「思考停止」という解決策
「相手からの指示を待って、それに従うことしかできません。もっと、積極的にこちらから仕掛け、提案できる人材を育てたいと思っています。どうすればいいのでしょうか。」
ある経営者から、愚痴とも相談ともつかない話しを伺った。
いま、我々を取り巻く環境はたくさんの情報にあふれている。IT業界はそんな中でも群を抜いている。ITの適用領域はかつてなく拡がり、基幹業務の開発、保守、運用といった範疇には、もはや収まりきれない。例えば、IoTやAIは様々な業務のプロセスやノウハウと深く関わらなければ、提案の糸口を見つけることは難しい。また、DXは経営や企業文化に関わる取り組みであり、経営についての理解が必要となる。そうなると、ITそのものの提案などたいして意味がない。事業や経営についての提案が必要となる。
この状況に対応するもっとも楽な手段は、「思考停止」になることだ。そうすれば余計なことを学ぶ必要はなく、淡々とこれまで通りの仕事を続けられる。余計な労力を払う必要はない。お客様の指示を待ち、上司の指示を待ち、ひたすら自分の職務に専念すればいい。
「思考停止」は、リスク回避も助長する。例えば、セキュリティ対策と称して「少しでも心配であればその原因や利便性を損なわない対処方法を考えずに禁止する」対策(?)などは、その典型だ。また、ある人の意見に無批判に従い「その人の言うことなら何でも従う」といった依存志向も同様の背景がある。
ただ、「思考停止」を続ければ、不安が醸成される。身体で感じていることとの矛盾、未来を見通せないことへの焦燥、自分の意志を示せない鬱積などが心の重石となって不安をかき立てる。それが、メンタル問題の原因にもなることもあるだろう。
この状況から、どうすれば抜け出すことができるのか。ひとつの解決策は、「情報過多」の本質を突き詰めてゆくことかもしれない。
いまの「情報過多」の現状を考えてみると、確かに物量としての情報はネットメディアの普及と相まって爆発的に増えている。しかし、それら情報の多くは重複している。むしろ、ネットメディアは積極的に重複させることで情報を増幅し、情報の多さを誇示することで自らの存在をアピールすることを競い合っている。それが、悪いというのではなく、それはネットメディアとしての生き残りの戦略であり、彼らのエコシステムなのだからどうしようもない。私たちは、その現実を理解し、正しく利用すればいい。まとめサイトやニュースのピックアップサイトが人気なのは、そんな現実に対処しようとする人々が少なくはないことを意味しているのだろう。
つまり、「情報過多」とは物量のことであり、本質的な価値をもたらす範囲や意味は、もっと狭いことを理解しておくべきだ。その物量を生みだしている本質あるいは本流を見つけ出せば、「情報過多」に翻弄されることはないだろう。
そんな本質、本流たるトレンドが理解できれば、それが情報のフィルターとなり、あるいはフレームワークとなって、様々な情報をより分け整理してくれる。情報過多という表面的な物量に惑わされることなく、情報が圧縮されて整理されてゆけば、未来に向けた一本の道筋が見えてくる。そうなれば、それに従えばいい。それが、「思考停止」への有効な対策になるのではないか。
ところが、現実には、なかなかそう簡単ではない。それは、そういうトレンドを知ることが、これまで築いてきた事業資産や自分自身の存在価値を放棄してしまうことになるかも知れないという不安があるからだ。そして、薄々は気付いていても積極的に「思考停止」することで、自らを守ろうとしているというのは、少々考えすぎだろうか。
思考停止しようが、積極的にトレンドに食らいつこうが、これまでの常識を大きく変えてしまうトレンドは存在する。それを「情報過多」を言い訳に、判断や行動を先送りするヒトたちが少なからずいるように思う。これこそが、リスク回避志向、あるいは、指示待ち志向の根本原因ではないのか。また、誰かが「こと」を始めるのを待って行動を起こそうという依存志向にもつながっている。それらは全て、「思考停止」という根っ子を持っているように思える。
ITのトレンドがこれほどまでに多様さと複雑さを増してしまったのは、クラウドの普及がきっかけだったかもしれない。クラウドはIT活用の低コスト化と資産リスクを回避する。つまり、これまでITを使って何か新しいことをやろうとすると、ハードウェアやソフトウェア・ライセンスを購入しなくてはならず、それを設置・構築し、開発や運用のために多額の人件費を払わなくてはならなかった。それが、クラウドの普及によりIT活用にかかわるコストは大幅に下がり、資産リスクもなくなった。ITを活用してことを始めるコストが激減したわけだ。
