前回はDXに立ちはだかる課題について説明しました。その課題を克服し、実践に繋げるには、「イノベーション」、「デジタル化」、「変革」の3つのことを、継続し続けなくてはなりません。
イノベーション
新たな競争力の源泉や事業領域を創出することを目的とした取り組みです。イノベーションとは、「様々な要素の、これまでとは異なる新しい組合せによって、新しい価値を創造し、人々に不可逆的な行動変容をもたらすこと」です。例えば、次のようなことです。
iPhone
2007年に登場したiPhoneは、私たちの日常や社会を一変させ、もはやそれ以前に戻すことはできません。
ただ、iPhoneは、新しい技術に頼ったわけではありません。2001年に登場したiPod、それ以前から使われていた携帯電話やPCなどの技術要素の「新しい組合せ」によって作られました。結果として、スマホの世帯普及率は80%を越え、スマホのない生活など考えられなくなりました。
Zoom
コロナ禍によって一気に普及したZoomによって、私たちのワークスタイルは激変しました。さらには、通勤に便利な都会から、地方に移住しようという人たちも増え、ライフスタイルの変化も起き始めています。
Zoomもまたその要素技術の多くは最新ものではありません。テレビ会議システムは20年以上も使われています。Zoomがイノベーションたり得たのは、その組合せ要素のひとつとして大変優れた画像圧縮の技術が使われ、性能の低いPCやスマートホンで、沢山の人が同時に会話できるようになったことであり、それを廉価に提供できたことです。コロナ禍という環境の変化と相まって、Zoomは、ユーザーの不可逆的な行動変容をもたらしたのです。
Uber
直ぐに乗りたいのに、手をあげてもタクシーは止まってくれない。ならば、自家用車の空いている時間をシェアして、アプリで簡単に呼び出せるようにすれば、この状況が改善されるのではないかと考え、登場したのが、ライドシェア・サービスのUberです。自動車での移動を別のやり方で、もっと便利にと考え、作られたこのサービスは、急速な勢いで事業を拡大しました。同様のサービスも多数登場し、タクシーやレンタカーを駆逐しながら、新しい移動手段として、利用者を拡大しています。
Uberは、これまでに無い、まったく新しい技術を生みだしたわけではありません。「便利な自動車での移動」を新しいやり方で、そして既存の技術の新しい組合せを採用することで、実現しました。
JINS PC
2011年9月に発売されたPC作業用メガネ「JINS PC」は、PCディスプレイのブルーライトをカットする機能を打ち出した製品として、大ヒットしました。本来、メガネは、目の悪い人が使うものだという常識を打ち破り、目の良い人のために、目が悪くならないようにと、製品化されたたものです。「目の悪い人」という限られたメガネの市場を、それよりも遥かに大きな「目の良い人」へと市場を拡げたことが、ビジネスを飛躍させた理由です。しかも、「目の悪い人」もこれ以上は、悪くしたくないという理由から、彼らをも取り込むことに成功し、さらにビジネスを拡大させることに成功しました。
ブルーライトをカットするための技術は、枯れた技術であり、決して、新たな発明ではありませんでした。しかし、これを「メガネ」と新しく組合せることで、これまでにはない、新たな価値を創出したのです。
デジタル化
デジタルにできることは、全てデジタルに移行することを目的とした取り組みです。紙の書類やハンコに頼る業務プロセスを完全なペーパーレスに置き換えること、場所に制約されることなく、どこでも自分の仕事をこなすことができるワークプレイスをクラウド上に構築することこと、ルーチン化、あるいはパターン化された手順や判断を自動化するなど、デジタル技術の進化によって、「人間にしかできなかったこと」を機械に置き換えられるようになりました。また、人間の経験や習慣に頼るのではなく、膨大なデータから最適な判断を高速に下すこと、つまり「人間にはできなかったこと」を機械に置き換えることができるようにもなりました。
デジタル技術を駆使して、デジタル化の領域を徹底して広げることで、人間は、人間にしかできないことに、十分な時間を割けるようになります。つまり、日々のオペレーションに意識を傾けていた時間を、創造的なアイデアや新しい組合せ、すなわちイノベーションのために使えるようになるわけです。
また、お客様への的確で迅速な対応ができるようになります。ビジネス環境の変化に即応して、ビジネス・プロセスやサービスの改善を高速に繰り返し、常に最適な状況を維持することもできるようになるでしょう。
スピードが劇的に速まり、コストが大幅に低減すれば、これによって、生まれた余力を、一層の改革や改善、イノベーションに傾注できるようになり、企業の体質や競争力の強化に寄与します。
変革
変化に俊敏な企業の文化や体質へと変革することを目的とした取り組みです。
イノベーションの重要性を、声を大にして唱えても、あるいは、最先端のテクノロジーを採用して業務プロセスを高速化しても、それを使いこなして、ビジネス価値に変えるのは、人や組織です。
