AIは対岸の火事か? いま、中小SIer経営者が直視すべき不都合な真実
AIの進化は、SESや運用委託といった「人月ビジネス」を収益の柱とする中小SIerにとって、もはや対岸の火事ではありません。大手SIerの下請けとして安定した事業を続けてきたその基盤が、今、静かに、しかし確実に揺らぎ始めています。
昨日、中小のSI/ITベンダーの経営者を対象とした講演の場で、私は一つの厳しい見通しを提示しました。それは、「短期的には仕事が激減することはないが、数年のうちに状況は激変する」というものです。
なぜそう言えるのか、その根拠と背景、論理的に導き出される「対策の必然性」について、次のような話をしました。
なぜ「今はまだ大丈夫」なのか? 短期的な楽観論の罠
現在、AI駆動開発が急速に普及しているとはいえ、皆様の仕事がすぐになくなるわけではありません。その理由は主に2つあります。
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AIはまだ「万能」ではない: 現在のAI駆動開発の主流は、あくまで人間のエンジニアを補助する「コード補完」のレベルに留まっています。自律的にシステム全体を設計・開発するAIエージェントも登場していますが、その能力はまだ初心者レベルです。複雑な要件の理解や、高度なアーキテクチャ設計は、依然として経験豊富なエンジニアの領域です。
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AIには「品質保証」の壁がある: AIが生成するコードには「確率的な揺らぎ」という特性があります。これは、同じ指示(プロンプト)を与えても、その都度わずかに異なるコードが生成される可能性があることを意味します。この不確実性は、システムの品質と信頼性を担保する上で大きな課題となります。そのため、最終的な品質を保証し、責任を負う人間のエンジニアによるレビューやテストは不可欠です。
これらの理由から、「当面は、経験豊富なエンジニアの仕事はなくならない」という見方ができます。しかし、この現状認識だけで安心してしまうのは、非常に危険な判断です。
なぜ「数年で激変する」のか? 人月ビジネスの土台が崩れる2つの構造変化
「今はまだ大丈夫」という猶予期間は、残念ながらそう長くは続きません。技術の進化と市場の構造変化という、2つの大きな波が、人月ビジネスの土台そのものを侵食し始めているからです。
変化1:AI技術の指数関数的な進化
前述したAIの課題、すなわち「能力不足」と「品質保証の壁」は、技術の発展によって急速に解消されるでしょう。AIの性能はムーアの法則を遥かに超えるペースで向上しており、数年前には不可能だったことが次々と実現しています。
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AIの能力向上: より複雑な要求を理解し、自己修正しながら最適なコードを生成する能力は、日々向上しています。数年後には、現在ベテランエンジニアが担っている設計・開発業務の多くを、AIが代替可能になっている可能性は高いでしょう。
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品質保証の自動化: AI自身が生成したコードをテストし、脆弱性を診断し、品質を保証する「AIOps」のようなアプローチも進化しています。これにより、「確率的な揺らぎ」のリスクは人間を介さずに管理できるようになります。
この結果、何が起こるか。それは「人間の労働力の必然性の喪失」です。仕様書に従ってコーディングし、テストを行うという、これまで人月ビジネスの価値の源泉であった労働集約的な作業は、その需要を根本から失うことになります。
変化2:顧客(ユーザー企業)の「内製化」シフト
もう一つの大きな変化は、皆様の顧客であるユーザー企業側で起きています。将来の予測が困難な現代において、企業が存続し成長するためには、市場の変化に俊敏に対応することが不可欠です。多くのユーザー企業は、その鍵が「ITの活用」にあると理解し、ビジネスモデルの変革や業務改革をスピーディに進めるために「システム内製化」へと舵を切っています。
かつて、内製化には多くの人員と高い技術力が必要で、一部の大企業に限られた選択肢でした。しかし、以下のモダンITの普及が、そのハードルを劇的に下げています。
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AI駆動開発、AIOps: 少人数での高速な開発・運用を可能にする。
