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あなたはお客様を搾取していないだろうか?

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言うまでもないことだが、営業の役割は営業目標を達成することだ。例え厳しい数字であったとしても、景気が悪くても、お客様の業績が厳しくても、数字に執着して何としてでも営業目標を達成しなくてはならい。人当たりが良く、笑顔を絶やさず、気遣いがある「いい人」であっても、数字を達成できない営業は失格だ。だからと言って、何をしてもいいということにはならない。ましてやお客様から搾取するなんてとんでもない話しだ。

こんな話がある。ある製造業の経営者が、ITのより一層の活用を進めるには、既存の基幹業務システムに関わる経費を削減し、新たな取り組みに予算配分をシフトしたいと考えていた。そのためには、いま自社で所有しているシステムを全面的にパブリック・クラウドへ移行するのがいいのではないかと考え、情報システム部門に検討するように指示した。

情報システム部門から相談を請けたSI事業者は、この会社のインフラ構築や運用をまかされている。自社の売上に占める割合も大きい。短期的には移行に伴う売上は期待できるかも知れないが、長期的にはこの会社からの売上は減少するのは痛い。だからといって、お客様からの相談に回答しない訳にはゆかない。そこで彼らは、情報システム部門に次のような2つの選択肢を提案した。

提案1:既存のシステム構成をそのままにパブリック・クラウドへ移行する。ただし、運用が変わればリスクも増えるので、既存の構成をできるだけ変えずに物理マシンを仮想化してそのまま移行し、運用は可能な限り同じやり方で行う。

提案2:パブリック・クラウドへの移行は少なからずいまのシステムの設計を見直さなくてはならない。これには大きなリスクが伴う。だから、既存のシステムを最新の機種に入れ替え、仮想化の多重度を高め、ストレージを大容量化して集約し、物理台数を減らす。そうすれば運用は変わらないので新たなリスクは生じない。リース費用も削減できデータセンターのラック数を減らせるので、コスト削減にも寄与する。

この2つの提案に、情報システム部門も乗り気だった。特に「提案2」は変更が少ない。何よりも、クラウドを利用することによる未知の、あるいは新たなリスクを抱え込む必要がない。

確かに「現行の構成や運用をできるだけ変えない」は当面のリスクを回避するにはいい考えだ。しかし、クラウドへの移行に伴う投資は決して安いものではない。例えば、提案1では100台のサーバーを移行するのに、現行のアプリケーションが稼働すること、あるいは運用がこれまで通り行えることを確認するために相当の手間をかけてテストする必要があるという。また、クラウドに対応した新たな運用設計も必要であり、そのための費用は総額2億円ほどかかるという。クラウド事業者に支払う使用料も既存システムのリース費用とあまり変わらないか、「今の段階では予測は難しい」という回答だった。つまり、もっと高くなるかも知れないというのだ。

提案2は移行費用こそ前者ほどではないが、やはり新たなシステム設計と十分なテストが必要であること、加えてネットワークを再構成しなくてはならないし、新しい製品なので価格も高くなるので、大幅な削減にはならない。

いずれにしても、この2つの提案は新たな付加価値も生みだすことなく、移行のためのコストだけが発生する。経営者がこれを納得するはずはない。ましてやアプリケーションの保守や運用はこれまでと何も変わらず、レガシーなシステムは塩漬けにされるだけだ。予算も人材も新しい取り組みにシフトさせることができないだけではく、既存の基幹業務システムが足かせとなって、ITの戦略的な活用に求められるスピードや自由度を削いでしまう。まさに、「2025年の崖」の論理そのものだ。

結果として、「現行システムは移行できない」という結論になっても、このSI事業者は困らない。いままでの業務はそのまま継続されるだけのことだ。実にうまい提案だ。

そこで、この提案をしたSI事業者に次のような質問を投げかけてみた。

提案1について、物理サーバーのように全ての仮想マシンを24時間動かし続ける必要はないはずだ。アプリケーションの運用を見直せば、夜間停止できる仮想マシンも相当数あるはず。そうすれば使用料は削減できるのではないか。クラウドだからこそできる運用方法もある。そうすれば人手による運用負担を減らせるのではないか。いま使っているCPUコア数は妥当なのか。物理マシンの場合は買ってしまっては変更できないので多めのCPUコア数で導入しているはず。それを見直せば、仮想マシンのタイプをダウングレードできるのではないか。そうすれば、クラウド・サービスの使用料をもっと安くできるのではないのか。

提案2について、なぜHCIHyper Converged Infrastructure)を提案しないのか。アプリケーションについてのテストは必要であることは分かる。しかし、システムの導入に伴う時間や作業負担はかなり減るはずだ。また、いまSANで構成しているストレージを減らすことができ、その構築や運用のコストも減るのではないか。運用オペレーションもいまは人手に頼っているが、自動化できることもあるはずだ。なぜそのような提案がないのか。アプリケーションによっては、ハイブリッドで運用することはできないのか。そうすれば、データセンターの費用や運用に関わるコストも減らせるのではないか。

この質問して分かったことは、彼らが「クラウドを知らない」ということだった。別にコンテナやサーバーレスについて質問しているわけではない。ごく基本的なパブリック・クラウドのIaaSを利用する上で考慮すべきことを聞いただけの話しだ。しかし、納得できる回答は得られなかった。もしかしたら、知っていたのかも知れない。しかし、それを考慮して提案すれば、自分たちの取り分を減らしてしまう。どうせ情報システム部門も、経営者もそんなことまでは分からないだろうから、そのまま通してもらえるだろうと考えたのだろうか。

