AI実装を支えるクラウド基盤の覇権は誰が握るのか?
アイ・ティ・アールは2026年2月19日、国内のIaaSおよびPaaS市場規模推移ならびに予測を発表しました。同社の発表によると、2024年度の売上金額は1兆8,551億8,000万円となり、前年度から大きな成長を示しています。そのなかで、クラウド基盤のコスト上昇や外資系ベンダーのライセンス制度の変更など、インフラ市場を取り巻く環境は激しさを増しています。同時に、AI技術の社会実装が進むなかで、企業は事業基盤のモダナイゼーションとAI活用を一体で進める必要に迫られている状況です。こうした流れは、クラウド市場の構造を根本から塗り替える可能性を秘めており、企業にとってインフラ戦略の再構築が重要となります。
今回は、IaaS市場におけるコスト構造とベンダー再編の動き、AIが牽引するPaaS市場の拡大やハイパースケーラーへの集中、そして、今後の展望について取り上げたいと思います。

IaaS/PaaS市場の継続的な成長とハイパースケーラーの台頭
ITRの発表によると、2024年度のIaaSおよびPaaS市場全体の売上金額は1兆8,551億8,000万円に達し、前年度比で18.7%増という高い成長を記録したとしています。この成長を牽引しているのは、市場に対して大きな影響力を持つ上位3ベンダーの躍進です。これらの企業はいずれも前年度から20%を超える高い成長率を示しており、市場全体の牽引役となっている状況です。2023年度から続くクラウド移行のトレンドは衰えることなく、企業におけるデジタル化の推進基盤として定着していると想定されます。
2025年度に向けては、市場全体で前年度比17.6%増の成長が予測されています。そのなかで、IaaS市場においては、サービスを提供するベンダー間で売上の増減傾向が分かれると見込まれています。上位ベンダーがさらなるシェア拡大を進める一方で、一部の事業者にとっては厳しい事業環境が待ち受けていると考えられます。市場全体が拡大基調にある中で、その恩恵を享受できる企業とそうでない企業の格差が広がりつつあり、市場の競争環境は新たな局面を迎えているといえます。

出典:ITR 2026.2
IaaS市場を揺るがすコスト増とライセンス制度の変更
IaaS市場の規模拡大の裏側には、企業の積極的な投資だけでなく、外部環境に起因する要因も複雑に絡み合っています。仮想化基盤のライセンス費用の値上げをはじめ、エネルギー価格の高騰や物価上昇、さらに円安の進行などが重なり、近年は多くのサービスで利用料の改定が相次ぎました。これらコスト上昇分がサービス価格に転嫁された結果、市場規模の金額ベースでの拡大を後押しする一つの要因になったと考えられます。
一方で、Broadcom社によるパートナー制度の大幅な変更は、国内のクラウド事業者ならびにユーザー企業に多大な影響を及ぼしています。この制度変更に伴い、これまで独自のクラウドサービスを提供してきた多くの事業者が、市場からの撤退やサービスの縮小・変更を迫られる見込みです。こうした国内事業者の売上減少は、短期的にはIaaS市場の成長を抑制する要因になると予想されます。サービス事業者にとっては、既存のビジネスモデルの見直しやコスト構造の改善が急務となっており、生き残りをかけた対策の検討が必要となります。
不可避となるハイパースケーラーへの移行と市場構造の変化
国内事業者が提供するIaaSサービスの縮小や撤退は、利用するユーザー企業にとってもシステム基盤の再考を迫る大きな課題となります。既存のサービスが利用できなくなる、あるいは大幅なコスト増を要求されるユーザーは、新たな移行先を選定しなければなりません。その結果、豊富なリソースと安定したサービス基盤を持つハイパースケーラーをはじめとする大規模サービスへの移行を余儀なくされるユーザーが増加するとみられます。
この移行の動きは、特定のサービス事業者における売上拡大をさらに後押しし、市場における寡占化を加速させると想定されます。従来は多様な事業者が競争し、ユーザーの細かな要件に応じたサービスを提供していた市場環境から、少数の巨大ベンダーに依存する構造へと変化しつつある状況です。ユーザー企業側も、ベンダーロックインのリスクを警戒しつつ、マルチクラウド戦略やシステムのポータビリティを担保する設計など、さまざま対策を講じることが求められています。
