PPAPな企業文化から新規事業は生まれない
私:「Zip圧縮して暗号化した添付ファイルを送ることはご遠慮頂けないでしょうか。」
送信者:「申し訳ありません、添付ファイルをつけてメールを送ると、自動的にZip圧縮・暗号化されて送られてしまうので、どうしようもありません。」
Zip圧縮・暗号化された添付ファイルは、ウイルス・スキャンができず、なりすましで送られてくると対処しようがない。そもそも、同じメールアドレスに平文でパスワードを送っているわけだから、セキュリティ対策にはなっていない。誤送信対策という人もいるが、自動で送られてしまう仕組みなら、その意味もない。何よりも、開封する側の面倒を顧みていない。時折、自動で送られてきたパスワードがスパムと間違えられて迷惑メール・フォルダーに振り分けられてしまうこともあり、わざわざ探さなくてはならない。甚だ迷惑な話だ。
こんなことは、いまさら私が大声を上げることではない。世間では、これをPPAP*と呼び、その無意味さとリスクが、広く語られている。
*PPAPとは、「Passwordつきzip暗号化ファイルを送ります+Passwordを送ります+Aんごう(暗号)化するProtocol」のこと。
それでも、一向に改善される兆しはない。そこには、企業や個人に根深く染みついている3つの文化があるからだろう。
1つ目は、目的を達成することより、習慣化した形式に従うことを優先する。あるいは、目的はどうでも良く、思考停止で従うことが美徳であるという共通理解。
2つ目は、分かっていても声を上げて指摘することができない。あるいは自分の責任範囲以外は声を上げにくい雰囲気。
3つ目は、自分たちの価値基準やルールを優先し、世間の常識は後回しにされる。あるいはあまり世間のことを勉強していない、することの大切さに気付いていない。
PPAPは「問題アリ」と指摘をすると、概ね次の2つの反応がある。1つは、「そうなんですか。知りませんでした。」という「知らなかった。ごめんなさい。」的な謝罪と「ウチは遅れていて、どうしようもありません。」という「自分の責任ではない。会社が悪い。」的な責任回避である。この両方が、組み合わされることもあるが、いずれにしろ冒頭にもあるように「どうしようもありません」という言葉で締めくくられる。つまり、私たちのルールに従ってくれと言う暗黙の強制である。
このような文化を持つ企業が、新規事業だ、イノベーションだ、デジタル・トランスフォーメーションだなど、無理な話だろう。
道具にできることは徹底して道具に任せ、人間にしかできないことに人間が時間を使い、意識を傾けられるようにすること
道具はそうやって人間の知性の発展を支え、文明の進歩を促してきた。これは、昔も、いまも、未来も変わることはない。しかし、そういう道具の本来の価値を置き去りに、思考停止で道具を使うことを目的にしてしまっているような人たちが、変革などできるはずもなく、ましてや「デジタル・トランスフォーメーションの実現に貢献します」などと他人様に言うなんて、あまりにも自覚がなさ過ぎる。
イノベーションや新規事業も同じことで、既存の常識から逸脱することができなければ、無理な話である。それにもかかわらず、自分たちにできることの範囲、すなわちいまのスキルや既存の顧客を前提に考えていたり、既存の社内ルールから逸脱しないよう進捗を管理したり、稟議でリスクを排除したりしている。
冗談のような本当の話だが、役員からこれまでに無い、新しいビジネスを立ち上げたいので、企画をまとめて提案して欲しいと若手社員たちに依頼があった。彼らは頑張って、企画をまとめ役員に説明に行った。すると、その役員から次のようなコメントがあったという。
「確かにこれまでに無い新しいビジネスのアイデアだが、前例がないので、ウチでは難しいなぁ。」
これでは、「既存の常識から逸脱すること」などできるはずがない。こんな企業が、イノベーションや新規事業を生み出せるはずもなく、仮にカタチばかりのビジネスが立ち上がっても、PoCで終わる、そこそこの成果しかあげられない、「成果はこれからです」という言い訳と苦笑いが繰り返されるだけの話しだ。
いかなるビジネスにおいても、人々に受け入れられるためには、次の3つの条件を満たさなくてはならない。
- 目的が明確である
- その目的を達成することが、お客様や世の中にとって、「何としてでも実現した価値」を生みもたらしてくれる
- その目的が、現場との対話に裏付けられている
ところが、どうもここのところを勘違いしている人たちがいる。そして、次のようなやり方でビジネスを実現しようとしている。
- 目的が曖昧である
- 手段(例えば、AIやIoTなどの新しいテクノロジー)を使うことを目的にしている
- 誰かエライ人がそんなことを言っていた、調査資料からそんな需要がありそうだなど、思考と妄想からビジネス・プランが作られている
そして、いつのまに「事業計画書」を作ることが目的となり、事業を成功させることにあまり関心を払われなくなってしまう。
このようなやり方が、うまくいく道理はない。そもそも、新規事業は目的ではない。手段だと言うことを忘れてしまっている。
多くのSI事業者が、「新規事業開発室」や「イノベーション推進室」、あるいは「DX本部」などの看板掲げて、新規事業の実現を事業目的にしているが、そういう組織から、世の中を変えるような、あるいは、世間が一目置くような新規事業が生まれたという話しは、寡聞である。それは当然のことで、冒頭に紹介したような組織文化に支えられ、お客様や世の中に新しい価値をもたらすことではなく、手段として「新しいこと」をすることが目的とされている場合が大半だからだ。
自ずと、既存の常識から逸脱できず、手段を使うことに意識が向かい、お客様や世の中の価値ではなく、「新しいこと」という独りよがりな価値を実現することに取り組んでしまう。これでは、新規事業が成功するはずはない。
DXだとかビジネスのデジタル化だとかを標榜することは大いにけっこうな話ではあるが、まずは、PPAPから始めようではないか。PPAPな企業にはきっと同様のPPAP的ルールがいっぱいあるに違いない。まずは、そんな日常の当たり間をいまの常識に照らし合わせて、アップデートすることから、始めてはどうだろう。
そんな会社は、きっと沢山あるに違いない。ならば、それができれば、そのノウハウには需要があるはずだ。それこそが地に着いた新規事業になるのではないかと思うのだが、いかがだろうか。