提案書の最初のページを見れば営業の人格が分かる
提案書の最初の数ページを見れば、この提案書を仕上げた営業の人格が見えてくる。
「お客様の立場に立って考えてみました。」
「お客様のご期待に応えようと思っています。」
「お客様の期待に応えることが私達の役割です。」
そういう言葉を涼しい顔をして語っていても、提案書の最初の数ページを見れば本性は暴露されてしまう。
ユーザー企業の情報システム部に、運用を委託しているITベンダーから、運用自動化の提案があった。その説明は、運用の自動化を進めることの価値から始まり、自動化のためにはどのような取り組みが必要か、スケジュールはどうなるかなど手順を踏んだわかりやすい説明だった。そして、今後の検討の段取りについても話が及んだ。
最後に金額の提示だ。それを聞いて驚いた。月額費用は変わらないが、初期費用に数千万円かかるという。
「ちょっと、待ってください。これ、話が違いますよ。こちらが聞きたいのは、どうすれば運用コストが削減できるかであり、どうすれば自動化できるかではありませんよ。」
情報システム部長の発言に、場は静まりかえった。
"運用コストを削減したい。その手段として、運用の見直しや自動化に取り組んでゆかなければいけないのなら、その進め方を提案して欲しい"が、ユーザー企業からの依頼だった。
しかし、話はいつの間にか、「どうすれば自動化できるか」にすり替わっていた。お客様が知りたいことではなく、ベンダーが伝えたいこと=売りたいことを伝える内容となっていたのだ。
どうしても運用コストを下げると月額の売上が減るから「自動化すればコストは下がらないが利便性は向上する。これで何とか乗り切ろう。」とでも考えていたのだろう。もし、そうだとしたら、お客様の立場や気持ちなど、何も考えていなかったことになる。
もし、お客様の立場で考えるのなら、まず、提案の冒頭で、現行のコストがいくらで、今回の提案を実施することで、いくら削減できますと語り、その上で、上記のような手順を説明すべきだ。
この提案説明が始まったとき、なかなか結論を語ろうとしない彼等に、私は内心この展開を予測していた。もし、結論に自信があれば、笑顔でそれを先に語るだろう。それがないままに、段取りだけが進んでゆくことにいらだちを覚えつつも、オブザバーの立場として発言を控えていたことが悔やまれる。はやく、それを指摘してれば、お互い無駄な時間を費やす必要はなかった。
提案書とは、お客様の知りたいことを伝える手段であり、こちらの伝えたいことを伝えるものではない。
「一生懸命、準備に時間をかけ資料を作ったのだから、全部伝えないともったいない」というのは、あまりにも身勝手だ。いくら自己満足のために、嵩を積みかねた資料を丁寧に語っても、そこにお客様の知りたいことがなければ、何の価値もない。
どうでもいい、あるいはあとでもいい膨大な話の最後に、「知りたいこと」が"ちょろっと"語られる提案もまた、お客様の立場や気持ちへの配慮が欠けている。
では、お客様の聞きたいこととはなにか。それは、結論だ。理由や背景、手段は、結論に魅力があれば、聞かせて欲しいと思うだろう。結論に魅力がなければ、その他の話は、全て無駄。
魅力的な結論が最初に説明されていない提案は要注意だ。それは、魅力的な結論を持っていない可能性が高い。仮に、最後に「魅力的な」結論が示されていたとしても、その提案は、相手の立場への理解や配慮を欠いたものだ。
相手の知りたいことは何だろう。相手に何を伝えれば受け入れてくれるだろう。それを考え抜き、議論した結論をまずは最初に提示すること。その結論に相手の合意を得て、次に手段や段取りについて話を進めれば、相手も安心して提案を聞くことができる。
何も難しいことではない。相手の「そうしてもらえれば嬉しい」を想像するだけのことだ。これは、提案の時だけはない。
相手への想像力、これを「おもいやり」というが、営業と言う仕事の土台であり、人格であろう。提案書の最初のページを見れば、そんな営業の人格が、直ぐに分かってしまう。
今日、これから、お客様に説明する提案書は、どうだろう?あなたの人格が、最初のページに現れていることを忘れてはいけない。