アジア太平洋地域におけるクラウド市場、注目のトップ10業界
アジア太平洋地域におけるクラウド市場は、過去数年にわたり急速な成長を見せています。
企業がクラウドへ移行する背景には、ITインフラのモダナイゼーションだけでなく、クラウドを活用したAIやデータ解析など高度な技術基盤への展開が進み、産業全体の新たな競争優位が生まれ、ビジネスモデルの転換への期待も高まっています。一方、データ主権や規制要件への対応など、克服すべき課題も依然として残されています。
今回は、IDCが2025年3月5日公表した調査結果を中心に、アジア太平洋地域のパブリッククラウド市場の動向と成長要因について、取り上げたいと思います。
Asia/Pacific Public Cloud Services to Reach US$250 Billion by 2025, According to IDC
アジア太平洋地域のクラウド市場環境
アジア太平洋地域のクラウド市場は、IDCの「Worldwide Software and Public Cloud Services Spending Guide」によると、2025年には2,500億米ドル規模に到達すると予測しています。成長率は2028年まで年平均14.2%(CAGR)で推移するとの予測で、世界的に見ても高い水準となっています。
市場拡大の背景には、デジタル化への積極的な投資が挙げられます。クラウドサービスは、オンプレミスのシステムと比較して導入コストや保守運用の負担を低減できるだけでなく、最新技術へのアクセスを容易にする基盤でもあります。中でもAIやビッグデータ解析など最先端領域との親和性が高く、企業の競争力強化に寄与することが評価されてるとしています。
また、新型コロナウイルスのパンデミックを契機としてリモートワークが常態化したことで、在宅勤務やオンライン決済などのサービス需要が急増しました。これらを支えるインフラとしてクラウドが不可欠となり、企業のみならず行政や教育機関など多岐にわたる分野で導入が加速しているといいます。
この急激な需要増に伴い、データ保護・法規制への対応が大きなテーマとして浮上しています。国や地域によってはデータローカライゼーションの義務化が進みつつあり、クラウド事業者はローカルデータセンターの設置や認証取得など、各市場に合わせた最適化戦略を迫られています。このように、地域ごとの差異を丁寧に吸収しながらビジネス展開を行う点が、クラウドサービスプロバイダーの競争優位を左右する上で重要となっています。
成長を牽引するAIとクラウドの融合
クラウド市場の成長を力強く後押ししているのが、AIとの融合です。クラウドはAI開発・運用の基盤として最適な環境を提供するため、企業が最新のAI技術をすばやく取り入れる際に欠かせない存在となっています。
クラウドを活用したAIの導入ケースとしては、自然言語処理、画像認識、自動運転の要素技術、予測分析など多岐にわたります。クラウドが提供する大容量のコンピューティングリソースとスケーラビリティは、大量のデータを扱うAIアルゴリズムの学習プロセスにおいて大きなアドバンテージとなります。これによって、開発スピードと精度が格段に向上するためです。
たとえば、クラウドベースのAIプラットフォームは、プログラミングの専門知識をそれほど必要としない形で機械学習やディープラーニングの機能を提供しています。企業は新しいアルゴリズムやフレームワークを取り入れやすくなり、イノベーションサイクルが速まります。こうした柔軟性と高速化は、デジタル変革の要となっているとしています。
一方で、AIが高度化すればするほど、高品質のデータと専門人材の不足が顕在化してきます。企業はAI導入を円滑に進めるため、クラウド上のデータ管理体制の強化と、データサイエンティストやAIエンジニアといった高度スキルをもつ人材の確保に注力する必要があります。クラウドプロバイダー側もトレーニングプログラムや認定制度を拡充し、企業のAI導入を包括的にサポートする体制を整えている状況となっています。
注目のトップ10業界:成長率から見る可能性
IDCの調査によれば、パブリッククラウドに対する成長が際立つ業界は以下の10部門です。これらの業界は、それぞれ独自の理由でクラウド活用を加速させています。
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ソフトウェア・情報サービス(+18.3%)
SaaSやPaaSなどの提供者自身がクラウドを活用し、開発・運用環境を拡大。新たなクラウドネイティブアプリケーションを迅速に市場へ投入 -
