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日本を環境立国にするために、ITベンチャーを飛び出して起業しました。

なぜシマウマは家畜にならなかったのだろうか?

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我々が歴史を振り返るとき、現代は進歩していて過去は未開である、と無意識に判断しがちである。ニューギニアの人食い民族は未開な野蛮人で、それらを早く西欧社会の先進国の方向に導かなければならない。そう考えて覇権主義を唱えてきた正義の国だって存在している。


文庫 銃・病原菌・鉄 (上) 1万3000年にわたる人類史の謎 (草思社文庫)
文庫 銃・病原菌・鉄 (上) 1万3000年にわたる人類史の謎 (草思社文庫)



一方で、素朴な疑問も湧いてくる。圧倒的な栄華を誇ったインカ帝国はどうして少数のスペイン人に滅ぼされたのか。逆に南米からヨーロッパに侵攻する可能性はなかったのか。あるいは、近代まで狩猟採集生活を続けてきた原住民と、産業革命を起こした欧米人を分けた要素は何だったのか。


『銃・病原菌・鉄』というタイトルのとおり、狩猟採集から農耕へと食糧生産のスタイルが変化するにしたがって、余剰生産物が生まれ富の偏在が発生する。それが階級制度をつくり、やがて武力によって他の民族を侵略する“銃”の要素が生まれる。同様に、農耕によってある程度の人口密度が達成されると、そこに疫病が発生する。早期に免疫を得た民族に比べて、疫病に耐性のない民族は脆い。あるいは、鉄鉱石などの鉱物資源の偏在によっても国力の強さが規定されていく。


農耕については、メソポタミア文明のあった中近東地域で発達した。そこには栽培できる植物野生種や、家畜にしやすい大型動物が多数生息していたという環境条件があり、農耕を飛躍的に発展しやすくする素地が整っていた。そこでバビロニア王国のような階級社会が生まれ、バベルの塔のような神話が生まれた。


一方で自然が豊かであるというイメージのアフリカ大陸においては、なかなか農耕は広まらずに、近世まで狩猟採集生活を営んでいた民族がほとんどだった。アフリカの植物は栽培しても収量が少なかったり、加工に手間がかかったりで大規模化しにくい。同様にアフリカの野生動物は気性が荒く、たとえばユーラシアの馬を手懐けるようにサバンナのシマウマを家畜化することは、飼料や繁殖方法といった面からも不可能だったのである。


このような環境条件の違いにしたがって、現代社会の構造が成り立っている。総体的にユーラシア大陸は農耕による人口集積や馬の軍事利用といった条件に恵まれ、覇権構造を創り出すようになる。もともとは辺境の異端民族でしかなかったヨーロッパ系民族は、これら数々の偶然的要素によって世界の多くの地で先住民を追いやり、文明社会を築いていった。


そこには西洋文明が正しいとか狩猟採集生活が間違っているといった判断基準ではなく、環境条件が変化するにしたがって支配的になるライフスタイルも替わるという当たり前の事実が示唆される。謙虚に歴史から学びながら、持続不可能な現代社会をどのように変えていくのか。我々に突き付けられた課題は重い。
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