「負け犬の遠吠え」にはなってはいないか?
「お話頂いたことは理解できます。でも、うちの会社は考え方が古くて、おっしゃるようなことは、簡単にできそうにありません。どうすればいいのでしょうか。」
講演が終わった後に、このようなご質問を頂いた。私が話したのは次のようなことだ。
「DXを実践するには、自律したチーム、失敗を許容する文化、既存に拘らず正しいことを行う勇気が必要です。」
このようなご質問を頂くことは、少なくない。次のようなご質問を頂くこともある。
「経営者や上司をどうすれば、変えることができるでしょう。」
「これから、世の中はどうなるのでしょうか。何をすればいいのでしょうか。」
このような、ご質問の根底にあるのは、「誰か」が、何かをしてくれることへの期待であろう。いや、期待と言うよりも、それが当然であり、うまくいかないのは、その「誰か」が何もしてくれないことが、うまくいかない原因だという考え方であろう。
会社が変わらないのなら、あるいは、経営者や上司が変わらないなら、自分を変えることからはじめてはどうだろう。これから世の中がどうなるかを憂う前に、自分が世の中をどうしたいのかを考えてみてはどうだろう。
どのような立場であろうとも、誰もが当事者である。平社員であろうと、社長や部長、政府や自治体の長であろうと、それぞれの立場での当事者だ。それぞれに、正しいと思うことを、自分の果たす役割の範囲で、やってみてはどうだろう。もちろん、できることに限りはある。それでもやってみる価値はある。
あるトラディショナルなSI事業者で、入社3年目の社員が、コンテナやサーバーレスの可能性に気づき、自分でクラウド・サービスのアカウントを取得し、いろいろといじりはじめた。あるとき、先輩社員から仕事を任されたとき、これはコンテナとサーバーレスを使えば、直ぐにできるはずだと直感し、翌日にはプロトタイプを完成させて、報告したそうだ。
先輩社員は、1週間はかかるだろうと思っていたのに、翌日に持ってきたことに驚いたという。残念なことに、サーバーレスでは、彼らの品質管理基準を満たすことはできず、それをお客様に提供することはできなかったそうだ。しかし、彼はめげずにいろいろなことにチャレンジし、こんなことができます、こんなこともできますよと、まわりに発信し続けたそうだ。そうこうしているうちに、興味を持ち、これはいいと共感する人も増えていった。
あるとき、クラウドを前提に短納期が求められる小さな案件が舞い込んだ。彼の上司は、リスクは小さいと判断し、その仕事を彼に任せることにした。既に勉強仲間が何人かいたので、彼らとともにその仕事に取り組み、あっという間に仕上げてしまった。もちろん社内の品質基準をクリアしたわけではない。しかし、お客様からの強いオーダーもあり、それを納品することにした。それをきっかけに、そのお客様からは同様の要望が何度も舞い込んできた。この仕事は、工数は少なくて済み、利益率は高い。そんなことが重なり、彼のチームは社内でも一目置かれるようになった。
そんな話を聞きつけた営業からは、沢山の案件が舞い込むようになった。結果として、会社としても無視できなくなり、クラウド、コンテナ、サーバーレス、アジャイル、DevOpsの体制をととのえることになった。
その会社は、未だ売上の大半は、旧来のやり方ではあるが、そこでの営業利益率は低い。しかし、新しく作られたチームは、売上は少ないものの利益率は極めて高く、会社の利益を支えるまでになっていた。そして、会社としても、後者に本腰を入れて、人材の育成や案件の獲得に積極的な会社に変わっていった。
彼は、正しいと考えたことを実践し、成功も失敗も発信し続けたそうだ。最初は関心を示す人は少なかったそうだが、徐々に共感者が増え、仲間が増えていった。そして、あるとき流れが一気に変わったという。
最初は、忍耐であったという。しかし、仲間ができて、新しいことを共に学ぶようになって、どんどん楽しくなっていったそうだ。そして、まわりが関心を持ち、多くの人たちが成果を認めるようになり、会社もまた大きく変わったという。
確かに、経営者が、上からドンと推し進めることは、変革のスピードを加速ことにはなるだろう。しかし、現場もまたそれに呼応できる慣性をもっていなければ、変革は進まない。
誰かがしてくれることを求めるのではなく、自分にできることからはじめてはどうか。それが、どれほど小さなことであっても、はじめることである。そして、続けることである。変革とは、そんな地味で、手間のかかる、時間のかかる取り組みだろうと思う。魔法の杖を振れば、一気にかなうものではない。
「しかし、うちにはそんなことができる文化も風土もありません。」
文化も風土もないから、そこに働く人たちが作るわけで、自分もまたその当事者であることを自覚すべきだ。
「これが、これからの時代の文化であるから、このように振る舞いなさい。」
そう、経営者から言われて、あなたは直ちにそれに従うことができるだろうか。文化や風土は、行動の結果であり、その積み重ねである「行動習慣」だ。それは、誰かに指示され、命令されて行うことではなく、自分の自発的な行動であるべきだ。もちろん、そのきっかけは指示や命令であったとしても、その意味を理解し、必要であれば自ら改善し、自発的な行動に変えてゆけばいい。そうやって、自分の行動習慣を変えてゆき、その失敗も成功も発信すれば、それに共感する人も増え、やがては企業の文化になる。そんな自分の行動を変えることまで、誰かに求めるとすれば、それは会社に風土や文化がないのではなく、あなた自身に、その風土や文化がないのだろう。
「負け犬の遠吠え」という言葉がある。「自分より強い者に直接には手向かわないで、陰で悪口をいうこと」だ。自分にはできないから、あるいは、なかなか成果が上がらないから、それは会社が悪いとか、世の中が悪いという。そして、自分は何もはじめない。まさに、「負け犬の遠吠え」ではないか。
たしかに、そうやって、自分ではないところに原因を求めることで、心の平安を保てることは理解できる。しかし、それだけのことだ。
誰かがしてくれることを求めるのではなく、自分にできることからはじめてはどうか。それが、会社の文化や風土を変えるための現実解であるように思う。