【10年】 わたしが毎年この時期に職務経歴書を書いている、3つの理由(2)
先週末、大学生になった長女の入学式がありました。娘によれば、キャリアセンターの先生から話があったとのこと。入学式といえば学長が訓示して終わり、と思ってましたが、最近はいろいろあるようです。その話というのが、しっかりと自分のスキルを身に付けなさいってことだったらしい。就職が厳しい時代だけど、スキルを身に付けている学生はいつの時代でも必要とされると、新入学生に訓辞されたそうです。入口で出口の話を聞かされた新入生たちは、どう受け止めたんでしょうか。
ところで最近は、入学式を学外のホールで行う大学が増えています。理由は単純、入学式に親子同伴が増え、大学の講堂では収容しきれないから。有名大学になると、新入生数と同じくらい保護者数がいるようですね。そうなると、入学式は親向けにメッセージを伝える機会にもなります。入学式でキャリアセンターから話があったというのは、半分以上、親を意識していると想像します。他大学の入学式における学長訓示を見ても、就活の話が散聞されたようですね。ご時世ということでしょうか。
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さて、わたしは毎年この時期に職務経歴書を書いているという話を先週書きました。それは、自分の歩んできたキャリアの棚卸しをし、これまでの仕事を客観視して、積み重ねてきたものを振り返るためだと書きました。今回はその続きを書いていきます。
<理由その2>
職務経歴書は自分の歩んできた道(=過去)を書き記すものですが、それを書くことは、これから先(=未来)を考えることに他なりません。これまでを振り返りながら、わたしはこれからどうしたいのかをゆっくり考える。そして、頭に浮かんだ将来が、これまでに積み重ねてきた道の延長線上にあるのか、ずれているのか。相当遠いのか、随分近づいているのか。そうしたことを思い巡らすのです。つまり、自分のこれからを考えるために、これまでを整理するのです。
【10年】前。リクルートを退職したとき、わたしには明確なキャリアプランがありませんでした。ほんとにあなたは元とらばーゆ編集長?って言われそうですが、実はそうなんです。だから、職務経歴書を書くのに相当悩んだのです。
その後10年間、毎年この時期に職務経歴書と向き合う中で、自分はこれまで何をやってきて、これから何をやりたいのか、やっと見えてきた気がします。以前は漠然とした夢?みたいなものでしたが、やがてその夢は具体的な言葉で書けるようになり、今では夢というより目標となっていると思います。ここ数年は、それを実現するためのプランを練っています。残念ながら計画通りには進んでいません。でも、計画がなければ実現はない。七転び八起きですが、それでも毎年職務経歴書を見直しながら、一人作戦会議を開き、「今年はこれをやろう、ここまでやろう」と目標を定めるようにしています。
こうして考えたプランを、わたしは職務経歴書に赤文字で書き込んでいます。現時点ではまだ経歴ではありません。単に勝手な計画です。来年、この赤文字が黒文字に書き直せることを願うと同時に、これからやるべきことを自分に言い聞かせています。職務経歴書を書く作業は、わたしにとって年に一度、自分の生き方(=キャリア)を設計する(=デザイン)貴重な時間となっているのです。
※【10年】 わたしが毎年この時期に職務経歴書を書いている、3つの理由(1)も合わせてご覧下さい。