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クラウドネイティブ: インフラ管理の負担を軽減し、柔軟なシステム構築を可能にする。
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アジャイル開発、DevOps: 変化に迅速に対応できる開発プロセスを実現する。
これらの技術は、ユーザー企業が「労働力を外部に依存する必要性を減らす」ための強力な武器となります。結果として、元請けである大手SIerへの工数需要は減少し、その影響は下請けである彼らの元へ確実に及ぶことになります。
さらに決定的なのが、元請け自身の変化です。彼らもまた、AIを活用して開発・運用能力を高め、収益率の向上を図ります。これまで下請けに流していた仕事を内製化し、中間コストを削減するのは、株主や市場から常に利益拡大を求められる彼らにとって、避けては通れない合理的な選択なのです。
つまり、中小SIerは「顧客からの需要減」と「元請けからの発注減」という、二重の圧力に晒されることになるのです。このまま何もしなければ、「エンジニアはいるのに、発注される仕事がない」という深刻な事態に陥ることは、論理的な帰結と言えるでしょう。
あなたは「ストリーミング事業者」か、それとも「特別なレコード店」か
この状況を、私は次のような例えでお話ししました。
かつて、日本中のどこの街にもレコード店はありました。しかし今、CDやストリーミング配信の普及により、その姿を見ることはほとんどなくなりました。
しかし、人々が音楽を聴き楽しむという文化がなくなったわけではありません。単に、音楽を手に入れる手段が「モノ(レコード)」から「サービス(ストリーミング)」に変わっただけなのです。
そんな時代であっても、ごく少数ですが、生き残っているレコード店は存在します。店長の圧倒的な知識とこだわりで選ばれたニッチな品揃えで、熱狂的なファンを惹きつける店です。
皆様は今、この構造変化の真っ只中にいます。「ストリーミング配信事業者」になるのか、それとも他にはない特別な価値を提供する「こだわりのレコード店」になるのか。その選択を迫られているのです。
私たちはまず、「これまでは需要のあった商品(仕様書通りに開発・テストできるエンジニアの労働力)が、もはや市場価値を失いつつある」という現実を受け入れなくてはなりません。売るモノがなくなるのですから、新しい商品を創り出すしかないのです。
1. ストリーミング事業者への道: これは、AIやモダンITを武器に、労働集約モデルから完全に脱却する道です。自社でSaaSなどのプロダクトを開発・提供したり、AIによる高度なデータ分析サービスを展開したりと、「1つの仕組みで多くの顧客に価値を届け、事業を指数関数的に成長させる」ビジネスモデルへの転換を目指します。
2. 特別なレコード店への道: これは、他社には真似のできない、極めて高度な専門性やコンサルティング能力を磨き上げる道です。特定の技術領域(例:量子コンピュータ、ブロックチェーン)や、特定の業界(例:医療、金融)における深い知見を武器に、「あなたたちでなければ解決できない」と言われるような、唯一無二の価値を提供します。
残された時間は少ない
経営者が今すぐ下すべき決断は、「自社の強みは何か」「どの顧客に、他社にはないどんな価値を提供できるのか」を徹底的に見つめ直し、この2つの道のどちら、あるいは両方をどう組み合わせるか、独自の戦略を描くことです。そして、それを具体的な行動計画に落とし込むことが求められます。
最も重要なのは、「人月ビジネスでまだ収益が上がっているうちに、次の一手を打つ」ということです。キャッシュフローに余裕がある今だからこそ、新しい事業への投資や、社員のリスキリングに着手できます。状況が厳しくなってからでは、打てる手は限られてしまいます。
この変化は、もはや避けることのできない未来です。貴社が10年後も市場で価値を提供し続けるために、今、何をすべきか。本記事が、その第一歩を踏み出すきっかけとなれば幸いです。
8月8日!新著・「システムインテグレーション革命」発刊!
AI前提の世の中になろうとしている今、SIビジネスもまたAI前提に舵を切らなくてはなりません。しかし、どこに向かって、どのように舵を切ればいいのでしょうか。
本書は、「システムインテグレーション崩壊」、「システムインテグレーション再生の戦略」に続く第三弾としてとして。AIの大波を乗り越えるシナリオを描いています。是非、手に取ってご覧下さい。
【図解】これ1枚でわかる最新ITトレンド・改訂第5版
生成AIを使えば、業務の効率爆上がり?
