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米国の電力システムの闇

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今回は米国の電力システムについて書いてみる。中途半端な規制緩和をしたために、カリフォルニアでは2000年から2001年にかけて電力コストの高騰と電力不足が起こり、州知事のリコールの一因ともなった。こういったことがスマートグリッド登場の背景となっている。規制緩和を考えるとき、日本でも参考にすべきだ。

2000年から2001年といえば、筆者は、日系大手の事業部解散後に立ち上げたベンチャーで数年、ちょうどパートナーを解雇して単身で次を模索していた時期だ。電力不足を補うため計画的な停電が行われて、毎日そんな話題がニュースを賑わせていたが、当時はエネルギーにも電力事情にも興味が無く、自分の新たな方向として考えることも無かった。現在電力システムやスマートグリッドに関わり、当時や現在の状況を精査するにつけ、電力など国民生活に欠かせないものの規制緩和は熟慮にも熟慮を重ねないといけないと感じる。

米国では1990年台に入り、電話や航空業界の規制廃止のように電力業界も規制を取っ払って自由に市場の原理で値段を決めることができるようにすべきだという議論が巻き起こり、カリフォルニアでは発電の部分に限り自由化が認められた。電力システムは発電、送電(高電圧で変電所まで)そして配電(変電所から各消費者まで)から成り立つ。つまりこれにより、電力の値段を自由に決めることができるようになったわけである。この背景には、自由化が進めば競争が起きて値段が下がるという期待があった。

電力会社は自前の発電所を独立系の会社に売り払い、その新たな発電所の持ち主から電力を買って消費者に提供することとなった。ところがこのシステムを悪用しようとするEnronを始めとする一団が現れた。競争が激化して値段が下がれば皆がハッピーとなるはずだったが、この悪党どもは意図的に電力不足を演出した。カリフォルニアの発電所の運転を停止して供給量を抑え、さらに架空の送電オーダーで値段を吊り上げた。

需要があるのに供給が減少すれば値段が高騰するのは火を見るより明らかだ。ここで思い出して欲しい。自由化されたのは発電の部分だけだ。消費者が払う電気代(配電の部分)は規制されている。北カリフォルニアに電力とガスを供給するPG&Eは、電力を買い付けるときは高騰した価格を払わなければならないが、消費者には規制された値段で提供しなければならない。このため、高くなった電力を買ってもその分を消費者に押し付けることができなくて、PG&Eは破産した。消費者は電気代の高騰は免れたものの、計画的停電で日常生活に影響を受けるという被害に見舞われた。筆者もある日自宅でこの素晴らしい恩恵を受けた。もちろん計画停電であるから事前に警告はあるが、それでも楽しいものではない。オフィスも停電するかと思ったらそれはなかった。オフィスのあるサンタクララ市は自前の電力会社を持ち、発電所も持っていたからだ。なんと複雑なことよ。

この事態に、連邦政府や州政府は緊急事態を発令して対処した。Enronは州政府に向かって「法的には何も悪いことはしていない。州がどんな方策を採っても、こちらはそれを打ち破る」と豪語したそうだ。後にEnronはその経営陣と共に多くの罪で起訴されて、最終的には破産に至った。

Enronは電力だけではなく、インターネットの帯域もオークションにかければ、その日のある時間一番安いコネクションを確保できるという趣旨でのビジネスも立ち上げていた。その当時筆者は非常に共感したのを覚えている。規制撤廃と自由競争、これこそ資本主義の真髄だと。しかし、不当な利益を追求する個人や団体が現れたとき、その一見合法的でありながら実は公共の利益に反する経済活動を封じることができなければ、社会に多大な悪影響を及ぼす。電力という、産業や一般の国民生活に大きく影響する分野にならず者が現れたあの時、政府はなす術もなく、カリフォルニアは大きな混乱に巻き込まれてしまった。

一般に規制は自由な競争を妨げる。それでは、規制撤廃と自由競争と悪党による法の悪用、このバランスをどうすればよいのか。日本は規制が多い。これまでこうして規制することでやってきた日本に対し、米国は折に触れて規制撤廃と自由競争の圧力を掛けている。

筆者は、米国がこうだからとか諸外国がこうだから日本はこうすべきだという考え方に反対だ。そんなものは糞食らえ。一番大切なのは、日本のことは日本人が自分たちで議論を尽くして決めることだ。そして日本人は、日本のことより世界のことを気に掛け過ぎる。自国より他国を優先するような国は世界にはない。米国にだって良いこともあれば悪いこともある。しかし日本に圧力を掛ける時は悪いことは一切言わない。当たり前だ。それを国益という。規制と自由競争、誰にとってもバラ色の解なんて無いんだろう。それでも、国と国民の利益を最大限に守るために、他所の失敗に学ばない手はないと思うが。

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