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美学:髪を振り乱すのを格好良いと思うか、思わないか?

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雇用均等法一期生の女性で集まることがよくある。あれは30代後半の頃、管理職になりたての友人が「女性の部下に、「私は○○さんのように髪を振り乱して働きたくありません!」と言われちゃったの。ねぇねぇ、私ってそんなに髪を振り乱して働いている??」とグラスを片手に語り出した。

口の悪い私たちは、「髪を振り乱したら隠していた白髪が見えてまずいよ!」などと、おちょくるのだが(私が言ったのではありません!)、彼女の気持ちには皆よりそっていた。

性別に関係なく優秀なビジネスパーソンとして成果を出すけど、髪を振り乱して余裕がないようにはみせたくない、それがわたしたち世代の「格好よさ」に共通していたような気がする。

たとえ水面下では人一倍必死に足をもがいていても、白鳥のように見た目は優雅にすいすい泳ぐのが、私たちの美学であった。(だから同じ世代の大木さん川上さんのいう「格好よさ」はとてもよくわかる。)

その話を聞いていた一回り世代が上の人がぽつりと、「どうして髪を振り乱しちゃいけないの?いいじゃない、髪を振り乱しているところを後輩にたくさん見せてあげなさいよ」とおっしゃったことを今でもよく覚えている。

当時の私にとっては、思いもかけないコメントで、正直なところ、「そんな風に思えたら楽だろうなぁ」と思った。

さて、今の私はその一回り世代が上だと思った彼女の年に近くなった。そして少々彼女の考え方に近くなったかもしれない。

自分の美学に沿った、格好よさを求めていることは変わらないのだが、水面下で必死に足をもがいているところをもっと後輩たちに見せたほうがよいのではないかと思うようになったのだ。

それは、「プロセスを見せないとアウトプットがわかりづらいのではないか」という後輩世代への教えの面から、「私たちの美学が通じているのだろうか」という世代価値観ギャップへの不安から。

あきらめの悪い私は、常にあがいている。そのあがきを積極的に見せたくはないのだが、一番恐ろしいのは、あがくこと自体をやめてしまったと思われること。(そして自分であがくことをあきらめてしまうこと)というのも、あがいている限りは、救いの手を自ら掴むことが出来ることを経験上知っているので。

「マリコ駆ける!」ってそういう思いも込めたブログのタイトルだったのですよねぇ。

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