例えば、失敗を許容する文化の中で、常識を逸脱し、試行錯誤を繰り返すことで、イノベーションは、生みだされます。そのためには、セルフ・マネージメントできるプロフェッショナル同士の高い信頼関係を前提とした自律したチームによって組織を運営してゆくことが大切です。そのようなチームは「対人関係においてリスクのある行動をしてもこのチームでは安全であるという、チームに共有された信念」すなわち「心理的安全性」が担保された組織でなくてはなりません。「リスクを取って挑戦してもいいし、失敗してもいい」というお互いの信頼関係を前提とした組織であればこそ、試行錯誤を高速に繰り返し、イノベーションを生みだすことができるのです。
また、社内に留まらず、広く社外にも目を向け、連携や提携をダイナミックに実施することで、画期的な新しい組合せを創り出すことができます。企業の「格」や「過去の実績」にこだわるのではなく、オープンに、そして、フェアに能力や可能性を見出し、多様性を高めてゆくことも、イノベーションの前提です。
リモートワークのための環境を整えても、「打ち合わせは直接顔を合わせてやらなくては、意味がない」とか、「ハンコは少し傾けて押すのが礼儀であり、そういう仕事の常識なくして、一人前とは言えない」などと、時代錯誤の価値観を持ち続けている限りに於いては、デジタルの価値を引き出すことはできないでしょう。SlackやTeamsなどのビジネス・チャットを導入して、リアルタイムなコミュニケーションができるようになっても、正式な報告は、文書にして提出することが「きまり」になっているようでは、ビジネス・スピードは上がりません。ビジネス・スピードを上げるには、現場への大幅な権限委譲が不可欠です。だからこそ、現場のいまを「見える化」するセンサーとして、ビジネス・チャットが、使われるわけですが、古き良き時代の「きまり」や「ルール」に縛られていては、デジタルの価値は、発揮できません。
高度経済成長の時代には、ビジネスは「モノが主役」でした。たくさんのモノを作り、それを売りさばくことで、企業は収益を上げてきました。個々人の個別最適ではなく、汎用的な標準品を効率よく作り、広く市場に売りさばくためには、労働力が最も大切な経営資源であり、その効率や規模を維持することが、経営者には求められていました。そのために、従業員は、働く時間を管理され、長時間働くことが美徳されていたのです。
定時での出社や退社を管理するという考え方は、その時代の常識であり、そうやって働けば、個々人の才覚にかかわらず役職が上がり給与も上がるという「年功序列」も従業員の時間を管理することと同根の思想が前提にあります。
「モノが主役」の時代は終焉を迎え「サービスが主役」の時代を迎えました。従業員の時間を管理するのではなく、従業員の信頼とやる気を管理することで、一人ひとりのパフォーマンスを最大限に引き出すことが、企業の価値を左右する時代です。その前提にあるのは、現場への深い信頼と成果に対するコミットメントを大切にするという考え方です。イノベーションもデジタル化も、そんな企業の文化や風土があってこそ、その価値を引き出すことができます。
DXの実現は経営者と現場の共感なくして進まない
「イノベーション」、「デジタル化」、「変革」は、それぞれに異なる目的の達成を目指します。これを「DX推進室」や「DX本部」といった、肩書きを与えた組織に、全て任せてしまうには、無理があるように思います。それぞれを、CEOに肩を並べる役員が所管し、大きな権限を行使すべきは、言うまでもありません。例えば、イノベーションであれば、 CTO(Chef Technology Office)であり、デジタル化であれば、CIO(Chef Innovation Officer)の役割かも知れません。また、変革であれば、CEOあるいはCXO(Chef Transformation Officer)を任命すべきかもしれません。
「DX推進室」や「DX本部」といった組織は、それぞれの取り組みの先にある「あるべき姿」すなわち、共通する会社のビジョンを各組織に徹底させ、予算や人材といったリソース、あるいは、取り組みを調整するコーディネーター、あるいはプロデューサーといった役割を担うべきではないでしょうか。つまり、研修組織の垣根を取り払い、全社を同じ方向に向かせる先導役としての役割です。
どのような役割分担や組織体制を組むかは、それぞれに事情があり、これを唯一のやり方と申し上げるつもりはありません。ただ、目的の異なるこれら3つの取り組みを、区別することなく、曖昧なままに「DX推進室」や「DX本部」といった組織に丸投げしてしまうようなやり方では、うまくいくことはありません。
経営者がデジタル技術やビジネスへの影響についての理解を深め、明確なビジョンとコミットメントを示すことが、なによりも大切なことです。現場もまた同様の理解を深め、経営者のビジョンやコミットメントに共感し、その実現にむけて、取り組むことです。
12月9日(金)9:30〜 トライアルオープン
オープンを盛り上げてくれるいい対談となりました。録画を公開しましたので、よろしければ、ご覧下さい。
リモートワークやリゾートワーク、メタバース時代の働き方などについて、及川卓也さんと白川克さんと話をしました。とても学びの多い対談になりました。
録画を公開しています。よろしければ、ご覧下さい。
8MATOのご紹介は、こちらをご覧下さい。