顧客との「共有価値の創造」手段としてのCSV #1
顧客との「共有価値の創造」の手法として、最近よく取り上げられている経営・マーケティング手法「CSV(Creating Shared Value)」があります。弊社ではエンゲージメント・マーケティングの重要な手法だとの位置づけです。この度、弊社の渡辺がこのCSVに関するエッセーを開始したので、適宜このブログでも紹介して行こうと思います。
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「Creating Shared Value」略してCSV、日本語で「共有価値の創造」とか「共創価値」と訳される新しい経営戦略の考え方があります。2006年に米国マイケル・ポーター教授とマーク・クラマー氏共著「競争優位のCSR戦略」という論文で発表されました。簡単に言うと「企業は本業で社会貢献をしながら、利益も出せるし、出すべきだ」ということです。CSVをグーグルで検索すると、テキストファイル形式の略称CSV、Comma-Separated Valuesが一番に表示されますが、IT用語ではありません。まだそれだけ新しい概念ということです。
今後、弊社ではエンゲージメント・マーケティングとともに、この「CSV」についても考えていきます。
今回は、どうしてこのCSV「共創価値」という考え方が生まれたのか、背景についてまとめてみます。
大きくは2つの流れ、「マーケティングの進化」と、「企業の社会的責任に対する考え方の変化」があります。
マーケティングの進化は、製品重視→消費者重視→顧客との対話重視という道のりをたどってきています。戦後、物資も生産手段も不足していた時代には、まず原材料と生産手段の確保、そしてとにかく製品を供給することが第一。作れば売れるという状況で、消費者よりも製品供給中心の考え方でした。やがて1970年代、二度のオイルショックを経て低成長時代に入ると、物価が上昇したことも要因となり製品の差別化や付加価値付けが重視されるようになりました。この頃から市場調査で理解した消費者ニーズの違いに合わせて製品をポジショニングし、より効果・効率の良いマーケティング活動をするようになりました。これが消費者重視の段階です。1990年代、PCとインターネットが普及し、大規模データベースを活用して顧客毎の売上分析が低コストでできるようになると、企業にとっての生涯顧客価値の大小や、顧客満足度に応じてマーケティング施策を組み立てるリレーションシップ・マーケティングの考え方が生まれました。簡単に言うと「新規顧客に売ることばかりでなく、付き合いの長い既存のお得意様を中心に考えるとより効率の良いビジネスとなるよ」ということです。しかし消費者重視といっても、あくまで販売ターゲットとして既存顧客を企業目線で様々分析するというレベルにとどまり、真に顧客との対話からマーケティングを考える本来の定義は実現されなかったように思います。
2000年以降、ブログやFacebookなどのソーシャルネットワーク技術が生まれ、インターネット上で誰でも企業に直接意見できる時代が来ました。消費者や世論の反響が企業のマーケティングや経営に大きく影響し始めると、ついに対等の目線で消費者と社会の意見を取り入れながら事業や製品を考える対話重視、双方向のマーケティングコミュニケーションが現実的になってきたのです。この対話重視の考えが発展し、消費者と社会との共同作業から生み出される製品や事業がCSV「共創価値」であり、そのようなアプローチをとるマーケティングがエンゲージメント・マーケティングと呼ばれ始めています。(顧客をマーケティングプロセスにおける主役とし、製品開発やコミュニケーションにおいて企業とのCo-creation(共創)関係にあると位置づける事。弊社原ブログ引用)
2つめは企業の社会的責任に対する考え方です。企業の社会的背責任は英語でCSR(Corporate Social Responsibility)と呼ばれています。CSRという用語が無かった高度経済成長時代、営利企業が儲け以外に果たすべき社会的責任とは、公害を出さない、法令違反しないなど最低限社会に迷惑をかけない程度のことでした。次いで、寄付や奉仕活動を通じて社会に利益を還元する、けれども主に企業PRや企業イメージ向上が目的という長い第二段階(1980年頃~2000年)に入ります。大きな転換点は2001年末。米国で世界最大のエネルギー・コングロマリット、エンロン社が不正会計により破綻に追い込まれるという事件が発生しました。その後も続いた米国巨大企業の粉飾決算による倒産が株式市場や世界経済に多大な影響を及ぼしたため、「CSR(企業の社会的責任)」の重要性が米国発で説かれるようになりました。過剰に利益を追求し過ぎて逆に発生する「不正倒産リスクのマネジメント」とも言えるでしょう。企業は自社の事業利益を優先するだけでなく、顧客や株主、従業員、取引先、地域社会などの様々な利害関係者に対する社会的責任を重視しなければならないという考えです。日本でもベンチャー企業の自社株インサイダー取引事件などを経て、徐々にCSR活動が広まってゆきました。素晴らしい理念ではあるのですが、不正会計と利益偏重姿勢の反省から生まれた動きだったので、事業との両立よりも社会的責任を果たすことにやや偏重し、当初は一部の大企業中心の動きにとどまっていました。
このCSR(企業の社会的責任)経営をより本格化する必要性が論じられる中、2006年に米国マイケル・ポーター教授が上述の論文で「企業は本業で社会貢献をしながら、利益も出せるし、出すべきだ」との考えを表明し、CSRがCSV(共有価値の創造)へと昇華しました。企業が社会的責任を果たそうとすると費用負担増になるのではないか、という消極的な考えを逆転させ、社会貢献を本業に組み込みながら公正な利益を得るようにする試みです。それゆえに戦略的CSRとも呼ばれます。戦略的CSRことCSVの概念が登場したことで、マーケティングと企業の社会的責任という2つの背景が合流していくのではないでしょうか。
では次回以降、企業が本業で社会貢献をしながら利益も出すとはどういうことか、先進事例を紹介しながら掘り下げてみたいと思います。
渡辺 弘
株式会社エンゲージメント・ファースト
グループ長兼チーフ・エンゲージメント・ストラテジスト
統計士・データ解析士/デジタルハリウッド大学客員教授