IT業界におけるエンジニアは資産か労働力か? マクロ経済の生産関数から見た考察
最近は、「政府の成長戦略を追いかける」という観点から、留学中の授業内容をIT産業に適用して考察した自身のレポートを振り返ることが増えてきた。
今回はマクロ経済のお勉強である。
まず、生産関数 とは、こんな感じの数式だ。
(詳細はこちらへ)
Y:生産量(供給能力)、K:資本、N:労働量、(0<α<1 一般的には α≒1/3 くらいが多いらしい)
変化率を算出するために、上記の式を微分すると、以下のようになる。
ΔY/Y={αΔK/K+(1-α)ΔN/N}・Y
8/20 一部修正 ΔY/Y=αΔK/K+(1-α)ΔN/N+⊿A/A (⊿A/Aは、産業構造そのものが大きく変化する場合に議論される「全要素生産性」であるが、今回は不変として扱います)
ここから先、マクロ経済の学者さんたちは、実際に国別とか業種別に、資本、労働投入量、生産量などの統計データを収集し、回帰計算を元にこの生産関数の数式を論じることになる。
例えば、「xx国のxxx業は、xxx国より資本依存度が低くて、労働集約的だ(αが小さい)」と言うような話をする。
この数式を読み取るメッセージとして、教科書的な説明では
- 資本(K)と労働量(N)の両方を追加してこそ、生産量の増加が最適化する。
- 資本or労働のうち影響力の係数(α、1-α)が大きいほう、且つ現状の規模が小さなほうに投資したほうが効率的である
ということになる。
「雇用確保・景気浮揚を両立させるためには、需要がないのだから、製造業のK(生産設備)を下げて供給量を下げよ」というのが、一部の経済学者の論調でもある。
(「世界経済が回復するなか、なぜ、日本だけが取り残されるのか」を読んで)
ちなみに、α=1に近いのは、資本集約型=装置型の産業(例えば、プラント・ビジネスのような世界)だと言われている。
一方、これまで人月単価のビジネスモデルでやってきたSIビジネスを中心とするIT産業は、労働集約産業だと考えられる。
私自身は、IT業界のマーケティング、新製品立ち上げなどに関わっている人間として、「新製品・新技術のマーケットシェアは、それを支えるエンジニアの質&人数に比例する」という経験則があるものと信じている。その観点から言えば、「エンジニアの知識、スキル=資本」、「エンジニアの数=労働力」という感じだ。ナレッジマネジメントをやっていた頃は、知的資産や人財を実際の資本として扱うような説明ができないかと考えていた。
IT産業やコンサルティング・ビジネスのように「人間と知識・知恵が資本」と言われるようなビジネスでは、単純に資本=設備機械とは解釈せずに、「資本=知的資本=エンジニア、コンサルタント、新製品エバンジャリストなどの人財リソース」、「労働量=リレーション型営業」 と考える見方があり得るだろう。
そう解釈すると前述の微分式は、「一般的な大規模組織においては既にNが十分大きいだろうから、リレーション型営業よりもエンジニアのスキル向上や製品マーケティングに投資したほうが効果大。営業組織の内部においても、単純な人数ではなく知的武装に投資したほうが効果大」という説明になる。ここまで解釈すると、無味乾燥な教科書的説明が急に親近感をもって感じられてくる。
ところが、資本(K)と労働量(N)の両方にバランスよく資源投入して初めて相乗効果が出るという経済学の常識に反して、リレーション営業型の労働投入だけで乗り切ろうとしているIT会社は少なくないのではないだろうか?「自社で資本=知的営業力を養成できなくなったので、腕利き営業マンだけを引き抜いてくれば何とかなる」と思っている会社が増えてきてないだろうか?と思うことも増えてきた。
まだまだ苦しい昨今の経済状況だからこそ、
- 何はともあれ営業のカバレッジ規模で勝負。社員全員が営業だ!(労働投入量の追加=⊿Nを重視)
- 時代は変わって、単に訪問するだけでは「押し売り電話」と同じ。お客様に刺さる提案をするための知的武装が必要(資本投入量の追加=⊿Kを重視)
という2つの方向では大きく結果が異なるように思う。
さて、IT業界のメガトレンドであるクラウド・コンピューティングの台頭によって、データセンター型のサービス提供がIT産業の中で重みを増すと、この生産関数はどうなるだろうか?
資本(K)としては、データセンター設備そのものが加わってくるため、装置産業型ビジネスに近づく(αが大きくなる)ことになるであろう。
また、データセンターの運用スタッフや、PaaSを使ってカスタマイズする要員など、エンジニアといっても参入障壁の低い(流動性の高い)分野は、資本扱いから労働力扱いになることが増えるであろう。
つまり、エンジニアも「高レベルでないと単純労働力扱いされてしまう」ということになりそうだ。そういえば、どこかのセミナーでSalesforceさんは、「キャパシティ・プランニングを行うITアーキテクトが不要になる」と言われていた気がする。スキル単位で価値の大きな下落が発生する分野があるわけだ。
結論:クラウド・コンピューティングの進展によって、エンジニアの単純労働者化(選別)が進みそう。。