PLC/DCSの概念が変わる? 仮想化とAIの融合がもたらす次世代自律工場のアーキテクチャ
米国の調査会社であるABI Researchは2026年6月24日、製造業の制御工学が仮想化を中心に再構築されることで、ソフトウェア定義自動化における産業用AIの収益が2035年までに50億米ドルを超えるという予測を発表しました。少子高齢化に伴う技術者不足や、生産ラインの柔軟性向上の要求が高まる中、従来のハードウェア依存からの脱却が急務となっています。制御システムの仮想化とAIの融合は、工場の設計・運用モデルを根本から変える可能性を秘めており、今後の投資戦略において不可欠な視点となっています。
今回は、仮想化がもたらす制御システムの構造変化、エージェント型AIによるエンジニアリングプロセスの効率化や主要ベンダーの戦略動向、転換期を迎える製造業の技術的な課題、そして、今後の展望について取り上げたいと思います。

ハードウェア依存からの脱却とソフトウェア定義自動化の胎動
ABI Researchの発表によると、製造業における制御システムの構築手法が、従来の専用ハードウェアから仮想化技術をベースにした「ソフトウェア定義自動化」へとシフトしています。これまでは、工場内の機器を制御するために専用のプログラマブル・ロジック・コントローラ(PLC)や分散型制御システム(DCS)を個別に配置する構造が一般的でした。しかし、市場の需要変動に伴う多品種変量生産への対応や、サプライチェーンの不確実性に対応するため、より柔軟で変更が容易なシステム構造が求められています。
工場内の計算資源を中央の産業用PCやクラウド上の仮想環境に集約し、ソフトウェアによって制御機能を柔軟に定義するアプローチが現実味を帯びています。長年続いてきたハードウェア主導の投資構造からの転換は、生産現場の柔軟性を劇的に向上させる基盤として機能することが想定されます。これにより、企業の設備投資はハードウェアの更新から、ソフトウェアの継続的な機能拡張へとシフトしていくと考えられます。
産業用AIの市場成長と仮想化がもたらす投資構造の地殻変動
同社の予測では、ソフトウェア定義自動化における産業用AIの市場規模は、2025年から2035年にかけて急激な成長を遂げ、総収益は50億米ドルを超える見通しです。内訳を見ると、DCSソフトウェアにおけるAIの年平均成長率は25.0%に達し、産業用PCが20.1%、仮想コントローラが17.9%と続きます。この高い成長率の背景には、高度なAIモデルを動かすための強力な計算基盤として、高性能な産業用PCの需要が高まっている状況があります。
これまで制御システムの導入は、初期の設備投資負担が大きいベンダー囲い込み型の構造が定着していました。しかし、ソフトウェア化によってハードウェアとソフトウェアの分離が進むことで、より投資効率の高いオープンなエコシステムへの移行が始まっています。特に連続的なプロセス制御を行う素材や化学などの産業において、先行的なパイロット運用の枠を超えた本格的なシステム刷新の動きが先行しています。
現場における技能ギャップの深刻化とエージェント型AIの補完力
技術的な進化が進む一方で、生産現場では長年の経験を持つ熟練技術者の不足という構造的な課題に直面しています。レガシーな制御システムのコードを現代的な言語へ移行する作業や、新規設備の試運転、トラブルシューティングには高度な専門知識が必要であり、人材確保の難航が現場の摩擦を生んでいます。こうした摩擦を解消する代替案として期待されているのが、自律的に判断してタスクを実行するエージェント型AIの導入です。
同社の分析では、エージェント型AIの活用により、制御コードの開発時間が最大で50%削減される可能性があるとされています。これにより、エンジニアは定型的なプログラミング作業から解放され、より付加価値の高いシステム全体の最適化設計に注力することが可能になります。熟練者の暗黙知をAIの基盤モデルに学習させることで、人材不足による事業継続リスクを緩和し、国際競争における開発速度の優位性を確保する道が開かれつつあります。
主要メガベンダーの戦略的アプローチと主導権争い
ソフトウェア定義自動化の市場では、既存の自動化大手と新興勢力による技術主導権の争いが本格化しています。ドイツのシーメンスは、仮想制御技術と産業用基盤モデルへの巨額の投資を組み合わせ、エコシステムの主導権を握る構えを見せています。一方、中国のSUPCONは、時系列の産業用AIデータとユニバーサル・コントロール・システム(UCS)と呼ばれる独自のオープンアーキテクチャを融合させるアプローチを提示しています。
また、米国のロックウェル・オートメーションは、ソフトウェアの柔軟性とAIを活用したエンジニアリングツールの提供に重きを置いています。これらの動きを支える基盤として、多くの競合環境において共通の基盤ソフトウェアとなっているCODESYSの役割も無視することは困難です。オープンな規格を採用するか、自社専用の垂直統合モデルを維持するかというベンダー間の戦略的対立は、ユーザー企業にとっての選択肢を広げると同時に、将来的な技術の標準化を見据えた的確な選定眼を求める結果となっています。
エージェントスタックの構築と次世代監視ハブへの発展経路
今後の産業構造に大きな影響を与える要素として、複数のAIエージェントをエンジニアリングや運用の全域にわたって統合・調整する「エージェントスタック」や「オーケストレーション層」の構築が挙げられています。これまでは個別のシステムや工程ごとに独立して機能していたAIが、連携して動くことで、工場全体の最適化を自律的に行うシステムへと進化していくと考えられます。
この技術が実装されることで、従来のSCADA(監視制御・データ収集)や製造実行システム(MES)などの上位階層は、仮想コントローラや物理的なアセット、さらにはロボットを一元的に管理するAI駆動型の監視ハブへと役割を変えていくと予想されます。一方で、ヒューマノイドロボットやエッジシステムに搭載される「物理的AI」の導入については、動作の器用さや安全性、周囲の状況認識能力の向上が依然として必要であり、長期的な課題として位置づけられています。理想的な自律工場と、技術的な制約が残る現場の現実とのズレを認識しながら、段階的なアプローチを検討することが重要です。
今後の展望
製造業における制御システムの仮想化と産業用AIの融合は、生産効率の向上にとどまらず、産業構造の再編や国際競争の力学を大きく動かす要因となります。今後は、セキュリティ規格や通信プロトコルの国際標準化といった制度の進化と、オープンソースを活用した新興ベンダーの台頭が連動し、従来のサプライチェーンの枠組みが塗り替えられていくシナリオも想定されます。
ユーザー企業に求められるのは、ハードウェアの法定耐用年数に基づいた従来の投資サイクルから脱却し、ソフトウェアの進化スピードに合わせた機敏な組織能力の構築です。技術導入のタイミングを見極めつつ、エージェント型AIを自社の知的財産としてどのように活用し、あるいはオープンなシステムと接続させるかという、多角的なロードマップの策定が必要です。これらの変化は、工場という物理的な資産の価値が、それを駆動するソフトウェアの質によって定義される時代への移行に伴い、企業に求められる投資判断や組織能力が変化していることを示しています。
