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無形資産時代の産業戦略

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経済産業省若手プロジェクトが2025年4月30日に公表した「デジタル経済レポート―データに飲み込まれる世界、聖域なきデジタル市場の生存戦略」は、データとソフトウェアが価値の源泉となる時代において、日本産業の競争力低下を裏づける「デジタル赤字」の深刻化に警鐘を鳴らしています。実際、2024年のデジタル貿易収支では海外企業へのサービス支払いが日本の受取を大幅に上回り、6.5兆円に達する見込みです。

同レポートはデジタル赤字を国際収支のトレードオフではなく「会計上の結果」と位置づけ、その背景にある産業構造を精緻に診断しています。副題に「生存戦略」と掲げるとおり、無形資産時代の競争環境では全産業の付加価値がソフトウェアによって規定され、「ソフトが売れなければハードは売れず、データがなければ価値あるソフトは生まれない」と分析しています。

出典:経済産業省 デジタル経済レポート:データに飲み込まれる世界、聖域なきデジタル市場の生存戦略 2025.4.30

AI革命で付加価値構造が激変:ハードからソフトへ

レポートは「ソフトウェア、そしてデータが世界を飲み込んでいる」と強調し、サービス付加価値を規定するソフトが売れなければハードは売れず、データがなければ価値あるソフトを創出できないと指摘しています。AI技術の進展はこの流れをいっそう加速させ、画像生成AIや自然言語処理AI、創薬AIなどでソフトウェアの価値が飛躍的に高まります。

その結果、半導体や家電を中心としたハード製造型の産業モデルは競争力を失い、膨大なデータと高度なソフトウェア開発力が競争の鍵となります。たとえば画像認識AIは巨大データとGPU資源を必要とし、研究開発投資が追いつかない企業は淘汰されるリスクが高まります。日本企業にとって、工場設備や工学技術を重視する従来構造から、ソフトウェア・データ中心のビジネスへの転換は不可避となっています。

■クライアントサイド・サーバーサイドの分離とソフトウェア・データ中心の世界への移行

出典:経済産業省 デジタル経済レポート:データに飲み込まれる世界、聖域なきデジタル市場の生存戦略 2025.4.30

8つの事業区分から浮かぶ競争力のアキレス腱

レポートは主要企業の財務データを基に、家電・半導体・自動車部品・機械・ソフトウェア・情報通信など八つの事業区分に細分し、売上構成や海外売上比率、将来成長率(CAGR)を組み合わせた推計モデルを構築しました。

この分析によれば、日本企業はハード・部品中心の事業で海外への送金が多く、ソフト・サービス領域での収益をほとんど確保できていません。情報通信やクラウドサービスの収益比率が低く、先行する海外企業との格差が拡大しています。

■ PIVOTデジタル赤字推計モデルの8つの事業区分で見る国内市況

出典:経済産業省 デジタル経済レポート:データに飲み込まれる世界、聖域なきデジタル市場の生存戦略 2025.4.30

AI革命を想定した悲観シナリオでは、2035年のデジタル赤字が最大45.3兆円に達する可能性も示され、「受取増加戦略」の緊急性が浮き彫りになりになっています。

■ PIVOTデジタル赤字推計モデルに基づく事業区分別のデジタル赤字将来予測(ベースシナリオ)

出典:経済産業省 デジタル経済レポート:データに飲み込まれる世界、聖域なきデジタル市場の生存戦略 2025.4.30

経営資源不足と転換の遅れが阻害要因に

同レポートは、日本企業が資金・人材・データの3点で競争上の不利に直面していると論じます。国内市場に最適化された経営資源ではグローバル展開の投資余力が限られ、AI人材やビッグデータの確保も十分でありません。米国の主要IT企業は日本企業の数倍規模で研究開発や人材育成に投資しており、AI技術獲得競争で日本勢は後れを取りつつあります。

また、旧来のビジネスモデルや企業文化にとらわれ、事業構造の抜本的転換が遅れているため、市場要因・開発要因の両面で変革が必要だとレポートは警鐘を鳴らします。さらに、データ利用環境でも課題が残ります。欧米でオープンデータや共有プラットフォームが整備される一方、日本企業は自社内に閉じたデータ活用が中心で、大規模データセットの蓄積と共有が十分ではない状況です。

SI依存と旧来のベンダー/ユーザー構造の限界

日本企業は長年、国内システムインテグレータ(SI)への依存度が高く、ユーザーとベンダーが横並びで開発を進める旧来の枠組みにとらわれてきました。そのため、世界基準のソフトウェア開発力やサービスプラットフォームへのアクセスで後れを取りがちです。

情報システム部門はインフラやレガシー保守に多くのリソースを割いており、「2025年の崖」として指摘された課題が今後も続く懸念があります。多くの企業はいまだオンプレミスサーバーと国内ベンダーのパッケージソフトに頼っており、クラウドやオープンソースを活用した革新的サービス開発が進まないという問題もあります。この国内志向のSI構造は、自社技術によるイノベーション創出を妨げ、グローバル市場に対応する柔軟な体制を築きにくい要因となっています。

ソフトウェア・データ企業化に向けた戦略変革

日本企業が国際的なデジタル競争力を取り戻すには、短期・中期・長期の多角的戦略変革が必要です。短期的にはグローバル市場への積極進出で売上・収益を拡大し、受取を増やすことが求められます。

長期的には海外依存構造を見直し、支払超過体質を転換する必要があります。具体策としては、海外企業との技術提携強化やオープンソースソフトウェア活用による研究開発効率化、スタートアップ投資やデジタルプラットフォーム事業拡大を通じたイノベーション創出が挙げられます。

また、市場を牽引するグローバル企業において、主に6つの大きな戦略トレンドで分類しています。この6つに集約されたグローバル戦略トレンドを踏まえながら、聖域なきデジタル市場における戦略実行による先進技術とビジネスモデルを取り込み、国内産業全体の底上げを図ることが重要となっています。

■ ニブモデルに基づく6つのグローバル戦略トレンド

出典:経済産業省 デジタル経済レポート:データに飲み込まれる世界、聖域なきデジタル市場の生存戦略 2025.4.30

今後の展望

デジタル赤字は、日本産業競争力の低下と構造的な市場のゆがみを示す指標です。レポートは経営者と政府が従来の延長線上の政策に固執せず、官民協力体制の下で大胆な戦略変革を推進する必要があると強調しています。国内外の投資促進やDX教育の充実によってデジタル分野の経営資源を拡充し、得意分野で国際競争力を高める取り組みが急務となっています。

2035年にはデジタル赤字が45.3兆円に達する恐れが指摘されており、変革を実行できなければ、AI時代のグローバル市場でさらなる遅れを取り、日本経済への負荷が一段と増大することにもつながります。官民が一体となり、大きな変化に向き合う姿勢が日本の生存戦略に向けて不可欠となっています。

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