相談する存在となるか、相談される存在となるか
「戦略」とは、「戦い」を「略(はぶ)く」こと。
すなわち戦略とは、「いかに戦うか」の思考ではなく、「いかに戦わないか」の思考に他ならない。(中略)「戦って相手を打倒し勝つ」ことではなく、「無用の戦いをせずに目的を達成すること」に価値を置く。
田坂広志氏の著書『知性を磨く』の一節だ。
この言葉を目にしたとき、営業にとっても、重要な思考であると気付かされる。
「究極の営業力とは競合を作らない力」
ITに関わることであれば、最初に「相談される存在」になれば、売り込みなど必要なく、競合など考える必要はない。
お客様にとって、ITは手段に過ぎない。製品の機能や性能などは、実現したいことを満たしてくれるのであれば、それで十分。だから、自社の製品やサービスのすばらしさを必死に説明し、訴えても、それが採用の決め手にはならない。
お客様が知りたいことは、自分達の課題をどのように解決すればいいのかだ。それは、必ずしも、ITだけで実現されることではない。業務プロセスや組織体制に関わる取り組みが必要かもしれない。経営者や業務部門の責任者を説得しなければならないとすれば、どういう資料で、どう説明すれば良いかを考えなくてはならない。その上で、ITが必要なところはここであり、こういう風に使えば良いですよと説明できることだ。
ITについても、自社製品の宣伝ではなく、ITのトレンドや他社の動向、自社の得意不得意、その中で自分達ができること、できないことを伝えることだ。その上で、自分達ができないことをどう克服するか、そのために自分達がやること、そしてその決意をお伝えする。
お客様は、失敗などしたくはない。だからこそ、いろいろと知りたいし、納得したい。その期待に応えることが、「相談される存在」になるために必要なことだ。
そんな相談に乗れるかどうか。そうなれば、「無用の戦いをせずに目的を達成」できる。すなわち、戦わずして競合に勝てるわけで、このような思考を持つことが、営業としてのあるべき「戦略」ではないか。
「これだけのことを身につけるなど大変なこと。理想はわかるが、簡単にできることではない。」
そのことについても本書に興味深い記述がある。
「自己限定」を捨てる。
すなわち我々は、無意識に、自分の思考を自分が得意だと思っている「思考のレベル」に限定してしまう傾向がある。・・・中略・・・その「自己限定」のために、自分の中に眠る「可能性」を開花させることができないで終わってしまう。
スタンフォード大学の心理学者であるキャロル・S・ドゥエックは、人間には、「固定的知能観」か「拡張的知能観」かの、いずれかの心の有り様があり、それによって、その人の能力は決まってしまうというと主張している。
固定的知能感(fixed-mindset)の持ち主とは、自分の能力は固定的で、もう変わらないと信じている人。彼等は、自分の能力はこの程度だから、努力しても無駄だとみなす。また、自分が他人からどう評価されるかが気になり、新しいことを学ぶことから逃げてしまう心の有り様の持ち主。彼等が学ぶのは、それが自分にとって利益になる場合。つまり、これを知らなければ仕事がこなせない、収入が減るなどの場合だ。
一方、拡張的知能感 (Growth-mindset)の持ち主とは、自分の能力は拡張可能であると信じている人。彼等は、人間の能力は努力次第で伸ばすことができると信じ、たとえ難しい課題であっても、学ぶことに挑戦する心の有り様の持ち主。彼等は、好奇心旺盛に自らテーマを作り、学ぶこと自体を楽しむことができる。
このような、「自分の能力や知能についての心の有り様」=「知能観(Mindset)」が、学習についての意欲を左右し、能力の獲得に大きな影響を与えるという。
「私には無理だと思う」、「これは得意だけど、これは得意じゃないから」と考えてしまうとすれば、これは固定的知能感に支配されているか、あるいはそちらに偏っていると考えることができる。
ベテランの方のなかには、「もう自分はこれでいいんだ」、あるいは、「自分のやり方をいまさら変えようとは思わない」など、豪語する方もいらっしゃるが、これなども固定的知能感に支配されていると言えるだろう。
時間をかけて専門的な知識や能力を身につけても、新しいことに興味を持てなくなったとき、その人の成長は止まったと考えることができる。つまり、固定的知能感を持つようなったとき、残念なことではあるが、それ以上の成長は期待できない。
自己限定している自分に気付き、それを捨てるためには、自ら「チャレンジ」してみることしかない。失敗を恐れるあまり、決まり切ったことしかやらないとすれば、最低限の能力獲得にしか意欲を持たない。「これで十分」と考えてしまうこともまた、自己限定だ。
本質的には、拡張的知能感の持ち主であっても、仕事の現場では、固定的知能感の持ち主として振る舞うこともある。
「チャレンジさせる勇気」、そして、それを奨励し、失敗に対しても真摯に向き合い、解決策を共に考えてゆく。そんな、組織のメンタリティがなければ、新しいことを学ぼうとする意欲が育まれない。せっかく拡張的知能感をもっていても、そういう人の能力を引き出せなければ、本人にとっても、組織にとっても不幸なことだ。
失敗を許容できてこそ、自己限定を捨てるきっかけが生まれる。そうやって得られた成功体験は、成長の喜びとなり、さらに自らの可能性を広げるモチベーションにつながる。
お客様に相談し、お願いするだけの存在に甘んじるか、お客様に相談され、お願いされる存在になるかは、そんな自己限定を葬ることからはじまるのだろう。
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