Wi-Fi 8とマルチプロトコルが再定義するIoTデバイス戦略:省電力と低遅延の追求
米調査会社ABI Researchは2026年7月15日、世界のIoTコネクティビティ市場に関する調査結果を発表しました。2022年から2024年にかけてのサプライチェーンの混乱や在庫調整から市場は回復基調にあり、2025年は堅調な推移を示したとしています。
しかし、エッジAIの普及に伴う高機能化が進む一方で、2026年後半にはコンシューマ機器を中心にRAM(メモリ)不足という新たな制約が生じる見込みです。デバイスの高度化と部材確保の難しさという二面性にどう対応するかが、産業界の共通課題となっています。
今回は、無線規格の世代交代に伴う市場動向、エッジAIとマルチプロトコルの統合による技術的要件、供給網におけるメモリ制約のリスク、そして、今後の展望について取り上げたいと思います。
半導体供給の波を越えたIoT市場の回復と自律的成長
IoTコネクティビティ市場は、長らく続いた需給の不均衡を脱し、安定的な成長軌道に戻りつつあります。2022年から2024年にかけて世界的な半導体不足や過剰在庫の調整、それに伴う急激な需要変動が無線産業全体の重荷となっていましたが、2025年末には主要ベンダーの業績が復調へと向かいました。
この回復の背景には、機器同士を接続する通信部品の需要が底を打ったことだけでなく、デバイス自体に高度な処理能力を持たせるエッジAIの需要が立ち上がってきたという構造的な変化が存在します。これまでは通信機能の提供が中心であった市場において、低遅延や超低消費電力、オンデバイスでのインテリジェンス(端末側での自律的な情報処理)を統合したアプリケーション特化型のプラットフォームへと付加価値の源泉が移行している状況です。
このような変化により、半導体ベンダーや機器メーカーは、スタンドアロンの無線通信製品から、システム全体を制御する高付加価値な半導体ソリューションへの投資を急いでいます。しかし、実装の現場では、高機能化に伴う開発コストの上昇と、市場が求める低価格化への圧力の間で、技術的なトレードオフに直面する事例が増加しています。
BluetoothとUWBが牽引する短距離無線の数量拡大
近距離無線通信の領域では、特定の用途における数量の爆発的な拡大が予想されます。予測データによると、Bluetoothの年間出荷台数は2025年の54億台から2030年には81億台に達する見込みです。この驚異的な成長を牽引するのが、流通や物流の現場で導入が進む大量のスマートラベル(電子荷札)です。
さらに、位置測定の精度に優れるUWB(超広帯域無線)の出荷台数も、2026年の5億9,700万台から2030年には11億8,000万台へとほぼ倍増することが想定されています。スマートホームやヘルスケア、車載機器など、物理的な位置情報と連動した安全な通信が求められる分野で採用が広がっているためです。
投資規模の拡大が期待される一方で、これらの技術を現場に導入する際には、既存のバーコードやRFID(無線識別タグ)といった低コストな従来技術とのコスト差をどのように埋めるかという実務的な摩擦が生じています。機器の単価を抑えつつ高いセキュリティを確保するために、機能を絞り込んだ専用チップの開発や、運用コストを削減するクラウド連携ソフトウェアの活用といった代替アプローチの検討が必要です。これらの動向は、サプライチェーン全体のデジタル化を加速させ、国際的な物流効率の競争に影響を与えると考えられます。
Wi-Fi 8の台頭とインフラ更新が促すデバイス要件の変化
中長距離の無線通信を支えるWi-Fi規格も、次世代への移行が急速に進んでいます。Wi-Fiデバイスの出荷台数は2026年の38億台から2030年には43億台へ拡大する見通しです。産業界ではWi-Fi 7の導入がIoT用途へ広がり始めており、通信帯域を効率的に利用できる20メガヘルツ(MHz)ソリューションの登場がこの動きを後押ししています。