そんな取り組みの全てが成功するわけがない。失敗は数知れず、成功はほんの一握りしかない。しかし、クラウドのおかげで失敗のコストは劇的に下がり、沢山の失敗を容易に繰り返すことができるようになった。失敗が増えれば成功の実数は増えてゆく。これがイノベーションを加速し、IT活用の多様化と複雑さを助長しているのだろう。
この大きなトレンドは、ITで「ビジネスの成果に直接貢献する」ことに向かっている。クラウドや自動化の普及、マイクロサービスやコンテナ、アジャイル開発やDevOpsといったトレンドの源流は、この言葉に集約されるだろう。これまでのように、ITで「ビジネスの成果につながる手段を提供する」こと、つまり製品やライセンスを販売し、開発や運用を請け負うといったビジネスは、難しくなることを、このトレンドは示している。それを回避する術はない。
そんなトレンドを見ようとせずに「思考停止」で自らを守ろうとしても、来るものは来る。ならば、そんなトレンドの本質に積極的に向きあうことで、自らを救うべきなのではないのか。
お客様もそれを求めている。「自分たちの未来のためにITをどのように活かしてゆけばいいか」を知りたいというお客様の期待に応えなくては、仕事にならない。つまり、お客様からの依頼を請けて、あるいは課題を聞いて、その解決策を見つけ出すのではなく、トレンドの本質と本流を踏まえて、いわば上から目線で、お客様の未来、すなわち「あるべき姿」を示してあげることだ。それこそがいま求められている提案力の本質といえるだろう。
指示待ちにならず、積極的に仕掛け提案できるようになるとは、ITのトレンドを理解し、そのトレンドに沿ったお客様の未来について夢を語り、そこに至る物語を語れるようになることだ。解決策を提案するのではなく、お客様の「あるべき姿」を提言し、何をすればいいのかをお客様と一緒になって考え、創ってゆきましょうと言う関係を築くことだ。案件は、その結果として生みだされる。
何をどうすればいいのかの正解をお客様から与えられるのを待つのではなく、こちらが正解のたたき台を提言し、お客様と一緒になって実践の筋道を探ってゆこうということだ。
指示待ち人間から積極的に提案を仕掛けられる人間になるためには、テクノロジーのトレンドを学び、本質や本流を考え続けることしかない。そして、そこで得た知識や思想を活かしながら、お客様の「ビジネスの成果に直接貢献する」ために、なにをすればいいのかを考えることだ。
「ユーザーに集中すれば他のことはついてくる。」
Googleにはこんなモットーがあるそうだ。お客様の「あるべき姿」は何か、お客様の「ビジネスの成果に直接貢献する」するためには何をすべきかに集中することで、自ずと必要とされるトレンドの本質や本流も見えてくるように思う。
個人として、そんな志を持つことは大切なことだろうと思う。しかし、経営や事業にこの考え方を取り入れてゆかなければ、やがて時代の潮流に取り残されてしまう。既に優秀な人材が会社を去り、これまでのお得意様を失っているとすれば、それを個別の事情であるとか、担当者の資質や能力で片付けてしまうべきではない。経営や事業の本質的課題として真摯に向き合うべきだろう。
「積極的にこちらから仕掛け、提案できる人材を育てたいと思っています。」
冒頭のこの言葉に対処するためには、経営者がテクノロジーのトレンドに目を背けず、それに向きあう取り組みを推し進めることだろう。
時代遅れの取り組みに未だこだわり続け、そこで働くヒトたちが、その会社で働き続けようと自らを守るために「思考停止」にさせてしまうようなことをしていて、提案できる人材を育てたいなどと言うのでは、筋が通らない。
「積極的に提案できる人材がいない」とは、経営やマネージメントの問題として、受けとめるべきではないだろうか。
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2月から始まる第36期では、DXの実践にフォーカスし、さらに内容をブラッシュアップします。実践の当事者たちを講師に招き、そのノウハウを教えて頂こうと思います。
そんな特別講師は、次の皆さんです。
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戸田孝一郎氏/お客様のDXの実践の支援やSI事業者のDX実践
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また、特別補講の講師には、事業現場の最前線でDXの実践を主導
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