ねじれているCloudの現状
昔々、と言っても数年前だが、オープンソースに関わっていた。もっと正確に言えば、MySQLやJBossの日本進出に関わった。MySQLに関しては4年程度関わったので、それなりにオープンソースの世界やそれをビジネスにする会社がどう経営されているか見ることができた。
最近注目を集めているCloudにはオープンソースがたくさん使われている。Public Cloudのサービスを提供している会社には、Amazonを始め、日本ではあまり馴染みがないかもしれないがRackspace(テキサス州サンアントニオ)やGoGrid(サンフランシスコ)がある。AmazonはXenの仮想化エンジンを使用している。問題はAmazonが元々のXenのファイル形式を変更していることだ。このため、XenのネイティブなVM(バーチャル マシン)を持って来てもそのままではAmazonのCloudの上で実行できない。また、APIも自前のものを開発している。オープンソースは必ずしも全面的なオープンを意味するものではないが、オープンソースのXenをコアに使用していると聞くと何かアクセスもオープンかのような印象を受ける。が、現実はそうではない。なぜこんなことをするのか。当然囲い込みが目的だ。一旦AmazonのCloud用にVMを開発してしまうと、他のCloudの環境に移行するのが容易でない。移行するためには、新たなCloudで実行可能なようにVMを変更しなければならないのだ。
先程述べたように、AmazonのCloudはPublic Cloudだ。企業の外部で必要に応じてコンピューティングを提供する。最近企業内CloudであるPrivate Cloudの議論が盛んだ。Public Cloudでは自社のデータを会社の外に持ち出すことになるので、セキュリティの面で不安を覚える企業が多い。自社内でCloudを構築できれば、セキュリティを気にせずCloudの良いところを取り入れることができる。Private Cloudを実装する場合、社内のコンピューティングに対する需要を的確に捉えることができるとは限らない。大きな需要に備えるために多くの機材を買い揃えたのでは、Cloudで機材の共有や効率的な運営を図るという目的を達成することができない。それで、大体の需要を予測して、もし需要がそれを超えた場合は他のリソース(Public Cloud)を投入することにすれば、めでたしめでたしとなる。これをCloudBurstと呼ぶ。
企業内でPrivate Cloudを構築する際に使用される仮想化エンジンは圧倒的にVMwareが多い。VMwareの仮想化エンジンとAmazonのCloudには環境整合性がない。つまりPrivate Cloudで実行されているVMは、AmazonのCloudに移動しても実行することができない。これでは上で述べたCloudBurstを実現することは不可能だ。もちろん、VMwareの仮想化エンジンを利用したPublic Cloudもある。例えばVerizon、ATT、Savvisのものがそうだ。しかし市場占有率は、Amazonが圧倒的だ。
これを筆者はPublic CloudとPrivate Cloud間のねじれと呼ぶ。まあ政治に例えれば、Public Cloud(上院)ではXen党が多数を占め、Private Cloud(下院)ではVMware党が多数を占めていて、2つのCloud(院)の間に整合性がない(法案が通らない)。巷では、オープンソースがなかったら、Public Cloudは実現されなかっただろうとまで言われている。それにも拘わらず、オープンの要素を封じ込めているのはいかがなものか。しかも、同じXenを仮想化エンジンとして使用しているAmazon、GoGrid、Rackspaceの間にも整合性がない。最近、オープンソースのEucalyptus社が、AmazonのCloudとVMware型のPrivate Cloudの間を取り持つ製品を発表している。残念ながらこの製品はオープンソースではない。Eucalyptus社の新しいCEOはMySQLを大成功に導いたMartin Mickos氏だ。
ここにややこしい状況が生じ始めている。Xenはオープンソースの仮想化エンジンとして最初に出発し、デファクト標準になると考えられてきた。しかしここにきて競合のKVMが台頭してきて、Linuxのサーバー業でトップを走るRedhatはXenのサポートを止める(2014年以降)と発表した。問題はXenのコードがLinuxのカーネルから独立しているのに対して、KVMはカーネルのコードに含まれていることだ。明らかに、KVMの方が使いやすい。現在Xenを積極的にサポートしているのは、NovellとOracleくらいだ。NovellはKVMがカーネルのコードに含まれたこともあり、サポートをしない訳にはいかない。2つの仮想化エンジンを同時にサポートするのは困難になるので、結局NovellがXenへのサポートを落とすのではないかという見方もあり、Public CloudとPrivate Cloudの間のねじれは容易に解消されそうもない。
この話の中にMSは出てこないが、NovellのLinuxのライセンスを売るなどMSはNovellと近い関係を保っている。そのMSと、Xenの所有者であるCitrixとは近い関係にあり、MSによるCitirxの買収の話も何度かあった。元々Xenを開発したXen Source(その後Citrixが買収した)はMSとパートナーシップを結んでおり、MSの仮想化エンジンのHyper-VとXenはフィル形式が整合化されている。
更に話を複雑にしているのは、Novellに対する買収の話が最近起こっており、Novellが乗り気だということだ。ありそうなシナリオとして、私的な投資会社がNovellを2000億円以上で買収し、Linuxビジネス(SuSe)のみを切り離してIBM、Oracle、またはVMwareに売却するかもしれないという噂が囁かれている。この3社はLinuxのビジネスを欲しがっており、実際に買収が起こればRedhatへの買収の話も動くだろう。そのときXenやKVMはどういう立場に置かれるのか興味のあるところだ。
話を戻そう。Amazonがファイル形式もAPIも所謂標準に準拠すれば、オープンソースの世界では美しいのだが、これはあくまでもビジネスの世界での話だ。Amazonは先行会社として、自分の立場を最大限に利用してCloudビジネスを優位に戦っていると言える。事業を展開している以上、自分の有利な点を自ら捨てることはあり得ない。VMwareもPrivate Cloudに強いという自社の有利性を放棄することは考えにくいので、このねじれ現象はしばらくは続くだろう。Cloudの世界には選挙は無いが、大連立はあるかも知れない。