それと同時に、MediaTekやBroadcom、ASUS、TP-Linkといった主要な半導体および機器ベンダーからは、すでに次世代の規格であるWi-Fi 8を見据えたプラットフォームの発表が始まっている状況です。この通信規格の高度化は、ネットワーク全体の通信効率を向上させる一方で、ユーザー企業に対して既存のインフラ設備の早期更新を迫るという摩擦を生み出しています。
高額な設備投資に見合うだけの業務効率化を即座に実現できない場合、新規格への移行を見送る企業が現れる可能性も否定できません。そのため、通信経路の最適化技術を活用し、既存のWi-Fi 6やWi-Fi 7の環境と混在させながら段階的にシステムを拡張していく現実的な運用アプローチが求められています。規格競争における優位性の確保は、通信機器ベンダーの国際的な勢力図に影響を与えるでしょう。
マルチプロトコル統合が求める電力とコストの最適解
現在のデバイス設計において不可欠となっているのが、複数の無線規格を一つのチップやモジュールに統合するマルチプロトコルソリューションの活用です。Wi-Fi、Bluetooth、そしてスマートホームなどの標準規格である802.15.4を組み合わせる手法が主流となりつつあります。
これは、設置場所や用途によって異なる通信環境に対応しつつ、機器の省電力化、小型化、割安な製造コストの実現という厳しい市場要件を同時に満たすために開発された技術構造です。しかし、実際の機器開発の現場では、異なる周波数帯や通信手順を一つのシステムに混在させることで、信号の干渉や制御用ソフトウェアの複雑化といった技術的な不具合が発生しています。
また、ハードウェアの共通化を進めたい開発部門と、特定の機能に特化してコストを最小限に抑えたい購買部門との間で、社内的な意見の対立が見られることも少なくありません。こうした課題に対し、ソフトウェアによる動的な通信制御や、モジュール単位での事前認証の活用といった代替策が取り入れられています。複数の通信規格を高度に制御する能力は、今後のIoTデバイスの競争力を評価する上で、重要な要素となっていくと予想されます。
エッジAI実装の理想とオンデバイス処理におけるメモリ制約の現実
技術的な進歩が市場の拡大を後押しする一方で、2026年後半以降に発生が懸念されるRAM(メモリ)の供給不足は、今後の成長における制約因子として懸念されています。エッジAIをデバイス上で自律的に動作させるには、従来よりも大容量かつ高速なメモリが必要となりますが、半導体メーカーの生産能力や価格設定の変動が、コンシューマ機器の製造計画に影響を及ぼし始めています。
オンデバイスでのインテリジェンスという理想に対し、限られた部材予算の中でいかに必要な性能を確保するかという、コストと技術の衝突が現場で起きている状況です。このメモリ不足への対策として、AIモデルの軽量化や量子化(データのビット数を減らす効率化技術)といったソフトウェア側でのアプローチ、あるいは、クラウド側での処理比率を一時的に高めるハイブリッド型の構成を検討する動きが活発化しています。
メモリ制約の中で最適なパフォーマンスを維持するための代替案をいかに素早く提示できるかが、ベンダーの競争力を規定することになるでしょう。エッジAIの明確なビジネスケースを確立し、高付加価値化による価格転嫁を受け入れられる市場を開拓することが、今後の国際競争において重要です。
今後の展望
今後のIoTコネクティビティ市場は、単なる通信手段の選択から、デバイスの知能化と供給網の安定性を統合した包括的なシステム設計の時代へ移行すると予想されます。2030年に向けて、BluetoothやUWB、Wi-Fi 8などの新技術が普及するタイミングを見極めつつ、2026年後半からのメモリ不足といった短期的なリスクを回避する柔軟な企業行動が求められています。
また、エッジAIの活用に関するセキュリティ基準やデータ保護の制度が進化する中で、技術の実装だけでなく、社会的な信頼性を確保する体制の構築も必要となるでしょう。産業構造の再編が進む中で、企業は特定の半導体や規格に依存しないマルチプロトコルへの投資と、サプライチェーンの多線化を同時に進める具体的なアクションが必要です。市場の急激な変化に対応しつつ、長期的な成長に向けた技術投資とリスク管理のバランスを見据えた判断が求められます。

