【クリスマスで学んだ教訓】 犬には大きな声で、話しかけよう
私は5年ほど前まで、ずっとお台場に住んでいた。台場と言えば観光地、海を眺めながらのレストランあり、都会の夜景を臨む絶好のカフェありと、デートスポットにはうってつけの場所である。街全体が妖艶に輝く東京のオアシス・台場は、クリスマスともなれば、そりゃあ~オシャレに着飾った若いカップルで溢れかえるのだが・・・。
住民には時に困る。それが台場
あれは7年ほど前のクリスマス・イブのことだった。当時、私は奥さんと、黒パグ1匹(女の子)と台場で暮らしていた。黒パグの名を「まつり」という。当時1歳、人間でいえば20歳前なので、まだ落ち着きのないちゃかちゃかした性格だった。自宅マンションから一歩出ればそこは海、お台場海浜公園だったので、「まつり」の散歩はいつも海浜公園を往復するルートだった。散歩は朝晩の2回、出勤前に奥さんが連れていき、夜は私が連れていった。
「まつり」にクリスマスは関係ない。そんなの知ったこっちゃない。また私も奥さんも、クリスマスなどまったく関心のないタイプで、プレゼントをあげる・もらうといった風習を好まず、クリスマスも普段通りの生活を送っていた。7年前のクリスマス・イブもそうだった。奥さんは残業で遅くなるというので、いつも通り、夜になってから「まつり」を連れて海浜公園へ向かった。
げ! 何? ここはカップル専用公園ですか?
暗い公園に一歩足を踏み入れて、仰天。おお、カップルだらけじゃん・・・。何だこれは? 普段と全然違うじゃん・・・。公園中のベンチというベンチがカップルに占領されていた。彼らは見つめ合い、何だかひそひそささやき合い、キャッキャッし合い、くっつき合い、腰に手を回し合い・・・。クリスマスに無関係な私は、台場に住んでいながら"クリスマスの夜の公園"がどのような様子かを、知らなかったのだ。この日始めて、実態を知ったのだ。脇に無邪気な黒パグ「まつり」を連れて。
あちゃあ~、困ったモンだ。こんな濃密でムーディーな公園など歩きたくないわい! と、公園を出てお散歩ルートを変更しようとすると、「まつり」が嫌だ嫌だと言う。「まつり、今日の公園はヘンだから、別の道行こう」と小声で話しかけても、「まつり」はいつものコースを変えたくないと言い張り、ずんずん公園の中を進んでいく。仕方ない。
キモイ、あの人、ひとりで喋ってる
黒パグは夜の公園では目立たない。私が「まつり」に小声で話しかけていると、ベンチに座った下品な10代カップルの、若い姉ちゃんが隣の彼氏にささやいている。「キモイ、あの人、独りで喋ってる・・・」と、私を指差しているではないか。おい、コラ、誰がキモイ? と、普段なら向かうところだが、何せここはアウェー、いやいや、ホームなのだが、クリスマスの公園という特殊なシチュエーションは、あまりにも男ひとりと犬1匹には悲惨な状況。
まあ、こんなカップルはシカトしようと思ったら、すでに私がシカトされていた。指差していた女はいきなり私と「まつり」の前でチューチュー始めてしまった。クリスマスとは恐ろしい。自分の世界しか見えなくなり、目の前に存在する男とパグは、すでに視界に入っていないのだ。私は無言でリードを引っ張り、早く歩くよう促すのだが、「まつり」はウンチがしたいらしくそわそわと草の茂みを探しまわり、チューチューベンチに近づいていくではないか! 仕方ない。
行けども行けども
ウンチをしてすっきりした「まつり」は軽快に歩き始めた。結局、最悪なことに、カップルの真横で「まつり」は踏ん張ってしまった。私がしゃがんでウンチを拾うとき、私を見下ろす女の視線とぶつかった。「フン、クリスマスの夜に、ひとりで犬と散歩? モテないのね・・・」、そんな侮蔑の眼差しである。そんな女の顔は不細工犬と言われるパグと、良い勝負だった。思わず噴き出しそうになるが、こらえ、歩きだす。
台場の夜は、どこもかしこもムーディーでセクシーだった。ああ無情。公園の中央部、砂浜沿いを続く木のデッキ道は、更に悲惨なことになっていた。ここではベンチでなくデッキに腰をおろし、つまりは地べたに座るような感じになるのだが、見事なまでにカップルが等間隔で並んで座っていた。
カップルとカップルの間、およそ1メートル。これ以上近いと雰囲気がチョットね、となるが、クリスマスの夜なら仕方ない、てな感じで、カップルの列が延々と暗闇の中を続いている。みな夜景を眺めながら、完全に自分たちのウットリ系な世界。そんな彼らの背後を、私と「まつり」は歩いた。仕方ない。
アタシ、ここに座りたい!