AI活用が強力に牽引するPaaS市場の急成長
インフラストラクチャ層であるIaaSが過渡期を迎えるなか、プラットフォーム層であるPaaS市場は、デジタルトランスフォーメーション(DX)推進の基盤として力強い成長を続けています。業種や企業の規模を問わず、迅速なアプリケーション開発や柔軟なシステム構築を実現するために、PaaSの導入が広く普及している状況です。
近年、このPaaS市場の拡大を強力に後押ししているのが、企業におけるAI活用ニーズの爆発的な高まりです。クラウドベンダー各社は、AI関連サービスの機能強化や新たなツール群の拡充を矢継ぎ早に実施しています。画像認識、自然言語処理、予測分析など、高度なAIモデルをAPI経由で容易に組み込めるPaaS環境は、自社でAI基盤を構築・維持するハードルを大幅に引き下げました。今後もAI関連サービスを中心とした機能強化が進むとみられ、新規導入の増加にとどまらず、既存ユーザーにおける上位サービスへのアップセルが活発化することが期待されます。
モダナイゼーションとAI実装の並行推進
ITRのシニア・アナリストである入谷光浩氏のコメントによると、現在、大規模なレガシーシステムのクラウドへのモダナイゼーションが本格化しており、これがIaaSおよびPaaS市場全体の底上げを牽引しているとしています。長年運用されてきたオンプレミスシステムをクラウドネイティブなアーキテクチャへと刷新する動きは、企業の競争力維持のために不可避の取り組みとなっています。
さらに、システムをクラウドへ移行するだけでなく、そこへ最新のAI技術を実装しようとする動きが加速しています。GPUなどの演算リソース、大容量データを処理するデータ基盤、そして高度なAIモデルやアプリケーション開発環境を提供するクラウドプラットフォームは、いまや企業のAI基盤として不可欠な存在です。今後は、モダナイゼーションによる業務の効率化と、AI実装による新たな付加価値の創出を、クラウド上で並行して推進するアプローチが主流になっていくでしょう。
高度なニーズと巨大ベンダーへの一極集中のリスク
モダナイゼーションとAI実装の同時進行という高度かつ複雑なニーズを満たすためには、膨大な計算資源と最新の技術スタックが不可欠です。前述のアナリストコメントでも指摘されている通り、こうした要求に包括的かつ安定的に対応できるのは、豊富な資金力と技術力を持つ一部のハイパースケーラーに限定されるのが実情です。そのため、市場の需要が特定の巨大サービス事業者に集中する傾向は、今後一層強まると考えられます。
この一極集中は、最先端の技術を迅速に活用できるという利点をもたらす半面、ユーザー企業にとっては価格交渉力の低下やサービス障害時の影響範囲の拡大といった課題を抱えることになります。また、国内のIT産業全体を見渡した場合、海外の巨大ベンダーに対する依存度が高まることは、経済安全保障や国内での技術蓄積という観点からも議論を呼ぶ可能性があります。企業は、技術の恩恵を最大限に享受しつつ、自社のデータガバナンスやシステム戦略の独立性をいかに保つか、慎重な舵取りが重要となります。
今後の展望
IaaSおよびPaaS市場は、2024年から2029年度にかけて年平均成長率(CAGR)14.6%という高い水準で拡大し続けると予測されています。2029年度には市場規模が3兆5,000億円を超える規模に達する見通しであり、社会インフラとしてのクラウドの重要性は揺るぎないものとなるでしょう。
そのなかで、企業に求められているのは、クラウドへ移行するにとどまらず、AIという強力な技術をいかに自社のビジネスプロセスに組み込み、価値を創出するかという視点です。また、Broadcom社のライセンス変更に伴う影響が示すように、依存するプラットフォームの戦略変更が自社システムに直結するリスクを常に考慮することが必要となるでしょう。
