データをマネタイズする
トレンドバイアスに気を付けろ
最近、サブスクリプションモデルが注目を浴びています。サブスクリプションモデルというのは、音楽聞き放題、月額3,000円といったように、モノを買い取るのではなく、モノやサービスを一定期間借りるというビジネスモデルで、最近では、定額制サービスを指してサブスクリプションモデルということが多いようです。
音楽やソフトウエアのみならずスーツやファッション、更にはラーメンまで月額契約で、一定量まで使いたい放題使う(食べる)ことができます。
このモデルは、Adobeが、2013年にPhotoshopやIllustratorを箱売りからクラウド販売に切り替え、売上、継続利用率を高め収益向上に成功したことをきっかけに、注目を浴びるようになりました。
そして世の中ではあらゆる分野でサブスクリプションモデルの検討がなされていますが、サブスクリプションモデルにすれば本当に儲かるのでしょうか。どうも眼前のはやりに目を奪われてしまってきていて、思慮が希薄になっているように思えます。
というのも、AdobeのモデルはそもそもPhotoshopやIllustrator自体の商品価値が高く、ユーザにとっては乗り換えるという選択肢は考えにくいという前提があってサブスクリプションモデルが成り立っているという背景があるからです。
つまりユーザにとってスイッチングコストが高くつくからビジネスモデルが成り立つのであり、サブスクリプションだからビジネスモデルが成り立つわけではありません。本質を見失い、時流に乗り遅れてはならないというバイアスから逃れられなくなるということがないようにしたいものです。
これと似たようなバイアスに、データの世紀、「データはこれからの石油バイアス」があります。GoogleやFacebookのように広告をビジネスにすることは、ビジネスモデルとしてみればわかりやすいものがあります。一方、ビジネスの現場ではマネタイズの方法がわからないのに、上からは「データをマネタイズせよ」との指示が飛び、とにかくデータ化、とにかくデータ販売と悪戦苦闘して無駄な、と言っては失礼ですが、大切な時間を成果なく費やしてしまっているビジネスパーソンを見かけます。「どうすれば売れるかはわからないけど、データビジネスをやりたいんです」と言う前に、ビジネスの本質である価値は何なのかを考えてみるべきです。
本質的な原因を考えてみる
創出するお客様にとっての価値を考えずに情報化投資を進めてしまうケースを幾度となくみてきました。例えばこんな具合です。
現場部門責任者「競合をしのぐ情報システムを導入すれば、効果が出て業績が上がるはず」。しかし、たいていの場合には「相当の投資はしたのに、目に見える効果はでない」「差は縮まらないどころか、システムが活用されていない」という結果に終わります。
小売業経営者「誰が何を買っているのかを捉えて、ニーズを把握するんだ。そのために、顧客情報を徹底活用できる情報システムを導入する」。
しかし、意気込んで導入したのは良いものの、行く末は「顧客情報管理システムを数億円もかけて導入した結果、社内に分析屋は増えたものの、システムはDM発行マシンにしかなっていない」といったケースはかなりあります。
いまだに使われない情報システム、使ってはいるものの効果が出ない情報システムは少なくありあません。というよりもデジタル化が進み、初めてシステムを導入することも増えてきたことも一因となり、その結果、使われないシステムはむしろ増えてきています。
このことは、PoCで終わってしまうプロジェクトがいかにも多いことからも理解できます。ちなみにPoCとは、Proof of Conceptの略で、「概念実証」の意味です。「実証実験」と呼ぶことの方が多いかもしれません。新しい概念や理論、原理、アイディアや企画が本当にマーケットに受け入れられるのか、目的とする効果や効能が得られるのか、と言ったことを本格的に開発する前に検証することです。
使われない情報システムができてしまった理由やPoCの結果が上手くいかない原因は様々だと思いますが、企業の方からは「使い方の研修が充実していないからだ」「効果が出ている事例を教えてくれないからゴールが見えない」「作り手と使い手のコミュニケーションが不足していて真意が見えない」といったご意見をよく聞きます。
確かにこれらが多少は影響しているのだと思いますが、本質的な原因と言えるのでしょうか。本質的な原因を解明するために、目的と事情のフレームワークをご紹介します。
「目的」と「事情」のフレームワーク
企業にとっても顧客にとっても、それぞれ○○をしたいという「目的」があります。一方、企業にとっても顧客にとっても、そうは言っても目的を達成できない「事情」を抱えています。多くの事例を見て思うのは、この「目的」と「事情」のギャップに着目することが本質的な原因に迫るトリガーになるということです。