また、HCIを知らないという。営業の名誉のためにあえて言えば、HCIという言葉は知っているが、扱ったことがないので、提案できないということのようだった。私は、この話を聞いて呆れてしまった。扱ったことがないからと、お客様に黙っていていいとでも思っているのだろうか。お客様が知りたいのは、既存システムのコストを削減し、新しい取り組みの原資を生みだしたいということである。ならば、自分たちが扱っている、扱っていないにかかわらずお客様に代わって最適解を考え、提案するのが道理だ。それをしない、できないというのは不誠実の極みだ。

情報システム部門も右から左である。彼らの提案に具体的な指摘ができず、「もうちょっと安くできないのか」と漠然とした要求しかできない。営業はそんな情報システム部門の状況を知ってか知らずか、レベルの低い提案を平気でしてきたというわけだ。

プロとしてITの仕事をしている以上、「知らなかった」で許される話しではない。ましてや知っていてもしなかったのであれば、これは不作為の罪に当たる。さらに付け加えれば、「新しい技術なので、責任は持てません」とお客様を脅すようなことは、さらにその罪を重くする。

営業の役割は、お客様の価値を高め、その価値の増分についての対価を頂くことだ。その価値の増分が高ければ高いほど、大きな対価を期待できる。不作為であれ、知らなかったであれ、お客様を犠牲にして、自分たちの対価を大きくしようとする行為は搾取に他ならない。そんな倫理観もないとすれば、営業失格以前の話しではないか。

お客さまの求める価値は、ITのさらなる活用を推し進めることにある。その「あるべき姿」に応えることではなく、その手段である「クラウドへの移行」について応えているに過ぎない。しかも、自分たちにできる範囲で、自分たちにできるだけ不利にならないようにと考えている。

これは、エンジニアにも言えることかもしれない。本来「技術力」とは、少ない手間で大きなパフォーマンスを引き出す力だ。例えば、「できるだけ少ないプログラム・ステップ数でアプリケーションを実装する」や「少ない運用管理者で安定稼働を実現できる仕組みを設計し実装する」、「アプリケーションを本番環境に直ぐに移行しても安定稼働できるインフラを構築する」といったことができる能力を言う。その能力を高めてゆくことが、技術力の向上だ。その目的は、お客さまの価値の最大化あるいは最適化であり、この点に於いて、営業とエンジニアの違いはない。

当然、この提案について、エンジニアにも相談があったはずだ。しかし、このような提案をしてくるとは、なんと技術力のないエンジニアたちだろう。現状を超えようとせず、いままでのやり方のままで、お客様の求める手段に応えることしかできないとすれば、かれらの技術力は信頼に値しない。

「木こりのジレンマ」と言う話しがある。

木こりが木を切っていた。通りがかった旅人がその様子を眺めていると、斧を振るう勢いの割に、木が切れていないようだった。よく見ると木こりの使っている斧が刃こぼれしている。そこで、旅人は言った。

「斧を研いだほうがいいのではないですか?」

すると、木こりはこう答えた。

「そんなことは分かっていますが、木を切るのに忙しくて、斧を研ぐ時間がないんですよ。」

分かってはいるけど、仕事が忙しすぎて技術力を磨くことができないと言ういいわけに等しい。これもまた困った話しだ。

お客様にできるだけ大きな価値を提供して、それに見合う対価をいただけるように努力する。ひとつひとつの案件規模が小さくなっても、まともな提案ができる営業は、お客様に信頼され、相談も増えていくだろう。そんなお客様との関係を沢山持つことができれば、案件に困ることはない。また、大きな、あるいは難しい案件でも最初に相談される存在になれる。そうなれば、案件の規模も大きくなり、ますます営業目標の達成は容易になる。

お客さまの「あるべき姿」を徹底して考え、これを実現するためにはどうすればいいのかを真摯に追求することだ。そのためには、ITの知識もアップデートし続けなくてはならない。お客様の業務や経営についても関心を持って学ぶ努力を怠ってはいけない。

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いま、多くのお客様は「デジタル・トランスフォーメーション」や「ITの戦略的活用」を迫られている。しかし、具体的に何をすればいいのか分からない。そんなお客様に「何をすればいいのか教えてもらえれば提案します」では、あまりにも良識がなさ過ぎる。

  • お客様が最初に相談したいと思わせることができる豊富な知識
  • お客様の価値を最大化できるようにデザインされた「あるべき姿」を提言できる能力
  • この人なら任せてもいいと思わせることができる誠実さと人格

営業はこの3つを磨くことを怠ってはいけない。

あなたは、不作為であれ、無知であれ、お客様を搾取してはいないだろうか。「悪気はない」からと言い訳しても、許されることではない。改めて、冷静にいまの自分の実力を問い直してみてはどうだろう。「そう簡単にはできない」と言い訳したくなるかもしれないが、それこそが「木こりのジレンマ」だ。どうすればいいのかは自分で考え、行動するしかないことは、いまさら言うまでもないことだ。

ITビジネス・プレゼンテーション・ライブラリー/LiBRA

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