優秀なエンジニアが、この1年で3人辞めてしまいました
「優秀なエンジニアが、この1年で3人辞めてしまいました。来月もまた一人やめる予定です。いったい、どこに問題があるのでしょうか。」
あるSI事業者の方からこんな話を伺い、私は次のように答えた。
「仕事が楽しくないからでは?」
「守りのIT」が企業内で一巡し、ユーザー企業は膨大なシステム資産を抱えている。一方で、「守りのIT」の新規開発は少なくなり、業務の変更や拡大に合わせて既存システムの手直しをしながら使うことが当たり前となっている。その結果、情報システム部門の予算の7割から8割が既存システムの運用や保守に関わる費用となってしまった。
新規システムの請負開発でリスクを冒すよりも、既存システムの保守、運用の仕事をするほうが継続的に工数を確保でき、安定した収益を得られると考え、そんな仕事を増やしてきた。また、大手の下請けにも入り、同様の仕事を増やしてきた。
意図的に増やしてきたと言うよりも、開発に携わった当事者に運用や保守を任せておいたほうが余計な説明もいらないので楽であるとの情報システム部門の思惑もあった。そのため、いつしか個々のシステムは特定のエンジニアに依存して切り離せない関係となり、結果として、お客様との継続的な関係を支えるようになった。しかし、そんな依存関係ももはや限界となりつつあるという。
「経費削減が求められており、支払金額を10%下げさせてもらえませんか?ただ、いまの仕事内容や品質には満足していますので、そこは変えないでください。」
そんなお客様からの相談が後を絶たないという。また、大口の取引先で、収益構造を変るためにM&Aを積極的にすすめているそうで、そのために既存の基幹業務システムでは多様化する業務内容や組織の統廃合に柔軟に対応することができず、新システム開発の検討が始まっている。
そうなると「システムと個人の依存関係」はなくなってしまう。これまでやってくれたからというだけで新しいシステムを任される保証はなく、むしろ積極的に新しいやり方を模索したいという情報システム部門の思惑もあって、これまでの仕事を失う危険にさらされているという。
また、「攻めのIT」に取り組もうという気運が高まっている。しかし、そんな取り組みの主導権は事業部門が握っており、情報システム部門にしか関係をもたないこの会社にとっては、そのような仕事にかかわるきっかけさえつかめずにいる。
新しい技術スキルの獲得や新規チャネルの開拓にもっと挑戦すべきだということは十分に分かっている。しかし、元々が低い利益率なので、収益につながる稼働率を維持しなければ、そのための人件費さえ確保できない。その結果、新しいことに人材を割くことができない。そんな悪循環を抱えている。
そんな状況だから、若いエンジニアが新しいことをやりたいといっても、単金の低い労働力は利益の源泉なので、収益の上がる仕事で稼働率を上げてもらわなくてはならない。収益が上がるかどうか分からない仕事をやらせるわけにはゆかない。そんなことが、若い人たちのモチベーションを下げているとも言えるだろう。
新しいことに関わることは、楽しいことだ。モチベーションも上がり、自発的に勉強するようにもなる。そういう環境が、人を育て、魅力ある商品やサービスを生みだす原動力となるのだろう。
SI事業者にとっては、人材こそが商品だ。高い技術力だけではなく高いモチベーションも併せ持った人材こそ、最高の商品である。それにもかかわらず、「優れた人材=優れた商品」への投資を渋るこのようなこの現実は、製品開発のための研究開発に投資をしない製造業と同じ話で、いずれ商機を失ってしまう。
この会社の若いヒトたちと話をすると、いいアイデアをいろいろと持っている。そんなことを上司に相談しても、話しを聞いてくれるだけで、何らかの行動につながることはなく、それが上司への不満となり、さらには会社への不満となっている。特に優秀な人たちのモチベーションを下げているようだ。
上司たちは、そう簡単には変わらないと彼らに諭す。会社で生き残るためには、余計な波風は立てないことだと分かっているからだろう。一方で、まだチャンスのある優秀な若者たちは、「やってられないよ」と去ってゆく。つまり、楽しくないから去ってゆくのだろう。
若いからと言って、かれらは決して自分のことしか考えない人たちではない。もっと会社をよくしたいと熱く語ってくれる。
少し見方を変えるなら、優秀な若い人たちは、世の中が、いま何を求めているかを敏感に感じ取っている。それに関われないとすれば、自分の成長は見込めない、この会社も長くはもたないと本能的に感じてしまうのだろう。生命の危機、成長の危機を感じる。だから楽しくない。
若者たちが会社に感じる楽しさ=会社を成長させる原動力
そういうことではないのかと思う。
忙しくてもチャレンジできる会社は楽しい会社だ。結果として、人材は育ち、外からも優秀な人材が集まってくる。一方で「優秀な若い人が辞める」会社は、楽しくないのだろう。そのような会社は、衰退の道を歩む。そうならない先に、「楽しい会社」にするための取り組みを始めなくてはならない。
時短やリモートワークだけの「働き方改革」では、これを実現できない。若い人材が、チャレンジでき、楽しめる会社にするためにはどうすればいいのか、そんな視点から働き方のあり方を考えてみるべきではないか。
一歩進めて考えれば、若い人たちが楽しめる会社へと「変える」のではなく、これまでのやり方を一旦棚上げし、若い人たちが楽しめる会社を「新たに創る」といった発想が必要なのかもしれない。
少子高齢化が待ったなしに進みつつあるいま、若者人材の確保は益々難しくなる。そんな彼らから選ばれる会社になることだ。会社が若者を選ぶことができる時代は既に終わっている。この現実に向きあわなければ、また優秀な人材がやめてゆくだろう。