人間の知性の発達と人工知能研究の発展
人間の知性の発達と人工知能研究の歴史を見てゆくと、その過程が入れ替わっているようです。
人間の知性の発達
人間は生を受けると様々な刺激を外界から受けることになります。その刺激を観察し、感じることを繰り返し、自分がいま何をやっているか、いまはどんな状況なのかが自分でわかる心の働き「意識」を育ててゆきます。そんな意識は好奇心を生みだし、触ったり、見たり、しゃぶったりといった行動を促し、観察の方法や範囲を拡げてゆきます。そういうことを積み重ねて、人間は心と身体の関係を無意識のうちに築いてゆくのでしょう。
そういう心と身体の働きを繰り返し使ってゆくうちに、自分の周りにある様々な事象を感覚的に捉えるようになります。ものごとには特徴や規則性があることが分かるようになり、それを認識、識別できるようになるということです。例えば、お母さんの顔、自分か好きなオモチャ、ミルクを飲むということに特徴や規則性を見出し、理屈ではなく感覚的に捉えるようになります。つまり、概念を獲得してゆくのです。
このように感覚的に得られた概念に、次第に解釈や理由付けを与えられるようになります。論理的思考能力の発達です。この能力の発達は言語能力の発達を促し、それはさらに論理的思考能力をも高めてゆきます。
このように人間の知性は、心身的反応から感覚的思考へ、そして論理的思考へと発達してゆくのです。
人工知能の発展
人工知能の研究は人間の知性の発達とは逆の発展を遂げてきたようです。1950年代に入りコンピューターが使えるようになると、「数を操作できる機械は記号も操作できるはず」との考えから、コンピューターを使った思考機械の研究が始まります。
1960年代に入り、記号処理のためのルールや数式をプログラム化し思考や推論など人間が行う論理的な「知的活動」と同様のことを行わせようという研究が広がりを見せました。しかし、当時のコンピューター能力の低さ、また記号処理のルールを全て人間が記述しなければならず、限界が見え始め汎用的な知的処理の仕組みとしては実用に使える成果をあげることができないまま1970年代に入り、人工知能研究は冬の時代を迎えます。
1980年代に入り、「エキスパートシステム」が登場します。これは、特定分野に絞り、その専門家の知識やノウハウをルール化し、コンピューターに処理させようというものでした。例えば、計測結果から化合物の種類を特定する、複雑なコンピューターのハードウェアやソフトウェアの構成を過不足なく組み合わせるなど、特定の領域に限れば実用で成果をあげられるようになったのです。しかし、これもまた辞書やルールを人間が全て与えなくてはならず、限界に行き当たることになります。ものごとを論理的に記述し、知的処理を機械に行わせようという取り組みは再び下火になってゆきます。
2000年代に入り、様々な、そして膨大なデータがインターネット上に集まるようになりました。また、コンピューターの性能もかつてとは比べられないほどに性能を向上させてゆきました。そこで、特定の業務分野でのデータを解析し、その結果から分類や区別、判断や予測を行うための規則性やルールを見つけ出す手法「機械学習」が登場します。
「機械学習」以前は、先にも説明の通り人間がルールを記述し「論理的に思考」させようというアプローチが主流でした。しかし、「機械学習」はデータの相互の関係から規則性や関係性、すなわち「パターン」を見つけ出そうというもので、「感覚的に思考」させようというアプローチと言えるでしょう。
現在、最新の脳科学の研究成果を取り入れ、この感覚的思考の精度を高めようという機械学習のアプローチ「ディープラーニング(深層学習)」に注目が集まっています。この新たな取り組みは、これまでの人工知能の研究成果の限界をことごとく打ち破っています。そして、実用においても、これまでにない多くの成果をあげつつあります。
このように人工知能の研究は、論理的思考から感覚的思考へと発展してきたと言えるでしょう。しかし、心と身体の状態と、その間の関係、つまり非物質的である心というものが、どうして物質的な肉体に影響を与えることができるのか、そしてまたその逆もいかに可能なのかは解明されていません。また、意識や意欲、意志なども同様に、それ自体が解明できておらず、コンピューター上で実装しようがないのです。
このように見てゆくと、人工知能研究の次のテーマは、「心身問題の解決」ということになるのでしょうか。事実、この問題に取り組む研究者たちもいますが、いまだ決定的な解決策は見出ていません。さて、これからどんな成果が出てくるのか、興味は尽きません。
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