利点と価値:この違いこそが営業力の源泉
12店舗を展開する地方の中堅スーパーマーケット・チェーン。毎日各店舗からFAXで送られてくる手描きの伝票を本社購買部の10名の担当者が読み取りEXCELに入力して、各店舗のフォルダーに仕訳してファイルしている。これを週次で行い、毎週木曜日に締めてWebベースの発注システムにコピー・ペーストで入力している。この一連の人手による作業に延べ400時間かかっている。
これを手書き文字を高精度で認識できるAI-OCRとRPAを組み合わせて使えば、作業時間を短縮できるかもしれない。そうすれば、伝票入力に専従している要員を削減できる。そこで、営業は実証実験をお客様の購買部長に提案した。部長の了解を得て実証実験を行った結果、いま400時間かかっている人手による作業を30分程度に短縮できることが分かった。
営業は喜び勇んで、この結果を部長に説明した。いまの10名体制をバックアップも含めて2人に削減できること、そうすればコスト削減、そして、残った8名を人手不足の店舗の売場に移動させられると、このシステムの採用を迫った。
さて、購買部長はどのように答えただろう。
購買部長は、「採用は難しい」と答えた。その理由を尋ねると、担当者10人中8人は、他の仕事に移りたくないと思っていた。経営層の本音としては、売場への配置転換をしたいが、購買部長は、現場の反発が強い状況では採用は難しいとのことだった。つまり、「作業時間が短縮できて人員削減ができること」は、お客様の「価値」ではなかったのだ。担当営業は、そんなことなどまるで、思いもよらなかった。
そもそも、このシステムの「価値」は何だろう。購買部長がお金を支払ってでも採用したいと思う理由だ。担当営業は「作業時間が短縮できて人員削減ができること」を、お客様の「価値」だと考え、実証実験の成果を訴えたわけだ。
さて、あなたがこの担当営業なら、この回答にどう対処するだろう。諦めてそのまま手を引いてしまうだろうか。それとも、「人員を削減すること」こそが、経営者から部長に課せられたミッションなのだから、それを実行すべきだと強気で迫るだろうか。
担当営業は別のアプローチを探った。これだけの成果が期待できるのであれば、きっと何かの役に立つはずだ。人員削減以外に使えるに違い。そう考えて、いろいろと話しを聞いてみると、このスーパーマーケットは、ある大きな課題を抱えていることが分かった。それは、欠品率が高いことだった。お客様が買いたいと思って店に行っても、買いたい商品がなくては、売上も利益も上がらない。しかも、品揃えが悪いお店はお客様からも敬遠される。これを何とかしたいというのだ。
担当営業は、その原因は週次でしか発注できないことにあるのではないかと考えた。お客様が欲しいと思って店に行っても、その商品が揃うには1週間以上かかる。特に朝のワイドショーで「きなこがダイエットに効く」という放送が流れると一気にきなこの需要が増え、売り切れになってしまう。きなこへの熱狂が冷めてしまってから商品が揃っても、いつも通りしか売れず、せっかくの販売機会を逸してしまうことになる。これを何とかしたいというのだ。現在、欠品率は8%あるのだそうだが、数パーセント下がるだけでも十分に効果が出せるはずだという。
そこで、担当営業は、現在の週次の発注を、このシステムを使って日次に変更すれば、発注精度を上げられるので欠品率を下げられるはずだと考え、追加の実証実験を申し出た。結果、その効果が十分に期待できるとなって、めでたく採用されることになった。
本格的な運用に至り、欠品率は以前の8%から2%程度に下げることができた。品揃えが良くなりお客様の満足度も向上したという。また、購買部の担当者が削減されることなく、迅速な品揃えができるようになったことで、店舗からも経営者からも高く評価され、担当者のモチベーションも上がり、さらに欠品率を下げるためにはどうすればいいかということを考え、売り場に逆提案するようになったという。以前は日々の伝票入力作業に忙殺され、それどころではなかったのだ。
結果として、会社の売上と利益は確実に向上し、地元の人たちを惹き付けるスーパーマーケットとしての地位を確かなものにしている。
私たちは、往々にして「利点」をお客様に訴えてしまう。担当営業が最初に訴えた「購買発注伝票を処理する作業時間を400時間から30分に短縮できること」が「利点」に当たる。その結果として、人員削減できることが「価値」だと考えて採用を迫ったのだ。
しかし、それはお客様にとって、それは「価値」ではなかった。そこで視点を変えて、お客様の「価値」を定義し直した。その過程で、購買発注のサイクルを週次から日次へ変更すれば「欠品率を減らせること」が可能であることが分かった。結果として、顧客満足度を高め、機会損失もなくなるので「売上と利益を大きく改善できること」という「価値」にたどり着き、お客様もこのシステムを採用したいと考えたのだ。
私たちは「利点」と「価値」を区別することなく考えてしまうことがある。そして、「利点」があるから買ってくれと迫ることがあるが、それがお客様の求める「価値」ではない。
「利点」とは、「良い方向に変わること」、「価値」とは、「お客様が期待していることを充足すること」だ。お客様が、お金を払ってでも買いたいと考えるのは、あなたの提案に「価値」があると判断したときである。だから、お客様は何を期待しているのか、その期待を満たすことができれば採用してくれるのかを、しっかりと追求しておくべきだろう。
お客様にとっての「価値」は、次のような状況になることだ。
- お金を払ってでも是非とも手に入れたい!
- 手間はかかるが何としてでも実現したい!
- 「お願いですから早くください」と言わせられる!
いくら言葉を弄し、数字を示して訴えても、このような状況に持ち込めないとすれば、それは、お客様の求める「価値」に結びついていないからだ。
「これならばお客様も採用したいと思うはずだ」と、あなたは心から信じることができるだろうか。そうでなければ、あなたの提案に迫力は生まれない。そして、この「価値」を分かりやすく的確に説明し、説得できてこそ、受注につなげることができる。
あなたの提案は、お客様の「価値」を正しく反映しているだろうか?もし、「利点」を主張することに留まっているのであれば、提案を採用してもらうことは難しい。
お客様が、自分たちの「価値」をはっきりと伝えてくれないことは多い。
提案をうける側も、提案をする側も、自分たちの「価値」に真摯に向き合い、その実現に向けて、ぶれない信念を貫くことだ。そして、時代にふさわしい「手段」をアップデートし続けることだ。それができないにもかかわらず、DXなどと大言壮語を語るべきではない。
DXの「価値」はデジタルを使うことではない。その先にあるもっと大切な「目的」を実現することだ。そんな理解もないままに、「お客様のDX実現に貢献する」などと、いっているSI事業者がいるとすれば、そういうところは、かなりヤバイと心得ておくべきだ。
コロナ禍で、お客様は実行予算の削減と見直しを迫っている。いまは、これまでの仕事の継続でなんとかなってはいるが、まもなく状況は一変する。予算は、徹底して絞り込まれ、不要不急は後回しにされる。そのとき、「手段」を求められ、「手段」を提供することしかできなかった企業は、仕事の機会を減らしてしまうだろう。お客さまの求めるべき「価値」は、「これだ!」とお客様に提言し、価値実現のための良き相談相手として、これからのテクノロジーを踏まえた最適なやり方を提供できる企業が、仕事を増やしてゆく。
コロナ禍は、両者の違いを一気に拡げることを、覚悟しておくべきだろう。