「馬頭観音」発掘プロジェクトを敢行
「八ヶ岳南麓の森の仕事場」のために購入した森で、土地の区分をはっきりさせる「くい打ち」作業をしているとき、道路に面した急な傾斜面に石が埋まっていることに気がついた。しかし、それをよく見ると、そこには穏やかな顔をした仏さまが彫られていた。
森を覆いつくして茂る女竹(めだけ/細い幹の竹)の藪の中に、その石仏が埋もれていた。なんだか可哀想になって、これは掘りださなければ、使命感のようなものが湧いてきた。
後日、スコップや刈払機、チェーンソーなどをクルマに積んで、その場所に向かった。小さな石仏であり、1時間もかければ、掘り出せるだろうと高をくくっていたが、思いのほか大きな石の後背を背負っており、厚みも幅もある。結局は半日がかりで掘りだすことになってしまった。
かなりの急斜面にあるので、脚を踏ん張る場所も限られている。また、斜面に深く食い込んでいることもなり、足場作りやまわりの斜面を削るのに、相当の土を掘りださなくてはならなかった。しかも、女竹の茂る森なので、その根が編み目のように土の中に織り込まれている。また、木の根がさらに重なり、それをスコップやノコギリで切り、掘り出さなくてはならず、それもまた大変な手間だった。そんな手間暇かけて、やっと掘りだすことができた。
ただ、木の根に押されたのか、あるいは時間とともに沈んでしまったのか、大きく左に傾いている。そこで、後日あらためて友人をかり出し、「まっすぐにする」プロジェクトを敢行した。
まず、後ろをさらに掘り進み、後背と斜面との間の隙間を拡げた。また、石仏の底の倒れている反対側の土を取り除き、まっすぐにしたときにそちら側に傾いて、まっすぐになってくれるようにと考えた。
空間を拡げた後背と斜面の間に、自宅の庭から持ってきた平らな石を入れ、これもやはり庭から持ち込んだ8cmほどの丸太を差し込んで梃子にして、えいや!と後ろを押し広げた。まさに作戦通り、見事にまっすぐに立ち上がってくれた。
後ろの斜面と後背との空間が拡がり、とても立体的な立ち姿となった。また、後ろに倒れてしまうと困るので、後背と斜面の間に20cmほどの石を何個か置き、すこしだけ後ろに押し込むようにして固定した。
まわりの女竹を苅り、木をチェーンソーで倒し、道路からの見通しをよくすることができた。たぶん昔の人もこうやって路傍の石仏を拝んだのだろう。
ところで、この石仏は、そもそもなんなのか。石仏の表には何も書かれていない。後背の後ろは、立ち上げるのに必要な幅だけしか拡げていないので、後ろに銘が刻まれているのかどうかも分からない。そこで、ネットで調べてみたところ、馬頭観音(ばとうかんのん)ではないかと言うことが分かってきた。
梵名のハヤグリーヴァ、すなわちはヒンドゥー教の最高神ヴィシュヌの異名でもあり、「馬の首」という意味があるらしい。仏教における信仰対象である観音菩薩の変化身(へんげしん)の1つであり、観音としては珍しい忿怒の姿をとると書かれていた。
しかし、その穏やかな顔立ちは、「忿怒」とはまるで違う。さらに調べてみると、「馬頭」の名前からなのか、「馬の首」の意からなのか、使役に使った農耕馬がなくなったとき、それを供養するために建てられることも多く、このような穏やかなお顔の仏像も多いのだそうだ。
地元北杜市の文化財を担当する部署に話しを聞いてみたところ。それは先ず間違えなく馬頭観音であろうと言うことだった。よく見ると分かるが、この仏像の頭に馬の頭が乗っている。それがあれば、間違いなく馬頭観音であるという。
この辺りは、古くから農耕が盛んで、農耕馬をたくさん使っていた。そんな馬は、家族同様に大切に飼われていて、その馬が亡くなったときは、供養のために馬頭観音を建てる風習があったそうだ。そのため、このあたりには馬頭観音が沢山あり、「ばとうさん」と呼ばれ、親しまれているのだという。
思わぬ発見であり、知らなかった地元の歴史に触れる貴重な機会となった。せっかくなので、もう少しまわりを整え、水仙でも植えようかと思っている。
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