関税リスクを回避するソフトウェア化への対応
米国トランプ前政権が打ち出した追加関税は、輸入コスト増を招き、テクノロジー業界の調達・価格設定・投資判断に大きな影響もたらしています。グローバル企業は製造拠点や販売網の再構築を急ぎ、国内市場にも思わぬ余波が広がっています。
今回はABI Researchが2025年4月30日に発表したホワイトペーパー『Navigating Tariff Turbulence in the Technology Sector』の資料をもとに、関税がテクノロジー業界に与える影響やインパクト、今後の展望などについて、取り上げたいと思います。
コスト構造の劇的変化と"見えない関税"のインパクト
関税率が上がると、テクノロジー業界において最初に直撃するのはハードウェア価格です。IoTゲートウェイや基地局、EV用インバーターなど高付加価値品は、部材の原産地が複数国にまたがるため、通関時に"複合関税"が累積しやすい構造にあります。結果としてサプライヤーが設定する出荷価格は平均で18〜25%上昇し、需要側では案件凍結や仕様変更が相次いでいます。
ABI Researchは、これがプライベート5Gや産業IoTの採用ペースを1年程度遅らせる要因になると警鐘を鳴らします。コスト圧力が投資判断を鈍らせ、ソリューション提供企業のキャッシュフローにも影響する可能性が高まっています。
ソフトウェア化で回避する調達と国内回帰
一方、関税の網をすり抜ける形で伸びているのがサプライチェーン可視化ソフトや生産計画のSaaSです。関税額をリアルタイム計算し、原価に応じて発注先や物流ルートを自動で切り替える機能が評価され、米国では導入案件が前年比30%増となったといいます。
製造企業も、部材よりもソフトウェアライセンスに予算を寄せる"デジタル移転"を進めています。また、関税回避の最短ルートとして米国国内・メキシコ・カナダ向けの"バイ・アメリカン"組立ライン開設が相次ぎ、ロボットと産業用AIの投資が拡大しています。
日本企業にとっては、北米市場の現地生産に参入する好機と捉え、関税を逆手に取ったビジネスモデル刷新が求められています。
クラウドネイティブ化とネットワーク仮想化が急務
ハードウェア依存の強い通信インフラは関税リスクをまともに受けます。米国通信事業者は物理的な基地局増設を抑え、RANの仮想化とソフトウェアデファインドネットワーク(SDN)へのシフトを加速中です。
ABI Researchは、関税が5G基地局更新を鈍化させる一方で、O-RANやvRANを含む"クラウドネイティブ無線"市場を2029年までに年平均34%で押し上げると予測しています。
日本でも、エッジデータセンターのサーバー調達コストが上昇する中、汎用CPU+GPU構成でサービスを柔軟に切り替える設計が企業ネットワークでも採用されつつあります。ハードを買い替えるより仮想機能をアップデートするほうが関税耐性を高めるためです。
日本企業が直面するチャンスと課題
日本の製造・IT企業は、米中デカップリングと円安という複合環境で舵取りを迫られています。自動車分野では、中国向け完成車のサプライチェーンを中国・ASEAN・米州に分割し、市場別に仕様を変える"多層アーキテクチャ"が検討されています。電子部品も、国内生産回帰とともに材料コスト転嫁が進み、Tier1以下の中小企業は収益圧迫に直面しかねません。
その一方で、決済インフラやデータセンター運営など、ソブリン志向のサービス需要は日本企業に優位な地産地消の機会となるでしょう。
企業が取り組むべきは、①関税シナリオを織り込んだPL/BSの再試算、②ソフトウェアサービス強化、③顧客の脱中国依存を支援する共同開発体制の構築――の3点が挙げられます。大きな変動期こそ、柔軟な事業ポートフォリオが競争力の優位性を確保できる可能性があるでしょう。
今後の展望
関税の影響で不確実性は今後も続くことが予想されます。企業は"暫定合意"や"大統領令"といった短期イベントに一喜一憂するのではなく、①ソフトウェア重視の製造・運用、②複数通貨・複数原産地を前提にした価格モデル、③政策変更を即時反映できるリスク監視体制の3段階で備える必要があるでしょう。
変化の激しい局面で試されるのは、現状を前提としない発想力と、データを根拠に行動を調整する機動力です。日本企業がグローバル市場で存在感を維持・拡大するには、関税を契機にサプライチェーン全体を"再設計"する覚悟とその実行力が求められるでしょう。