パネルディスカッション:未来を味方にするために何を学ぶべきか、どう学ぶべきか
「未来を味方にするために何を学ぶべきか、どう学ぶべきか」
拙著「未来を味方にする技術(2017年1月)」と「【図解】コレ1枚でわかる最新ITトレンド[改訂増強版](2017年5月)」の出版記念イベントをデジタルハリウッドの主催で開催させて頂きました。
「進化するテクノロジーを自分の味方にするためには、どのように学び、どのように受けとめ、活かしてゆけばいいのか」
拙著で伝えたかったことです。そのためには、テクノロジーの進化の「歴史」をたどること、そして、それらテクノロジーがお互いにどのような役割を担いながら全体の仕組みを作っているかの「関係」を知ることだと申し上げました。
例えば、クラウド・コンピューティングが、いまこれほどまでに注目されるのは、それが存在することではなく、それを必要とするニーズや必然があったからです。いろいろなテクノロジーが登場しても人々の記憶に残ることなく消え去ってしまうテクノロジーは山のようにあります。そんな中から生き残り、受け入れられ、さらに発展してゆくには、ニーズや必然を満たしてくれたからに他なりません。歴史を学ぶことで、そのニーズや必然が見えてきます。言い換えれば、そのテクノロジーの価値が分かると言うことです。
「関係」もまたテクノロジーの価値を教えてくれます。例えば、いま巻き起こっている「第3次AIブーム」はクラウドの登場によりビッグデータが容易に手に入れられるようになったことが背景にあります。さらにコンピューターやストレージの価格性能比の加速度的な向上や人間の画像認識に関する脳科学的な理解がすすんだことで登場したアルゴリズム「ディープラーニング」により生みだされています。
それぞれのテクノロジーはそれぞれに歴史を持ち進化してきたわけですが、お互いがそれぞれにその価値を提供し合いながら全体としての仕組みをなし、単独では起こりえない価値の爆発的拡大と常識の転換を迫るイノベーションを引き起こしています。
この「歴史」と「関係」を生みだす理由は何処にあるのでしょうか。個々の事実の積み重ねを表面的に理解するのではなく、その事実の積み重ねを生みだす原動力となった原理原則を知ることこそが、未来を知るための道標になるのだという話をさせて頂きました。
そんな話しをきっかけに、三a人の皆さんとともに、主題のテーマで議論をしました。
おひとりは、楽天の吉岡弘隆さん。楽天テクノロジーブランドの構築・広報に携わっている方です。
もうおひとりは、AIやデータサイエンスの研究者である中西 崇文さん。デジタルハリウッド大学大学院 客員教授、国際大学グローバル・コミュニケーション・センター准教授/主任研究員であり、先日「シンギュラリティは怖くない:ちょっと落ちついて人工知能について考えよう」(草思社)を出版されました。
モデレーターには、B to Bマーケティングに取り組まれているC-M-P株式会社・代表取締役の佐々木 康彦さんです。ドリカムのバックバンドを経てインターネットの可能性を信じて音楽とウェブの制作会社を設立、いまこの仕事をされています。
冒頭、研究者や専門家の地位が危うくなる時代が来たと、中西さんの爆弾発言。大量のデータを分析すれば、その分野の素人であってもものごとの本質に迫るモデルや理論が構築できる時代になってしまったと言う話しです。結果として、素人と専門家の境目が曖昧になってゆき、「専門家」の価値はコモディになってゆくというのです。
そして、吉岡さんから次のようなご意見がありました。例えば、源氏物語の研究者が様々な文献を読み、苦労して知識を積み上げ、様々に解釈を試みていたこの世界も、それを理系の研究者がデータとして機械学習させれば、何十年、図書館にこもって研究してきた研究者の気がつかなかったことを見つけてしまうようなことが起こってしまう時代になったことや、プログラマーと素人の境目もなくなると言う話しが出てきました。確かにプログラミングの自動化がすすめば、業務の分かっている人がプログラムを作った方がいいシステムができることは明らかです。そういう意味では、職業プログラマーの仕事は縮小してゆくかもしれません。
じゃあ、ITは人間の存在意義を失わせてしまうのかということについて、私はそんなことはないという話をさせて頂きました。例えば、穴を掘ろうとするとき人はパワーシャベルにはかないませんが、じゃあ人間は要らないかといえばそういうことにはなりません。力仕事をする労働はなくなりますが、それをどう使えばいいのかは人間が考えることであり、道具が強力になることで、これまでできなかったことができるようになるというのは、明らかに人類の進化だと言うことです。また、Alpha GOが囲碁のチャンピオンに勝っても、その能力を活かして世のため人のために新たな分野で貢献しようとAlpha GOが自ら考えることはなく、それは人間にしかできないことなのです。
また、人工知能は「知的望遠鏡」で、これまで見えなかったことを見えるようにしてくれることで、人間の知見は拡がり、森羅万象についてのより深い理解ができるようになれば、これもまた人間の進化です。
吉岡さんは、ITの進化によって、これまでの職業の多くがなくなっても今までなかった職業が山のように生まれてくるのは歴史を見ても明らかだといいます。また、佐々木さんからは、こういう時代だからこそ、大学で学んだことでずっと生きていけるということはもうなくなり、新しいテクノロジーにキャッチアップしていくスキルの獲得が大切ではないかのことでした。
また、是非読むべき書籍の話しも盛り上がりました。
中西さんからは、最新の機械学習のテクノロジーも行き着くところは、ベイズ統計なのかなと思うことがあるということで、「異端の統計学ベイズ」という本がすごくいいとのことでした。
吉岡さんからは、「数学」を学びましょうという提言がありました。文系出身であっても、年をとっても、改めて数学を勉強した方が良いと言う話しです。STEM(Science, Technology, Engineering and Mathematics)が、これからの社会を動かす大きな原動力になろうとしていま、数学を学ぶことは自分の視野を拡げるためにも是非必要だということです。
私からは、宗教や哲学の本をもっと読むべきだと話をさせて頂きました。デカルトやフッサールなど古典とも言える哲学が、実はテクノロジーの根底にあることを知れば、テクノロジーを読み解くことが容易になります。また、比較文化や社会学などもいいと思っています。例えば「失敗の本質」や「アーロン収容所」を読むと日本と西洋のITに対する考え方の違いがよく分かります。
吉岡さんは「闘うプログラマー」を推奨されました。これはWindowsNTの開発現場の物語で、今のアジャイル開発につながる話が語られています。アジャイルの本質を知ることにもつながり、今の開発者が学べることが多いとのことでた。
佐々木さんからは、私が以前紹介をしたのですが「肉食の思想」という本を読むみ、欧米で生まれるIT製品やサービスの思想の源流が分かったとの話もありました。
直接仕事に役立つかどうかはともかくとして、自分のビジネスや日常の文脈に置き換えて読み解くことで、沢山の学びを得ることができるということについては、皆さんの共通する想いでした。
変化の激しい時代です。だからこそ、学び続けなければ未来を味方にすることはできません。そんなことを改めて考える機会となりました。