ヘルスケアペイヤー(+16.6%)
医療保険請求や患者データ管理などをクラウドベースのシステムで効率化。テレヘルスの普及も相まって、高度なデータ分析とセキュアな情報共有を重要視 -
プロフェッショナル・パーソナルサービス(+16.2%)
コンサルティングから法律事務所まで、コラボレーションツールやクライアント管理をクラウド化することで、生産性向上とサービス品質の均質化を実現 -
通信(+16.0%)
5Gネットワークの展開とエッジコンピューティングの広がりで、クラウドによるリアルタイムのデータ処理やサービス提供が不可欠に -
鉱業(+15.7%)
リモートオペレーションや機器の故障を予測する分析により、安全性と効率性を高めるためにクラウドベースの分析プラットフォームを導入 -
農業・漁業(+15.6%)
精密農業やサプライチェーン最適化などをクラウド解析で支援。生産性向上と環境負荷軽減を両立するビジネスモデルが注目 -
資本市場(+15.5%)
高頻度取引(HFT)や規制遵守のソリューションにクラウドを活用。大容量データをリアルタイムで分析するスケーラビリティが求められています。 -
教育(+15.5%)
オンライン学習プラットフォームや個別学習の導入で、クラウドが新時代の教育インフラの基礎に。遠隔授業や学習データ解析が重要に -
ホスピタリティ・レジャー(+15.4%)
パーソナライズされたゲスト体験や運営効率化を実現するため、クラウド型システムを導入してデータを一元管理し、顧客満足度を向上 -
小売(+14.0%)
EC拡大やオムニチャネル戦略を支えるためにクラウドを積極導入。需要予測や在庫管理などの精度向上により、利益率の改善が期待
これらの業界はいずれも、クラウド技術を競争力強化の基盤として捉えている点が共通しています。成長率の高さは、そのままクラウドの導入規模や活用の多様性を示す指標ともいえます。
出典:IDC 2025.3
クラウド活用をめぐる課題と対策
クラウドは利便性や拡張性が高い一方、いくつかの課題も浮上しており、以下の4つを挙げています。
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データ主権とコンプライアンス
各国・地域ごとに異なる規制要件に対応するため、データの保管場所や処理方法を慎重に選択する必要がある。そのため、クラウドサービスプロバイダーのローカルデータセンター展開や取得認証が増加 -
セキュリティリスク
大量の機密情報をクラウドに集約することで、セキュリティ攻撃のリスクも課題にとなり、ゼロトラストセキュリティや暗号化の強化、アクセス制御の厳格化など、多層的な対策が必須に -
AI人材・スキル不足
AIとクラウドの融合を最大化するには、統計学やプログラミング、ドメイン知識を兼ね備えた高度人材が重要であり、トレーニングプログラムやリスキリングを通じた人材育成が急務 -
コスト管理と最適化
大量のデータ処理やAI学習を行うと、クラウド利用料金が膨れ上がる可能性があり、適切なリソース割り当てや自動スケーリングの導入により、無駄のないコスト管理が重要
これらの課題に対し、クラウドベンダーや企業側は連携を深め、ガイドラインの策定やツールの開発を進めています。業種ごとのユースケースを共有し合うことで、より洗練された解決策が生まれやすくなっているのも、急速に変化するデジタル時代ならではの特徴といえます。
今後の展望
クラウド市場は、AIやデータ解析がさらに高度化するのに合わせ、今後も市場は拡大し続けることが予想されます。アジア太平洋地域ではデジタルガバメントを推進する政府が増え、公共部門を含む広範な領域でクラウド導入の推進に向けた動きも出ています。
サプライチェーン管理やスマートシティなど、クラウドとAIが連動する案件はより多岐にわたり、エッジコンピューティングも含めた分散型アーキテクチャの進展は、通信遅延やセキュリティリスクの低減につながり、業界横断的なイノベーションの土台を支える可能性があります。
一方、データ保護や人材不足といった課題は、今後も長期的なテーマとして残ります。各国の規制が複雑化するなか、グローバル企業は広域展開の戦略を見直し、高度なコンプライアンス体制を敷くことが求められています。人材面では、大学や教育機関との連携、オンライン学習プラットフォームの強化によってAIリテラシーの底上げが進むことが期待されます。
クラウドとAIが融合したデジタルプラットフォームのトレンドは引き続きウオッチしていきたいと思います。