デジタル・トランスフォーメーション 4/5・DXを実現するとはどういうことか
「デジタル・トランスフォーメーション(Digital TransformationまたはDX)」については、様々な定義や解釈があります。あらためてそれらを見直し、DXの本質と、その実現に向けた具体的な施策について整理します。
本日は、DXの実現とは何をすることかを整理します。
DXとは企業の存在意義を貫く取り組み
コロナ禍によって、私たちは、「不確実性」という現実に、否が応でも向きあわされています。これは、コロナ禍という特殊事情に固有の事態ではなく、いまの時代の普遍的な状況であり、コロナ禍によって、それが浮き彫りにされたにすぎません。コロナ禍が収まった後も、「不確実性」は、私たちの社会の「常態」で、あり続けることになるでしょう。そんな時代にあっては、企業は利益を追求するだけでは生き残れません。
ピーター・ドラッカーが語ったように「社会的な目的を実現し、社会、コミュニティ、個人のニーズを満たす」こと、すなわち、自らの存在意義(purpose)を追求し、これを事業というカタチを通して社会に還元することが、企業の役割です。
社会環境の劇的な変化やデジタル技術の急速な発展があったとしても、自らの存在意義を常に問い、ビジネス・プロセスやビジネス・モデルを時代に合わせてアップデートし続けなければ、事業の継続や企業の存続は、立ちゆかなくなってしまいます。
purpose beyond profit (企業の存在意義は利益を超える)
IIRC(International Integrated Reporting Council/国際統合報告評議会)の2018年の報告書のタイトルです。
IIRCは、企業などの価値を長期的に高め、持続的投資を可能にする新たな会計(情報開示)基準の確立に取り組む非営利国際団体で、業績などの財務情報だけでなく、社会貢献や環境対策などの非財務情報をも一つにまとめた統合報告(integrated reporting)という情報開示のルールづくりやその普及に取り組んでいます。
利益は企業が自らの存在意義を追求した結果としてもたらされる
このように読み替えてみてはどうでしょう。
企業が利益を求めることは、当然のことです。しかし、「不確実性が常態化」した時代にあっては、これまでうまくいっていたからと、同じやり方で利益を求めても、直ぐに通用しなくなってしまいます。だからこそ、企業は自らのpurposeを問い続け、それを提供する方法を時代に合わせて変化させ続けるしかありません。利益とは、自分たちのpurposeを貫らぬきつつも、やり方をダイナミックに変化させた結果として、もたらされるものだと考えるべきでしょう。
DXもまた、purposeと切り離して考えることはできません。DXは、これまでも述べてきたとおり「デジタルを駆使して、既存を改善すること」ではありません。
DXとは、デジタル技術を前提に、企業の存在意義を貫く取り組み
このように解釈することもできるでしょう。「不確実性の常態化」とは、「予測ができない」ということです。世の中の変化をじっくりと見定め、時間をかけて、計画的に対処してゆくことはできません。だから、変化に俊敏に対応し、ビジネス・プロセスやビジネス・モデルをダイナミックに変化させ続けることができる能力を獲得しなければなりません。デジタルを、そのための前提と位置付け、変化に対処しようというのが、DXの本質です。
そんなDXは、デジタル技術だけでは実現できません。DXに向きあうひとり一人が、その本質を正しく理解し、企業の文化や風土の変革に取り組むことです。それができて、企業はpurposeを貫くことができるのです。
DXとは、そんな企業活動の根幹に向きあうことなのです。
では、DXを実現するためには、何をしなければならないのでしょうか。次は、その具体的な取り組みについて、考えていきます。
DXを実現する
現実世界の様々な「ものごと」や「できごと」は、モノに組み込まれたセンサーやモバイル、ソーシャルメディアなどの現実世界とネットとの接点を介し、リアルタイムにデジタル・データに変換されクラウドに送られます。
インターネットに接続されるモノの数は2020年の時点で500億個になるとされ、それぞれのモノには複数のセンサーが組み込まれています。つまり、私たちは、膨大なセンサーに囲まれた世界に生きています。こうして、「現実世界のデジタル・コピー」、すなわち「デジタル・ツイン(双子)」が生みだされ、リアルタイムにアップデートが繰り返されていきます。
「デジタル・ツイン」は膨大なデータ量、すなわち「ビッグデータ」ですが、集めるだけでは意味がありません。そのデータから誰が何に興味を持っているのか、誰と誰がつながっていているのか、製品の品質を高めるにはどうすればいいのか、顧客満足を高めるためには何をすればいいのかなどを見つけ出さなければなりません。そのために人工知能(Artificial Intelligence あるいはAI)技術のひとつである機械学習を使って分析し、ビジネスを最適に動かすための予測や判断をおこないます。
それを使って、サービスを動かして、機器を制御し、情報や指示を送れば、現実世界が変化し、デジダル・データとして再びネットに送り出されます。
インターネットにつながるモノの数は日々増加し、Webサービスやソーシャル・メディアもまたその種類やユーザー数を加速度的に増やしています。現実世界とネットの世界をつなげるデジタルな接点は増加の一途です。データ量はますます増え、よりきめ細かなデジタル・ツインが築かれてゆきます。つまり、デジタル・ツインの解像度が、時間的にも空間的にも、大幅に高まりつつあるのです。そうなれば、さらに的確な予測や判断ができるようになります。この仕組みが、継続的かつ高速に機能することで、ビジネスが、常に最適な状態に維持されることになります。いわば、デジタル世界と現実世界が一体となって、リアルタイムに改善活動を繰り返すようなものです。