この「目的」と「事情」のギャップを絵にするとこのようになります。
このフレームワークの使い方をアメリカの鉄道会社を例にして説明します。
アメリカの鉄道会社は、当初、目的地に安価に行ける価値を提供し、多くの支持を受けました。その結果、輸送手段としては独占的な地位を占め大いに発展し賑わいました。
しかし、1960年代になって生活者やビジネスパーソンの「時間がないからもっと早く移動したい」とか、物流業者の「鉄道の輸送コストが高くて、利幅が取れない。だからもっと安く商品を運びたい」という事情に正面から対峙せず、高速道路や航空技術の発達とともにトラック業界や航空業界にその地位を奪われてしまいました。
市場を奪われた背景には、鉄道会社は「鉄道サービスにより、人や物を目的地に届ける」という目的に対して「鉄道が前提であり既存インフラを活用したい」という事業者としての事情がありました。駅舎や線路に大きな投資をしていることを考えればもっともだと感じられませんか。
鉄道会社の「人や物を目的地に届ける」という目的は、顧客の「ビジネスをするために移動をする」という目的と合致していました。しかし、鉄道事業に固執する企業の事情と、スピードやコストを優先したい顧客の事情との間にギャップが生じていました。このギャップをトラック業界や航空機業界が逆手にとって、マーケットを奪っていったという結果になりました。
こういったことは、後から教えられるとそんなことも分からなかったのか、対策は何故打たなかったのか、と思いがちです。しかし、事態に直面した人にとってみると目前のことで忙しくなかなか客観的に物事を把握するのは難しいものです。
だからこそ、フレームワークを使って、一旦冷静になって論理的に捉えていくことが必要です。
ギャップを埋めるデータの使い方
この考え方を下敷きにして、ギャップを埋めるために必要となるデータの使い方が分かれば、データが課題解決に寄与する構図が見えてきます。
事例で説明します。
ある自動車用品店では、ポイントシステムを導入するのと併せて顧客情報管理システムを導入しました。当初の目論見ではこのシステムを駆使して需要を喚起できるはずでした。しかし、実際には売上を構成する大型商品であるタイヤですら思うように効果は出ませんでした。
というのも、顧客はいつもタイヤのことを考えて走っている訳ではありません。だから、「そろそろ交換をお考えにならないと危険です」とか、「短時間の無料点検であとどれくらい安全に走れるかをプロが診断します」「秋のキャンペーン!いまなら○○のタイヤが通常価格の□割引!」といった情報を教えてほしいというのが顧客の事情というものです。一方、企業の事情は「データも沢山持つとコストがバカにならないから2年分にしようじゃないか」というものでした。
この事例では自動車用品店の「2年分のデータ保持にしたい」という事情を優先すると、一般のドライバーにとっては、たった二年ではタイヤ交換はしないので「そろそろ交換を教えて欲しい」というニーズは叶えられず、企業と顧客間の「事情のギャップ」を埋めることは出来ませんでした。
更に、顧客の目的はタイヤを買うことではなく、楽しいカーライフを実現することにあります。顧客は楽しいカーライフという目的を達成するために、この店がデータを使うことで顧客の目的に対して寄り添うことが出来れば、永いお付き合いができるはずでした。
ご紹介した事例では、自動車用品店の目的は「売上・利益目標を達成すること」になってしまっています。数字のことを考える前に「顧客の楽しいカーライフに寄り添う」ことを事業の目的にすれば、顧客の目的とのギャップが埋まり、結果としてこの店が提供する価値が生まれます。
つまり、提供する価値を具体化するとき、データを使うことによりより一層高い価値創出できるのであれば、データには価値があるということです。その際、「価値>データの価格」であれば、データは販売できる、または販売に匹敵するだけの価値貢献をしているということになります。
データでビジネスをするのは大変意義のあるビジネスです。しかし、やみくもに検討するのではなく、企業とユーザの目的と事情の間に存在しているギャップを解消することを考えてみるべきです。
GoogleやFacebookの広告モデルも、「企業にとっては、どこにいるかわからない顧客の候補を安く探したい」という企業の事情と、「自分が知りたい情報が容易に手に入る」というユーザの事情を、データドリブンでマッチングさせてギャップを解消しているから成立しています。
先のサブスクリプションモデルも「所有」から「利用」へという生活者の意識の変化を背景に、お客様と末永く良い関係を築きたいという企業側の事情と、便利でお得に自分の好みの商品を使いたいという生活者の「事情」のギャップを埋められた時に成立するモデルです。
データビジネスの検討も、この目的と事情の間にあるギャップを埋めることなくビジネスは成功しません。ギャップを埋めることから始めることをお勧めします。