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【4.1%】大学はアカデミックな理論研究の場なのか、という古くて新しい議論

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 昨日。ある方の講演がどうしても聞きたくて、猛暑が続く京都まで足を運びました。ある方とは、東京大学 大学総合教育研究センター准教授の中原淳先生。京都大学で開かれた「大学生研究フォーラム2010」の基調講演者として登壇され、「企業人材育成のフロンティア」をテーマにお話されました。
 
 そもそも「大学生研究フォーラム」の主旨は、「大学生の成長とキャリア形成を支援すること」と、案内に書かれています。中原先生の専門は職場学習論、学習支援学であり、キャリア形成そのものではありません。しかしながら昨今の企業が抱える組織的課題が、組織構成員である人材の育成と表裏一体にあることは、ビジネスパースンなら誰もが感じているところでしょう。中原先生の多岐にわたる研究、企業との実践内容は、大学生が社会に巣立ってからのキャリア形成を考える上で示唆に富んだものであり、今夏のフォーラムでも基調講演を引き受けるに至ったものと想像しています。
 
 講演では、数多くの企業事例に触れながら、現実のビジネス現場が抱える人材育成上の課題と、その取組事例を提示。同時に関連する諸研究の理論を多数引用して紹介するという、バランスのとれたものであり、大学研究者にとっても企業の人材育成担当者にとっても、非常に参考となるものだったと思います。
 
 正直、こうした話を、東京大学という日本のアカデミズムの最高峰に所属する教員が明快に論ずるということが、わたしには少し意外でした(とっても僭越な言い方ですみません)。これは、大学たるもの、とりわけ国立大学の教員なら、純粋にアカデミックな理論研究を重視しているであろうという既成概念で捉えていたからだと思います。
 
 わたしのような在野が言うまでもなく、これまでアカデミズムが担ってきた理論研究を軽視することは大変危険です。しかしながら、学問分野によっては、実社会での現実を度外視すると埒があかないようなテーマが多数あるのも事実です。キャリア育成や企業組織論といった領域はまさにそうではないでしょうか。今回のフォーラムの基調講演に中原先生が起用されたことは、「大学生のキャリア形成に対して大学が果たすべき役割を考えた場合、実社会の動向に正面から対峙する必要がある」というメッセージだったんだろうなと、わたしなりに解釈しています。
 
 さて、中原先生の話は後日主催者から何らか報告がなされると思いますので、わたしからは印象に残った話をひとつ紹介しておきます。

…わたしは学生たちに、「赤門を出よう」って呼びかけているんです。大学の中だけに閉じこもって井の中の蛙になるのではなく、外に出て、世の中を知ろうと。東大生の留学比率は、他大学に比べて低いという結果が出ています。これは一例でしかありませんが、でも、せっかく東大に入ったのなら、もっと外の世界を知った上で、知識を研鑽するべきだと…
     
※留学経験者の比率は、東大生の留学経験者は理系4.6%、文系【4.1%】だそうで、他大学の平均(理系8.1%、文系14.0%)に比べてかなり少なく、特に文系は約1/3とのこと(データは2010年4月13日付け朝日新聞夕刊より引用)

 留学経験が減少している背景に、学業の多忙さがあると大学側は挙げているようです。またこれは推測ですが、東大であれば、留学は社会人になってから企業派遣ですればいいと考えている学生がいるのかもしれません。しかし、MBAコースを中心に多数の企業留学生が欧米の大学に渡ったのは、バブル期のことであり、今ではその数も激減しています。いずれにせよ本当の理由は明らかにされていませんが、中原先生の言葉には、やはり内向きになっている学生の視線を変えなければというメッセージがくみ取れます。
 
 話を元に戻して。キャリア形成支援は、実社会から大学へ要望が高まっている、いわゆる待ったなしの領域でしょう。大学は、社会に出て役に立つ人材の育成に一層努めなければならない。一方、研修など人材育成への投資を企業が削減する傾向にある中、企業が果たさなければならない役割を指摘する声も強くなっています。つまり、若者たちのキャリア形成支援を考えた場合、大学・企業の
どちらかだけが責任を負うものではないということです。大学と企業の双方が歩み寄り、意見をぶつけ合って、より効果があがるような支援実践を、ともに協力していくことが重要なのです。それを具現化している典型的な例が、中原先生のプロジェクト型実践研究だということではないでしょうか。

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