営業の仕事は、お客様の期待を裏切ること
「お客様の課題を解決する」ことから「お客様の課題を引き出す」ことへ
営業の役割は、この方向に重心を移してゆかなければなりません。
前者は、お客様の課題を整理し、最適な解決策を提供することであり、ソリューション営業とも呼ばれています。後者は、お客様に課題の存在に気付かせ行動を起こさせることです。
お客様の当たり前が、もはや時代にそぐわないこと、一方でテクノロジーの進化が、あるいは社会の仕組みが、お客様に新たなビジネス・チャンスと価値をもたらそうとしていることを理解させることです。そして、その筋道を示し、行動を起こす決心を促すことを営業の役割とするものです。
もはやソリューション営業では、営業目標の達成が難しくなりつつあり、自らの役割をアップグレードしなければ、営業はその存在意義を失います。
その背景には、お客様が認識している課題の多くは、もはや特別なものではないことにあります。そのための様々な解決策=ソリューションも巷にあふれています。
自分たちの提示できるソリューションが唯一無二の存在であれば、圧倒的な競争優位を示すことで、ビジネスのチャンスを生みだすことができるでしょう。しかし、多くは似通っており、特徴や優位性はあっても絶対的な差はありません。それは、お客様には「一長一短」と映るでしょう。つまり、ソリューションのコモディティ化がすすみ、差別化を難しくしているのです。
加えて、様々なサービスはクラウドに集約されつつあります。アプリケーションばかりではなく、開発や運用も含めて、クラウドがビジネスのプラットフォームとなることは自然の流れです。そうなれば、工数や物販に頼る収益構造は成り立たなくなるのも時間の問題です。
また、AIやIoTなどのテクノロジーの進化は、社会のあり方を大きく変えようとしています。当然、ビジネスもまたその変化に対応しなければ生き残ることはできません。
お客様はこのような変化にどう対処すればいいのかを図りかねています。これまでの仕事のやり方を改善し、生産性を高めてゆけば何とかなるわけではないからです。「お客様のお客様」のライフスタイルや価値基準が、テクノロジーによって変わりつつあるいま、お客様もまたこれまでの延長線上ではないイノベーションを起こさない限り、生き残ることができないことに気付かれています。
この状況で、お客様の課題は何かと探ってみても、何が課題なのかをお客様自身が明確にできていないわけですから、解決策を提案しようがありません。
それでも営業はビジネスを作ってゆかなければなりません。ならば、お客様にイノベーションの筋道を示し、行動を促すしかありません。その過程で様々な課題が明らかになるでしょう。当然、そこにソリューションが必要です。
「お客様の課題を引き出す」とはこのような取り組みであり、ビジネスのチャンスはここから生まれてくるのです。
ただ、既存の業務を改善することであれば、前提となる業務やシステムがあり、どう改善すればビジネスに貢献できるかの判断をお客様自身に求めることができます。しかし、テクノロジーを活かして、新しいビジネスの仕組みを生みだすことが求められるとすれば、正解は誰にも分かりません。だからその正解をお客様と一緒になって見つけなくてはなりません。昨今、「共創」という言葉をよく聞くようになったのは、そんな背景があるからです。
業務のプロであるお客様と、テクノロジーのプロである営業が、一緒になってビジネスの最適解を創り出す取り組みです。そのために営業は、テクノロジーだけではなくお客様の業務を理解し、その業務のどこがテクノロジーが使えるかを、あるいは、テクノロジーによってビジネス価値をどのように転換できるかを理解できなければなりません。また、お客様にそのことを理解させ、同じ理解を共有しなければなりません。そんな営業の役割を「共創のリーダーシップ」と言い換えることができます。
この点に於いて、営業とエンジニアとの区別はありません。ただ、あえて分けるとすれば、数字への責任を負うのが営業であり、実装への責任を負うのがエンジニアです。両者はそれぞれの立場から、お客様のイノベーションに貢献しなければならないのです。
私は、このような営業の役割とスキルの転換を急がなくてはならないと思っています。なぜなら、労働人口の減少が急速に進んでいるからです。
これまでも述べてきたとおり、工数や物販の需要は減少しますが、たぶんそれより速いスピードで、テクノロジーをビジネスの武器にして、企業のあり方を変革してゆくことへの需要が拡大してゆきます。これに対処できる人材が、労働人口の減少と相まって逼迫してゆきます。つまり、工数や物販のための人材需要から、ビジネスのイノベーションを支援できる人材需要が拡大し、そこにビジネスのチャンスが生まれることになります。これに対応できる人材が必要とされるようになるからです。
収益のあげ方は様々です。例えば、お客様のイノベーションを支援するエンジニアであれば、これまでの何倍もの単金で使っていだくことができます。また、デジタル・ビジネスのプラットフォーマーになるという選択肢もあります。ただいずれにしても、高い利益率は確保できても、売上が伸びないか、一時的な減少も覚悟が必要です。これは、営業の役割というより、経営の役割ではありますが、現場から動きを作ってゆくことにおいて、営業もまた重責を負うことになるでしょう。
このように、お客様の課題を引き出し、お客様のビジネスの成果に直接貢献する営業としてのスキルを持たなければ、役割を果たすことはできなくなります。そして、その需要は急速な勢いで高まりつつあります。
お客様の期待に応えることではなく、お客様の期待を裏切ることがこれからの営業に求められることです。
お客様の常識的発想を追認し、その期待に応えることではなく、お客様のあるべき姿を予見し、そこに向かうことの大切さと道筋を示し、お客様のありきたりの期待を裏切って、より大きな価値をお客様にもたらしてこそ営業は役割を果たせるのです。
それができることが「差別化」です。プロダクトやサービスの差別化から、営業の差別化がビジネスを牽引する大きな力になるのです。
そのためには、自分の関わる商材や関連するテクノロジーだけではなく、お客様の業務やテクノロジーの大きな流れ、ビジネスや社会の方向を語れなくてはなりません。テクノロジーについては、その実装方法はともかくも、ビジネス価値やビジネスへの影響について、語れる程度には知識を持っていなければなりません。また、デザイン思考、リーン・スタートアップ、アジャイル開発が、どれほどの効果的なのかを伝えることができなくてはならないでしょう。営業はお客様の教師でなくてはならないのです。
明らかとなった課題への解決策=ソリューションには、既に多くの選択肢があります。また、近い将来、テーマと手順を決めれば、AIが結果を出してくれるようになるでしょう。そうなれば、人間の役割は、テーマを作る、課題を見つけることへと役割をシフトしてゆかなければなりません。営業もまた同様です。
そのための準備を怠ってはいないでしょうか。変化はいつも、こちらの期待を裏切るスピードですすんでゆくことを忘れないようにしなくてはなりません。