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30年に渡って関わってきた米国のITの出来事、人物、技術について語る。

起業文化とシリコンバレー

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シリコンバレーが素晴らしくて日本はだめなんて言うつもりはない。今回は筆者が長年シリコンバレーにいて感じたことを書くが、異論や反論もあるだろう。筆者より経験のある方もいるだろう。だが、これは筆者の目から見たものなので、ご了承を。

人間は環境に影響されやすいものだ。二十数年前にシリコンバレーに来たときはHPという大企業に勤めたため、外の世界のベンチャーにはあまり縁がなかった。その当時のHPは金持ちのお坊ちゃま・お嬢ちゃまという感じで、DECにはマーケティングでぼろくそに負けていたし、サンなんかは怖いところというイメージだった。道を挟んだ向こう側にあるタンデムに転職することは格好良かったし、その後さらにサンへ転職するなんてのはもっと格好良かった。シリコンバレーのベンチャー企業やコンサルタントと付き合い始めたのは、HPを辞めてテキサスの日系の会社へ転職して、そのある部門をサンホゼに移転させたことでシリコンバレーに戻ってきたときだ。

シリコンバレーに帰ってからの最初の転機は、テキサスで始めた事業部立ち上げの総仕上げにあった。私の上司のSさんは研究肌の人で、ビジネスで切った張ったをやるにはやさし過ぎる人だった。ただ、ボスである常務のY氏からビジネスをやるように言われてその気になった。(後から考えると、Y氏は本気ではなく、研究するのも会社の採算を考えろ程度の軽い気持ちだったようだ。筆者が強力にSさんの後押しをしてビジネスをやるべきだと言わなければ、ビジネスの話は終わっていただろう。)

日本の会社は不思議なところで、今まで一度たりとも事業を立ち上げたことのないSさんと筆者にぽんと5億円出してくれた。まあそう簡単にいったわけでもなくて、反対していた現地法人の社長をサンフランシスコ空港で捕まえて、時差に苦しむ社長をうんと言うまで解放せず了承を取り付けるなど、今から思えばかなり無茶もした。この事業立ち上げについてはさすがに条件があった。当地の優秀なコンサルタントを雇い事業部設置に当たるべしというものだったが、これは願ったり叶ったり。大手を振って、シリコンバレーの切った張ったをやっているコンサルタントをリクルートできるのだから。

早速コネを利用して、Xというコンサルタントを確保した。彼はマーケティング専門だったが、顔が広く、事業立ち上げやファイナンスに詳しいMを連れてきた。更に、製品化しようとしていた技術分野(セキュリティ関係)の専門家も彼が見つけた。シリコンバレーは層が厚いという印象をこのとき持った。最近は変わってきたのかもしれないが、日本の場合、ベンチャーをやる人は大抵若く、日本の会社を経験していない。しかしキャリアの最初の数年を、形がはっきりした会社で過ごすのは、必ずしも悪いことではないと思う。組織として行動することを学んでいるかどうかは、将来起業した会社を次の段階に持って行けるかどうかに大きく関わるだろう。

よく言われていることかもしれないが、シリコンバレーには色々な分野でベテランと呼ばれる人がたくさんいる。キーとなる技術や手法があり、そういう人を集めて資金を募れば、会社ができて活動を始めることができる。会社というのは、生まれて、成長して、壮年期を迎える。ファウンダーが長く会社の一線で活躍する例も当然あるが(Bill GatesScott Mcnealyなど)、大抵の場合、ファウンダーは最初のわずかな資金導入の後、プロのCEOを雇い、その雇われCEOの元で新しいチームメンバーを選択して更に大きな資金導入へと向かう。会社の成長それぞれの時期において、必要とされる人間が異なる。シリコンバレーにはそういう違う特性を持つ様々な人達が存在し、大抵の場合、調達できる。

では、どうやってそういう人達を集めるのだろうか。普通はコネである。リクルーターがエグゼクティブをリクルートする場合もあるが、コネを使うことがかなり多い。人をリクルートする場合、その人の履歴書を見ても面接しても、本当のところはわからない。一番確実なのは、自分が以前一緒に仕事をしたことのある人か、信頼のおける人が一緒に仕事をした人を推薦してくれる場合だ。履歴書をうまく書く人、面接で抜群の自己アピールをできる人が最悪の選択であったことも個人的に知っている。

では、コネの仲間に入り、何かいいネタがあった際にお声がかかるにはどうしたらよいのだろうか。どんな職場でも最善の努力をして自分の評価を上げておくことはもちろんだが、それだけではコネのサークルが狭すぎる。ビジネス ミーティング、コンファレンス、その他の機会を捉えて、友達の友達として積極的にコネのサークルを広げることだ。LinkedinFaceBookTwitterなどはそういったことに役立つ。筆者は決してシリコンバレーでヒットを打ったとは言わないが、こういうコネのおかげで今まで数多くの面白いプロジェクトに参加してきた。

例えば、前出のMはその後会社を設立して、筆者はコンサルティングを行った。同じく日系企業の事業部で雇った営業コンサルタントのVは、その後会社を買収してCEOとなり、筆者は一時期技術担当の副社長だった。現在行っているアナリストの仕事は、NASA研究所の技術を商業化するプロジェクトでNASA側のビジネス担当者だったGが誘ってくれたことから始まった。

アメリカ人は日本市場について、コネと知り合いがいないととても参入できないという。確かにそうだけれど、今までの経験から言えば、日本の会社の場合、会ってくれと言えば一応会うだけは会ってくれそうな気がする。アメリカの場合、会う理由が先方に明確か、断ることのできない紹介があるかでもないと、中々会ってももらえない。そういう意味ではコネの重要な世界だ。

結論としては、言い古されているかもしれないが、シリコンバレーには様々な分野でベテランの域に達する人々や、若くてあまり経験はないが馬力のある人が数多く存在しており、既存の会社の枠にとらわれないビジネスを起こそうという気概がある。またこれを支援しようという資本家もあまたおり、アイディアと人材が揃えば会社設立へまっしぐらとなる。当然大部分の会社は倒産する。その屍を乗り越えて、また新たな会社が設立されて前進する。そうやって、成功した会社がICTの業界を今まで変革してきた。そしてこれからも変革していくだろう。筆者はどうか。3度ばかり起業に関わったが、どうももう一度やる元気がない。誰か、後押しをしてくれる人、いませんか。

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