オルタナティブ・ブログ > ヨロズIT善問答 >

30年に渡って関わってきた米国のITの出来事、人物、技術について語る。

米国航空業界をIT技術で制覇しようとした男(達)最終回

»

さて、この話をどう着陸させようかと色々悩んでいたが、さすがに今年中に決着をつけたい。第一話はそれなりに面白かったが、第二話は喧嘩や仲違いの話でつまらないという批判が筆者の周辺から聞こえて来ており、それも考慮して、今回少しはIT分野の皆さんの参考になる話にしたい。それで、自分の貴重な金や時間をベンチャーに注ぎ込むとき、一般的に避けた方がよいネタということについて、この経験を例に取って述べてみる。以下3点にまとめてみた。

  1. 知らない分野は避ける。
  2. 役所的なところが絡む話は避ける。
  3. やり直しのネタは避ける。

第一に、知らない分野には参入しないことだ。昔どこかで読んだ話だが、ある男がフランス語を学ぼうと思い立ち、どうせなら金を儲けながら学ぼうと、自分の友人にこう言った。「僕はフランス語が得意だ。なんだったら、教えてあげようか。」そして月謝を決めて、レッスン毎にその1時間前に必死でそのレッスンの部分を暗記して、あたかも長年知っているかのように説明した。この方式はベンチャーや実際のビジネスには通用しない。あなたが相手にするお客や投資家や競合は長年その分野におり、技術も市場も熟知している。そんなところに聞きかじりの知識でのこのこ出かけて行っても、とても太刀打ちできない。

少し言い訳がましいが、筆者の場合、ITバブルが弾けてITなら何でも悪いという風潮の時である。そんな時、空港の複数の組織間で情報交換を容易にして空港の機能効率を上げるというネタ、しかもそれをNASAが開発したとなると、ころりと参らない人はいまい。筆者の応援団は非常に感銘して、ぜひやったら良いという意見が大勢を占めた。しかも空港ネタとはいえ、ITを利用した簡単な情報管理システムだから、全く知らない分野とは言えない。しかし実際にやり始めると、ドメイン(domain)知識なしでは色々なことについて行けない。例えば、なぜここでこういう判断をしたのかといったことも、その分野の人たちにとっては当然のことなのだが門外漢はつまずいてしまう。

筆者は知識欲旺盛で、知識欲が金銭欲を時々(というかかなりの場合)凌駕してしまう。このプロジェクトのおかげで、この道で著名なMITの研究者と研究内容に関して議論できたし、ユナイテッド航空の元国際線747パイロットに実際の飛行の様子も聞けた。ユナイテッドの研究部門に以前いた人の論文を監修したり(離婚の危機に彼の妻から相談されたりもした)、サンフラシスコ空港のユナイテッドの運用部門を訪問したり、アトランタ空港では米国航空局(FAA)の管制塔とデルタ航空の管制塔の見学し、デルタの人と議論などもできた。このプロジェクトに関わらなければ絶対に経験できなかったことだ。それなりに面白い経験ができたとは思う。

しかし話を一般論に戻すと、やはり自分の専門でない分野には飛び込むべきではないだろう。もちろん、一兵卒から始めてその分野を理解するという場合は別だが。それぞれの分野が今でも分野として生き残っているということは、長年の知識と市場の仕組みが出来上がっているということであり、ちょっとやそっとのことではそれを乗り越えることは困難だ。でも、知らないということはある意味では偉大だ。知ってしまうと出来ないことでも、知らないと手を出して、それがたまに当たってしまうということもあるからだ。

