バックミラーを見ながら運転するなんて
「バックミラーを見ながら運転するように世界を見て、私たちの過去の経験から構築された直感に基づいて意思決定を行ったとすれば、間違えてしまう可能性がかなり高い。(マッキンゼーが予測する未来・ダイヤモンド社・2017)」
データが何を語ろうとも、人は直感を頼りに意志決定を下す傾向にある。その直感とは、過去の成功体験に裏打ちされたものであり、また自分にとって都合のいいようにものごとを評価する「確証バイアス」にも影響を受ける。特に過去に大きな成功を収めてきた個人や組織にとって、この傾向がより強く現れることは想像に難くない。
中国にこんな逸話がある。将棋盤を発明した男が、皇帝から褒美をもらうことになり、望みを問われた男は、自ら作った将棋盤の64のマス目に1マス目には1粒、2マス目には2粒、次は4粒と倍々に米粒を置いていって欲しいと頼んだ。皇帝は、その程度のことならばと請け負ったわけだが、32マス目で音を上げてしまった。なんと200億粒以上になっていたのだ。これを64マス目まで、続けると1800京(1兆の1800万倍)という膨大な数に膨れあがってしまう。
Googleの研究者であり、未来学者のカーツワイルは、テクノロジーの進化も同様に指数関数的に進化するので、やがては人工知能の能力が人間の能力を遥かに凌ぐまでに高まり、予測できない事態が起こると指摘した。彼は、この時を特異点(シンギュラリティ)と呼び、2045年に訪れると述べている。シンギュラリティが訪れるかどうかは、いろいろと議論のあるところだが、テクノロジーが、指数関数的に発展することに疑う余地はない。
例えば、ディープラーニングは、2006年にカナダのトロント大学のジェフリー・ヒントン(Geoffrey Hinton)教授が論文で、その可能性を示したことが始まりだった。そして、6年後の画像認識の国際的なコンペティションで、彼が率いるチームが圧倒的な強さで、これまでの画像認識の精度を飛躍的に超える成績を上げて圧勝した。さらに4年後の2016年、このアルゴリズムを応用したGoogleのAlpha Goが、囲碁の世界チャンピオンを下すことになる。
このようなテクノロジーの指数関数的発展を背景に、日常や社会、ビジネスの常識は、確実に置き換わってゆくであろうことは、想像に難くない。こんなテクノロジーの発展に、私たちは真摯に向き合っていると言えるのだろうか。
- 「パブリック・クラウドが注目されても、システム開発は残りますよね。運用だって必要です。なによりも、セキュリティに懸念があるパブリック・クラウドには消極的なお客様も多いのが現実ですから、簡単に仕事が無くなることはありませんよ。」
- 「IoTなんて昔からありましたよ。自分も工場の制御系システムの開発に関わっていましたから、その程度のことは分かります。」
- 「DXとか大騒ぎしてますけどね、業務のデジタル化なんて、昔からやっていることじゃないですか。」
「バックミラーを見ながら運転する」とは、まさにこのようなことを言うのだろう。
「市場の変化に合わせて。戦略を動かし続ける」
米コロンビア大学ビジネススクール教授、リタ・マグレイスの著「The End of Competitive Advantage(邦訳:競争優位の終焉・日本経済新聞出版社・2014)」にこのように書かれている。そのため、企業のもつ競争優位性があっという間に消えてしまい、すぐにまた新たな競争に晒される「ハイパーコンペティション」の時代を迎えているという。
バックミラーだけを見て運転することが、どれほど危険なことなのか言うまでもない。フロントガラスに急速に近づいてくる未来を見極め、それを見渡しながら、最適な道筋を見つけながらすすんでゆかなければならない。
- クラウドがシステム調達の手段が変わるだけで、既存の仕事が代わることやなくなることはないと考えている。
- 制御系のシステムとIoTの本質について区別できていない。
- DXとデジタル化の違いが分かっていない。
もし、このようなレベルに留まっているとすれば、これはかなり深刻な状況だ。ましてや、そんなことはさほど重要なことではないと、バックミラーを見ながら高速度道路を運転しているとすれば、事故は避けられず命取りになることを覚悟すべきだろう。
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