新入社員研修に求められること
今週は、2日間連続して、終日の新入社員研修。なぜこの時期にと思われる方もいるかも知れないが、極めて的を射たタイミングであると思っている。
大手SI事業者の営業職が対象だ。まもなく、彼らの後輩となる次年度の新入社員が入社するが、その前に一人前としての自覚を持たせようという狙いがある。
彼らの現場経験は、数ヶ月程度に過ぎない。しかし、営業という仕事のなんたるかを身をもって体験し、新入社員研修で学んだことと、実践の現場とのギャップを感じ、「このままでいいのだろうか」、「自分は一人前としてやっていけるのだろうか」という思いを抱えている。
そんな彼らが内省し、自分の現状を冷静に見つめ直す機会を提供する。そして、自分の弱点や強みを再確認させて、成長の道筋を自分自身で描かせる。
もちろん、2日間程度で「一人前としての自信」が、育つことはない。しかし、自分のいまを冷静にふり返り、何を補い、何を伸ばせばいいかの筋道を知ることができれば、自信の種は生まれる。そんな機会を提供しようというわけだ。
この研修の目玉は、事前課題である「SI事業者あるある案件のケーススタディ」だ。
このケースで描かれるお客様は、このSI事業者のデータセンターでハウジング・サービスを利用している。そのお客様が、そこに置かれた既存システムをクラウドへ移管することを検討している。その提案をして欲しいという内容だ。
提案に際しては、次の条件を満たすことが求められる。
- 独自開発をしていた基幹業務をERP・SaaSへ切り替えること
- 派遣で対応していた運用管理をなくし、運用の自動化とマネージサービスを組み合わせて、少人数の自社社員で賄えるようにすること
- リモートワークやクラウドの利用拡大、グローバル展開を想定して、ゼロトラスト・アーキテクチャーに基づくネットワークを構築すること
SI事業者の多くが直面している現実を考えて、ケースを作った。言うまでもないが、SI事業者にとっては、痛い内容だ。工数需要は大幅に縮小し、十分に経験のないいまどきのテクノロジーへの対応を求められる。それでも営業は提案を求められる。これにどう対処するかの知恵と工夫が必要だ。
社会人になって1年にも満たない新人営業にとっては、なかなかハードルが高い。分からないことだらけだ。先輩達でも適切なアドバイスができるとは限らない。しかし、これが現実だ。この状況に立ち向かえてこそ、営業というものだ。
この研修をもう何年も続けている。しかし、毎年のことだが、稚拙ながらも彼らなりの正解を作ってくる。そして、よく分かっていない、知らないことが多すぎる、このままではまずいという自覚もまたしっかり持って、講義に臨む。ここが、この事前課題の狙いだ。
分からないことの自覚、このままではまずいという意識がある。だからこそ、前のめりに講義を受けようとする。
そんな彼らに、DXのこと、ERPのこと、クラウドのこと、サイバー・セキュリティのこと、開発と運用のことを分かりやすく説明し、これを踏まえて、彼らが事前課題で作った提案を、グループディスカッションでアップデートして、ケースの回答の完成度を高め。
技術だけではない。曖昧なケースの設定をどのように切り分け、明確にして整理するかが、まずハードルとなる。既存システムからクラウド、あるいは、ゼロトラスト環境へと、どのような手順を踏んで移管するのかも問われる。また、クラウドやマネージドサービスとなると、お客様との役割分担が変わり、契約もまたいままでとは違う。これをどのようにお客様に提案し、クローズに結びつけるのかも問われる。
大変に難しい。だからこそ、このタイミングに、営業という仕事の現実を知り、自分を知ることになる。これこそが、一人前の自覚に育つ種になるのだと信じている。
このような研修を実施することについては、研修担当者と何度も議論した。難しすぎるのではないか、逆に意欲をなくしてしまうことはないかといった議論も交わした。結果として、それは杞憂であったようだ。むしろ、受講者達の評価は高い。
このような研修が、どこのSI事業者でもできるとは思わない。事実、この会社も当初からこのような研修をやっていたわけではない。入社した若手が早々と辞めてゆく現実に直面し、なんとかしなければと、組織として、あるいは、先輩として、若い人材を育てることの重要性を強く意識したことが背景にある。そして、営業職全員がコーチングを受けて、みずからもコーチとして、若手を育てることに意識や時間を割くようになったことが、この研修を始める背景にある。
いつでも相談できる、助けてくれる。そういうセーフティネットがあるからこそ、この研修がうまくいく。
会社に必要とされる人材を育てるには、会社もまた若手が、自分の成長にとって必要とされる存在にならなくてはいけない。そんな両者の信頼があるからこそ、人材は人財として育つのだろう。
2022年10月3日紙版発売
2022年9月30日電子版発売
斎藤昌義 著
A5判/384ページ
定価2,200円(本体2,000円+税10%)
ISBN 978-4-297-13054-1
目次
- 第1章 コロナ禍が加速した社会の変化とITトレンド
- 第2章 最新のITトレンドを理解するためのデジタルとITの基本
- 第3章 ビジネスに変革を迫るデジタル・トランスフォーメーション
- 第4章 DXを支えるITインフラストラクチャー
- 第5章 コンピューターの使い方の新しい常識となったクラウド・コンピューティング
- 第6章 デジタル前提の社会に適応するためのサイバー・セキュリティ
- 第7章 あらゆるものごとやできごとをデータでつなぐIoTと5G
- 第8章 複雑化する社会を理解し適応するためのAIとデータ・サイエンス
- 第9章 圧倒的なスピードが求められる開発と運用
- 第10章 いま注目しておきたいテクノロジー