このソフトウェアを導入すれば、DXができる?
・・・そんな都合のいい「魔法の杖」はありません。
ご紹介
【正式告知/最終視察内容決定】上海・北京トップ大学新卒IT高度人材獲得ツアー
私たちインフラコモンズ株式会社では、先日ご紹介の「シリコンバレー最先端ヒューマノイド企業視察ツアー」に続いて、上海と北京のIT人材教育に積極的なトップ大学を訪問し、日本企業が各大学の優秀なIT新卒人材を獲得できるパスづくりの視察ツアーを実施します。
【視察日程】
◉9月22日月曜日〜9月26日金曜日 申込締切8月26日火曜日
【視察設計のポイント】
- IT人材教育を積極的に行なっている上海と北京のトップ大学における新卒人材窓口を訪問し、御社と各大学とのパスが構築できる機会を目指します。
- ベテランの日本人中国語通訳が付きます。
- 旅行会社はJTBになります。参加申込はJTBの予約申込ページOASYSから行っていただきます。8月上旬に開通したURLを告知、正式なお申し込みができるようになります。
- 月曜出発、金曜日帰国。最少催行人数10名。最大20名。(20名になった時点で締め切ります)
- 中国における視察コーディネート会社:CARETTA WORKS。視察実施後の個別企業様と各大学との交渉等を個別のコンサルティングサービスとして請け負うことも可能です。
- 視察代金は80万円(航空サーチャージおよび空港使用料別)
【対象となる企業】
- 日本の大手IT企業。特にAIやクラウド人材を求めている大手IT企業
- 日本の自動車メーカー及びティア1企業でSDV(Software Defined Vehicle)開発人材を求めている企業、及び、ADAS開発人材を求めている企業
- 日本の大手企業において、業務部門内でアプリケーションを内製するチームの充実を図りたいとお考えの企業
- 日本のIT人材企業で中国IT人材企業とのパイプを作りたいとお考えの企業
【視察スケジュール】
【Day 1】東京 → 上海
- 午前:東京(羽田/成田)発
- 午後:上海浦東空港着
- 夕方以降:自由行動/休憩→歓迎会・オリエンテーション
- 宿泊:上海市内ホテル
【Day 2】上海市内訪問(午前+午後で2大学) → 夜に北京へ移動
- 上海交通大学、復旦大学の2校のIT新卒人材にアクセス可能な窓口を訪問
- 夜便:上海 → 北京移動(例:19〜21時台便)
- 宿泊:北京市内ホテル
【Day 3】北京訪問(午前+午後で2大学)
- 清華大学、北京大学、北京航空航天大学、北京郵電大学、北京理工大学のいずれかのうち、2校のIT新卒人材にアクセス可能な窓口を訪問
- 宿泊:北京市内ホテル
【Day 4】北京訪問(午前+午後で2大学)
- 清華大学、北京大学、北京航空航天大学、北京郵電大学、北京理工大学のいずれかのうち、2校のIT新卒人材にアクセス可能な窓口を訪問
- 宿泊:北京市内ホテル
【Day 5】北京 → 東京
- 午前:自由時間/チェックアウト
- 午後:北京首都空港または大興空港へ送迎
- 夜便:北京発 → 東京着
【資料請求および旅行について】
株式会社JTB
https://www.jtbcorp.jp/jp/
ビジネスソリューション事業本部 第六事業部 営業第二課内 JTB事務局
TEL: 03-6737-9362
MAIL: jtbdesk_bs6@jtb.com
営業時間:月~金/09:30~17:30 (土日祝/年末年始 休業)
担当: 稲葉・野田
総合旅行業務取扱管理者: 島田 翔
お問い合わせは、株式会社インフラコモンズ (ホームページ下端の問い合わせ欄よりお送りください)まで
神社の杜のワーキング・プレイス 8MATO
8MATOのご紹介は、こちらをご覧下さい。