「まつり」は座るカップルたちの真後ろを歩いた。人が好きなもんだから、擦れんばかりの近さを歩いていく。パグは呼吸器系が弱いので、フガフガ~フガフガ~と鼻を鳴らせながら歩いていく。黒パグが、闇に紛れるよう、カップルの背後を低空飛行でフガフガ言いながら進むものだから、ヒャ! だの ビックリした~だの、超カワイイ~だの。
と、突然「まつり」が立ち止まった。座る行列のなか、一か所だけ空いている空間があった。きっと立ちあがってレストランにでも向かったのだろう、見事に一組分のカップルシートがあった。そこで「まつり」は止まると、カップルの真似をしたいのだろうか、ちょこんとお座りして海を向いた。いやいや、まつり、ここは人間のカップルがイチャイチャする場所だよ?と、心の中で呟く。リードを引っ張る。しかし、踏ん張ってまったく動かない。ここに座りたいらしいのだ。仕方ない。
突然、男と黒パグが並んで座り始める。両隣のカップルがギョッとした感じで我々に視線を送る。何してんの? 的な痛い雰囲気。私はこっそり喋る。「まつり、帰ってゴハン食べようか?」「まつり、明日はお出掛けしようか?」「ちょっと恥ずかしいんだよ、この場所は」。でも動かない。ああ、何たるバッドシチュエーション。私のこそこそ話しは両隣のカップルに聞こえているようで、冷やかな視線や冷やかなクスクス笑いが聞こえてくる。私は阿呆。「まつり」はまんまるの大きな目で、じっと海を眺めている。
私は犬の意思を尊重し、座り続ける。犬をなめてはいけない。人間同様に複雑な感情があり、豊かに言葉を理解する、まぎれもないパートナーなのだ。「まつり」もクリスマスの雰囲気を楽しみたかったのだ。なら付き合うしかない。
寒風の中、20分ほど座っていた。私はそのうち自棄になってきた。どうせ笑われるのなら、大声で犬と話した方がマシであろう。散歩させながら犬に話しかける人は、確かに多い。しかしそれは一様に<小声>だ。人間の自尊心、羞恥心が、他人に聞かれたら何と思われるだろうかという、小さな不安を喚起する。だから小声。しかし小声の方がよほど目立つし、見ていてこちらも恥ずかしくなってくる。そうか、普通に話せば良いのだ。犬に向かって。平然と。自宅でそうしているように。
「まつり~、恥ずかしいからもう帰ろうよ~」
「まつり、ここで我々もチューしてみよっか?」
途端、闇が動き出した。周囲のカップルが声に出して笑い始めた。数組先のカップルまでが、のけぞって我々を覗きこんでいる。クリスマスのしっとりした雰囲気が、崩れた。でも、それは冷やかな笑いではなかった。温かな視線だった。それから「まつり」は周囲のカップルに頭を撫でてもらい、かわいいという声をかけられ、しばし注目を集めた。ムーディーな雰囲気を壊されたカップルたちも「仕方ないなあ~」という感じで笑っていた。「まつり」はようやく満足したように立ち上がると、自宅に向かって歩きだした。
以来、私のお散歩スタイルは変わった。常に大きな声で犬に話しかけながら、歩いている。
(荒木NEWS CONSULTING 荒木亨二)
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