失礼な質問
「どんな本を読めば良いのか、教えてもらえませんか?」
新入社員研修で、こんな質問があった。この質問に先立ち、私は次のような話をしていた。
「インターネットだけでは、最新の情報や情報の断片を知るには効率のいい手段です。しかし、その知識の断片を含む全体像やお互いの関係が分からなければ、物事を深く理解できたとは言えません。それを教えてくれるのは本です。だから通勤時間でも、トイレでも少しでも時間を見つけて、本を読む努力を怠らないことが大切です。」
「あなたたちの社会常識は、決定的に未熟です。電車でゲームをすることや、漫画を読むことをダメだとは言いません。しかし、いまはその時期じゃないはずです。」
「少しでも、必要とされる常識を学び、増やしてゆかなきゃいけない。もちろん、そんなことできなくても生きてゆくことはできます。でもね、知識や常識に乏しい人には、会社も社会もなかなかチャンスを与えてはくれないでしょう。つまり、成長の機会も制約されるし、収入も伸びないし、出世もできないと言うことです。自分の未来や自由が制約されると言うことです。」
「会社が何もかも与えてくれるなんて期待しないで下さい。自分で工夫して、時間を作って学ぶしかありません。それができるかできないが、自分の人生を決めるんですよ。本は、そんな学びのために、書かすことのできないものだと思っています。」
冒頭の受講生からの質問は、こんな話のあとだった。
私は、彼の質問に次のように答えた。
「あなたが何を読めばいいかは、私には分かりません。あなたが何を必要としているか、私は何も知らないからです。どの本を読むべきかは、自分で考え、見つけるしかありません。難しすぎる、役に立たない本を買ってしまうこともあるでしょう。そういう失敗を繰り返すことで、自分にふさわしい本に巡り会うことができます。自分でやってみるしかありません。そういう繰り返しが、いい本に巡り会うためのノウハウを育ててくれます。」
「あなたが質問したことはとてもすばらしいことです。ただ、あなたの質問は正しい質問の仕方ではありません。訊かれた方は何を答えればいいのか戸惑います。これは礼儀を欠いた失礼な質問だとおもいます。」
「『企業会計や決算について、勉強したいのですが、良い本はないでしょうか』なら答えようがあります。『Javaのプログラミングについてもっと勉強したいので、どんな本を読めばいいでしょうか』という質問であれば、私は専門家ではありませんから、誰々に聞いてみたらどうだろうかと答えることができます。あるいは、『私はこのやり方がいいと思っています。なぜならこういう理由だからです。それについては、どう思いますか。』というのもいいでしょう。このように、論点を明確に示した質問であれば、相手も答えようがあります。しかし、冒頭の質問のように自分で考えることをせず、ただ正解を教えてくれと言われても、相手は困ってしまいます。相手に大きな負担を与えてしまいます。それはとても失礼なことです。」
「自分はこう思うや自分はこうしたいをはっきりと示し、それについてどう思うかという質問であれば、人は答えることができるでしょう。質問とは、そうやってするものですよ。」
新入社員に限らず、それなりの経験を積んだ人でも、同じような質問を平気でする人がいる。
「私たちにお役に立てそうなことで、お手伝いできることはありませんか。ぜひ教えてもらえないでしょうか?」
こんな話を投げかけられたお客様は、「何を教えろと言うんだ?」と、きっと困ってしまう。そして「特にありません」と答えてしまうだろう。
私が質問を受ける立場であれば、ならもう少し親切に、次のように申し上げて、お引き取り頂く。
「うちに何が必要か、何をすべきかは、うちのことを調べれば、すこしは想像できるでしょ。『こういうことはありませんか』と質問をしてください。そうすれば、こちらにも気付きが生まれるでしょうし、なるほどと思うこともあるでしょう。世の中はこんなことになっているが、御社はどうでしょうかという質問もありがたいですね。しかし、何かないかと言われ、あなたの答えをこっちで考えろとは、あなたの努力不足をこちらにカバーしろと言っているようなもので、少々失礼じゃないですか。」
『自分の正解』をまず持つことだ。完全である必要はない。こういうことではないか、こういう範囲ではないかと曖昧でも良い。自分はこう思う、こうしたいが、どうでしょうと、相手にYes/Noを求める。それがない質問は、相手を疲れさせるだけだ。
『自分の正解』を示した上で、これにYes/Noを求める質問であれば、
- その通りだが、ここが足りません。
- そうじゃなくて、こっちですよ。
- ちょっと違います。違っているところはこういうところです。
そうやって、相手が正解を作ってくれる。
こういう話をすると「だから質問なんかできない」と考える人が出てくるかもしれないが、それは本末転倒だ。
質問は、自分を磨く最良のツール。質問するには脳みそをフル回転させて、考えなくてはならない。当然、日頃のインプットも必要だ。相手の感情への配慮、わかりやすい表現など、いろいろと気を遣う。そういう集大成が、どこまで通用するかを試す機会が質問だ。
うまくいくこともあれば失敗することもある。失敗することから学ぶことのほうが多い。そんな機会が増えれば増えるほど、学びの機会が増える。
質問力は想像力だ。想像力は、知識や経験の蓄積だ。きっとこうではないかと言える想像力を磨いてこそ、適切な質問ができるようになり、成長の機会が与えられる。
最新版【3月版】を更改しました。
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【新規】従来システムとハイパーコンバージド・システムとの違い p.136
【新規】ハイパーコンバージド・システムのメリット p.137
ビジネス戦略編
【新規】デジタル・トランスフォーメーションの定義 p.18
【新規】ITをビジネスの成果に結びつける考え方 p.48
【新規】事業会社の担うべき責任 p.49
【新規】注意すべきITベンダー・SI事業者の行動特性 p.50
サービス&アプリケーション・先端技術編/AI
【新規】人間は何を作ってきたのか p.10
【新規】知的介助: amazonの戦略 p.32
【新規】学習データと結果の関係 p.93
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