このような現実世界をデータで捉え、現実世界とデジタルが一体となってビジネスを動かす仕組みを「サイバー・フィジカル・システム(Cyber-Physical System/CPS)」と呼んでいます。
わたしたちの「フィジカル」な日常は、もはや「デジタル」と一体となって機能しています。これを改めて整理すると次のようになります。
フィジカルな現実世界の「ものごと」や「できごと」をIoT、Web、モバイルなどのデジタルな接点を介してデジタル世界に移し、コンピュータで扱えるようにします。
生みだされた膨大なデジタル・データ=ビッグ・データを解釈し、次にどのような商品が売れるのか、誰にこの商品をおすすめすれば高い確率で買ってくれるのか、業務効率を高めるにはどうすればいいか、事故を引き起こす予兆はないか、顧客満足を高めるためには何をすればいいか、などを見つけ出します。そのための技術が、機械学習です。
機械学習で得られた答え=最適解を使って、甚作かつ的確な判断を下し、機器を制御し、現場に指示を出し、商品を推奨するなどをすることで、フィジカルな現実世界は最適な状態を維持し、ビジネス・スピードを加速します。
このサイクル、すなわちCPSが私たちのビジネスの基盤になろうとしています。
CPSは、フィジカルとデジタルの境目を曖昧にし、両者を1つの仕組みとして、機能させます。私たちはフィジカルとデジタルを区別することなく、買い物をし、サービスの提供をうけることができます。必要な時に、必要な「もの」や「こと」を、都合のいい手段で手に入れられる自由を与えられた、と言い換えることもできます。
このようにCPSによって、ビジネスや日常は、よりよい方向に変化してゆきます。そんなCPSをビジネス・プロセスに組み入れることが、「DXを実現する」ことなのです。
DXを支えるテクノロジー・トライアングル
CPS、すなわち、「高速で現場を見える化」し、「高速で判断」し、「高速に行動」するというサイクルを実現するための鍵を握るのがデータです。このデータを生みだし、活用するためのテクノロジーが、IoT、 AI、クラウドです。そして、それらをつなげる仕組みとして、5G(第5世代通信システム)が通信の基盤となります。
IoTは、モノやモバイル・デバイスに組み込まれたセンサーで、現実世界のアナログな「ものごと」や「できごと」をデジタル・データに変換して、ネットに送り出す仕組みのことです。現実世界のデジタル・コピーである「デジタル・ツイン」を作る仕組みということができます。また、機器の自律制御や自動化もまた、IoTに位置付けられる機能です。
そのデジタル・ツインを解析し、これから起こることの予測や最適解を見つけるのが、AIや機械学習の役割です。
そこで導かれた最適解を使いビジネスの最適化を図る仕組みは、計算能力やデータの保管容量に制約がなく、必要な機能や性能を俊敏に調達できるクラウドの上で動かします。
これらを効率よくつなぎ、お互いを連携させる役割を担うのが5Gです。
これらの詳細については、後章で詳しく見てゆくことにしましょう。
DXは企業の文化や風土の変革なくして実現しない
不確実性が増大する時代に、事業を継続するためには、変化に俊敏に対応するための「圧倒的なビジネス・スピード」を手に入れるしかありません。
具体的には、次のことができるようになることです。
- 高速に見える化:IoTやビジネス・プロセスのデジタル化によって高頻度・多接点でデータを収集する仕組みをビジネスの基盤に据えること。
- 高速に判断:そこで得られたデータを分析・解釈して、顧客との関係やビジネスに関わる課題やテーマを見つけ出すこと。
- 高速に行動:その課題やテーマについて、ユーザーとの接点であるUI(User Interface)や分かりやすく心地よい体験を実現するUX(User Experience)、収益の源泉であるプロダクトやサービス、ビジネスを駆動するビジネス・プロセスを高速・高頻度で改善し続けること。
さらには、この一連の取り組みを当たり前として行動する習慣を組織に根付かせることです。ここで大切になるのが組織の「心理的安全性」です。「心理的安全性」とは、「対人関係においてリスクのある行動をしてもこのチームでは安全であるという、チームに共有された信念」のことです。単なる仲良しクラブではなく、自分自身の確固たる主張や意見を持ち、それをお互いにぶつけ合うことができるプロフェッショナル同士の高い信頼関係が前提です。そして、お互いに相手の多様性を認め、敬意を払い、信頼を分かち合えるから関係のことです。
組織に所属する全てのメンバーが「心理的安全性」に支えられ、自律的に仕事に取り組み、多様な考えを許容できるからこそ、圧倒的なビジネス・スピードが生まれるのです。
そんな組織で働く人たちは、自律的、自発的に改善して、より付加価値の高い仕事へと時間も意識もシフトする「働き方改革」が実現するでしょう。また、失敗を繰り返しながら高速で試行錯誤を繰り返すことが許容される雰囲気の中であればこそ、「新規事業」がどんどんと生みだされてゆきます。さらには、ビジネスの最前線にいる人たちが、環境の変化を敏感に感じ取り、主体的にビジネス・モデルを転換してゆくことができるようにもなるでしょう。
DXとは、そんな「高速に変化し続けることができるビジネス基盤」を実現することです。そのためには、デジタル技術を使うことだけではなく、これを活かせる企業の文化や風土へと変革することも、あわせて取り組まなくてはなりません。
*** 明日に続く