客できる能力と、ICT能力を他社とは違う使い方をすることで競合では持ちえなかった組織能力を取得しました。そう言えば、イオングループの岡田卓也名誉会長相談役は「タヌキやキツネの出るところに出店せよ」という有名な言葉を思い出しました。