2番目に挙げた、役所的なところは避けるという話は、知らないと何のことか分からないかもしれない。日本企業の米国法人にいた時、日本本社の人々からさんざん聞かされたことだが、大企業病とも呼ばれる役所的な体質は、改革や進歩というところから程遠い。端的に言えば、動きが遅くて鈍い。NASAが開発した技術がFAA、アトランタ空港(アトランタ市)、デルタ航空で使用されていると聞いたとき、「ああ、止めとこう」と思わなければならなかった。デルタ航空を除けばすべて政府関連の役所である。そのデルタも大きな組織であり、このプロジェクトなど取るに足らない話で、しかも現状を維持すれば無償でこの技術を利用できた。というのは、FAAがこの技術(OS-2の箱)の保守代をサポート会社に払っていたからだ。我々が引き継ぐことで無償利用が危うくなる可能性があった。

筆者の職歴は大企業からベンチャーだ。大企業はHP、GTE(現在のVerizon)と日系企業と通過した。大企業に勤めているときは自分を過大評価しがちだ。相手はHPの岸本、GTEの岸本として扱っているのに、その態度を岸本個人に対してだと思うからだ。また自分も含め、極力個人的な責任は避けようとする。だから筆者は「役所」に勤める人々に文句はない。ただよく言われるように、「役所」的な話は避けるのが賢明かもしれない。もっとも、「役所」を専門に扱うベンチャーもあるので一概には言えないが。でもそういう場合は、元「役所」の人か「役所」を扱った会社に勤めた人のベンチャーであることが多い。これは1で述べた「専門知識」と関連している。

最後に「やり直しのネタ」は避けることだ。NASAのネタは完全なやり直しという訳ではなかったが、NASAの協力的でない研究者やその他あちらこちらから色々と情報を仕入れた。分かったことは以下だ。

  1. 最初にこの技術開発を提案しアトランタ空港(2本の滑走路が平行で適用に最適)に設置しようとしたのは、FAAのワシントン本部の人(仮にXとする)だった。この人との話し合いでシリコンバレーのNASAが協力して開発した。
  2. XはアトランタのFAA地方組織に一切相談なく強権を持ってこのプロジェクトを推進した。その時点でアトランタのFAAは自前の解を開発中で、この強制的な押し付けに反発し、NASAのプロジェクトを積極的にサポートしなかった。
  3. 管制塔に一時設置されていたOS-2の箱は撤去され、デルタ航空がその運用を引き継いだ。デルタはそれをゲートから飛行機が出発するタイミングを計ることに利用した。デルタは改良に全く興味がなく、無償利用を条件としていた。

この製品はあくまでもプロトタイプで、しかもアトランタ空港のような滑走路の形態の所でないとうまく機能しない。しかしデルタもFAAもこの技術の改良や拡張には非協力で、これでは話にならない。人間関係が完全に拗れている。大きな「役所」が4つも絡む中、これは小さなベンチャーではどうにもできない。これはひとつの例だが、一般に「やり直しネタ」は難しい。どこに地雷が埋まっているのか、どのクローゼットに骸骨が隠されているのか(skeleton in the closet)、前にやった人にしか分からないからだ。

どうも筆者の話は「暗い」。しかしあまり現実を見ず「明るい」話ばっかりを書くメディアには怒りさえ覚える。「暗い」筆者の論点は、「やばい」ことがあることを見据えた上でベンチャーに飛び込めということで、やるなということではない。くれぐれも「おいしい」話にはご用心を。

最後に、上のことを知った筆者はこれはだめだと思い、Aに止めようと言ったが彼は聞き入れず、結局袂を分かった。その後Aは南カリフォルニアに移住して、その後の消息は知らない。仲違いしたとは言え、Aはユニークな人で、機会があれば一緒に一杯やりたいくらいだ。ここが筆者の弱いところだ。時間が経てば、敵も中立くらいにはなってしまう(さすがに友にはならないが)。筆者の知る限り、アトランタ空港では今だにOS-2の箱が毎日デルタのために活躍しているはずだ。でも、ハードの寿命ってどうなんだろうか。大体、もうOS-2のサポートもなく、元の情報共有プログラムのソースコードもないのだから、一旦壊れればそれまでだろう。でも皆さん、別にこの箱が壊れてもデルタの飛行機の運用に問題はない。安心してアトランタ空港をご利用されますように。

Comment(0)