【22歳】インプットとアウトプット、どちらが先か
久しぶりにブログを書きます。
先日、ふとした縁から、名古屋大学農学部に在籍する石川俊平くんという学生に会いました。就職の相談ということで、名古屋駅近くのカフェで会ったのですが、話しは早々に脱線。いつしか彼の生き様を根掘り葉掘り聞かせてもらっていました。彼は、とにかく人を「喜ばせたい」「驚かせたい」「振り向かせたい」という一心で、いろんなことを企むのが大好きな若者でした。フリーペーパーを創刊し、大手スポンサーも獲得して、これからさらに飛躍、と思いきや、あっさりと後輩にバトンタッチ。今度は世界放浪の旅に出ます。
聞けば、作品作りのためらしい。イラストレーターを母に持つ彼は、いつも何かを作り出して、周囲を振り向かせることに夢中だったようです。自分の目で見て、焼き付いた世界を、映像作品として残したかった。彼はそう言いました。でも、話しを聞いていく内に、彼が旅に出た本当の目的はちょっと違うのかな、と思いました。
放浪の旅から帰って作り上げた作品の冒頭、彼はこんな言葉を書き記しています。
大学を休学し、海外を旅する。
今では多くの大学生が行っていることだ。ぼくはその潮流に乗ることにした。
レールを外れたと強がっても、結局大勢の人が通った道しか進めない。
臆病者のぼくでも、海外を一人で旅できるだろうか。
人見知りでも、外国人の友達はできるだろうか。
世界はぼくに何か大切なことを教えてくれるだろうか。
気合いをいれて重いバックパックを背負い直し、ぼくは空港を出る。
Hello, world.
石川くんが作品として残した映像の美しさは、多くの人を引きつけるでしょう。でもそれ以上に、彼は大きなものを得たはずです。未だ見知らぬ世界で生きている人・自然と向き合った経験は、彼のこれからに繋がる道標となったはずです。自分の好奇心を満たせるものは、やっぱり自分の行動でしかないということを、わたしは22歳の若者からあらためて学びました。
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かつて週刊誌の編集をしていたころ、よく先輩から言われたことに、「常にネタの引き出しにインプットをしろ」「インプットがないと枯れるぞ」というのがありました。その通りだと思います。ネタがなければアウトプットなんかできない。正論です。
でも、あるとき、これも限界を感じたのです。インプットって、どうすればいいのだろう。Web見て、情報誌見て、本読んでテレビ見てれば、インプットできるのでしょうか。世の中、情報が氾濫しています。新鮮なネタを目一杯仕込んだつもりでも、すぐに鮮度は落ち陳腐化します。キリがないのですね。
そこで大事だと気づいたのが、まずアウトプットすること。そうすることで、周囲から反応が得られます。「わたしが興味を持っていることはコレです」と叫ぶと、「わたしも」「オレも」と共感する人が集まってきます。「これ、良かった!」と書けば、「こんなのもあるよ」「それよりこちらがいいぜ」と新しい誘いがかかります。ネタが集まってから何かをする、のではなく、ネタを集めるために何かをする。どこかに出かける。何かを食べてみる。誰かに会ってみる。そうすると、知らないうちに、とても楽しいこと、もの、人が周りに集まってくる。わたしには、インプットとアウトプットは、アウトプットが先なのです。
こんな原点みたいなことを、最近、忘れていた気がします。どんどんWebが便利になって、ちょっと調べて、知った気になったり、行った気になったり、会った気になったりしていたのかもしれません。自分で行動することが一番大事だと知っているつもりが、どんどん動けない人になっていた。いつの間にか、アウトプットをしなくなっていた。だから、いつしかブログも書かなくなってしまっていた。
【22歳】の若者は、忘れかけていた自分を思い出させてくれました。もう躊躇することはないはずです。
石川俊平 Hellow, World.
HIBILOGでも紹介されています 自分の感性を形に残していくことの大切さ