社長からの「うちもIoTで何かできないのか?」の読み解きかた
「社長からIoTでプロジェクトを立ち上げるように指示されたのですが、何から手をつけていいのか、ほとほと困っています。」
先日、30代半ばの方からこんな相談を頂いた。このようなご相談をいだくのは彼からがはじめてではない。現場の実務を担当する方たちからも、このようなご相談を頂くことは珍しくない。
結局、何をしていいのか分からないままに、まずはIoTについてのネットの記事や書籍を探り、研修や講演で話しを聞いて「調査」と称する時間についやしているのが実態のようだ。そして、調査のままに終わることもある。
デジタル推進室やデジタル・ビジネス開発室などの組織まで作り、その取り組みを加速しようとしている企業もある。覚悟を社内外に示すというのは、意味のあることだが、ビジネスの第一線から離れた本社直下の組織であり、現場の第一線からは遠ざかっていた本社スタッフがその役割を担うことが多いし、ITに明るい人が関わっていることは希だ。しかも、早々に成果をあげることが期待され、「何をどうすればいいんだ?」と、こちらもまた調査と検討に時間を費やしているところもあるようだ。
このような状況に陥っている人たちに共通することだが、事業課題を明らかにすることなくテクノロジーを使うことが目的となってしまっているようにも見える。テクノロジーがもたらす社会やビジネスへのインパクト、これに対処するための課題の明確化、さらには時代に即した新しいビジネスの創出などを検討し、これからの事業のあるべき姿を描くべきであるが、そのような議論に至ることなく、既存の業務に当てはめて、使えるところを探すことに終始している。
一歩進めて、使えそうなところを見つけて使ってはみたものの効率や品質は現状とたいして変わらないという結論に達し、「使ってみた」という成果だけが残るという取り組みもあるようだ。これを称して「PoC」と言うのだそうだ。
ただ、本来PoCのC = Concept(概念)とは、事業の概念であり、実現したい事業のあるべき姿に近づいたかどうかを検証することが趣旨である。その実現に、IoTという手段は有効であったかどうかを検証することだ。しかし、IoTとは何か、何ができるのだろうかといった機能や性能への興味や関心、好奇心を満たすためだけのPoCになっていることも多い。このようなPoCのCはCuriosity(好奇心、物珍しさ、詮索好き)であり、これでは、事業の成果に結びつくことはない。
では、どのように取り組めばいいのだろう。
このチャートは、いくつかのIoTに関わる成功事例を参考に、成功の要件を整理したものだ。どの取り組みにも共通しているのは、「IoTで何かできないのか?」と社長に言われて、それをそのままに実行しようとしたわけではないことだ。「IoTで何かできないのか?」という問いかけを、いま自分たちが抱える事業課題の解決や将来起こりうる事態への対処、新たな競争優位の創出と結びつけ、それを解決あるいは実現する1つの手段としてIoTを捉えることからはじめたことが、成果に結びついたと言えるだろう。
つまり、「IoTで何かできないのか?」を次のように読み替えている。
- 事業の存続や成長にとっていま何が課題なのか、これから何が課題になるのか
- この課題を解消するためにすべきことは何か
- 有効な手段は何か、IoTはその有効な手段になり得るか
例えば、人材の不足、競争の激化、変化の速さといった直面する課題を解決しようとしたとき、過去の経験や方法論にとらわれず、「いまできるベストなやり方は何か」を追求した結果、「IoT」が最適解であるとすれば、それがIoTで取り組むテーマとなる。しかし、他の手段が有効であるとすれば、なにもむりやりIoTで取り組む必要はない。大切なことは、事業の存続や成長のための戦(いくさ)に勝つことだからだ。
かつて我が国は、太平洋戦争に於いて、幾度も勝ち目のない戦に挑み、「玉砕」を余儀なくされた経験を持っている。そんな戦いの中には、指揮官の立場を忖度し、ああ言ったのだから恥をかかせてはいけない、あるいはその信念に報いるためにと情が優先し、戦略的合理性を欠いた決定が下され、尊い命が奪われてしまったケースも少なからずあったようだ。「IoTで何かできないのか?」と社長が言ったので、何が何でもやることが大切だと考えるのは、そんな「玉砕」思考と変わらないだろう。
コロナ禍で、デジタル・テクノロジーへの関心が高まっている。こういうときだからこそ、それを使うことではなく、コロナ禍が浮かび上がらせた課題の本質を正しく見極め、それを解決する手段として、どのようなテクノロジーが使えるかを冷静に見極める必要があるだろう。