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30年に渡って関わってきた米国のITの出来事、人物、技術について語る。

今後のICTはインフラかアプリか

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ITではなくICTと書いたのは、ネットワークやコミュニケーションはITと切っても切れない分野だし、今回のテーマと関わるからだ。一般的にICTの発展はインフラから始まり、ミドル、そしてアプリ、最後にサービスへと進歩していくという道を辿る。インフラは非常に大事で、これが無ければその上の層は存在し得ない。しかしながら、インフラの設置には莫大な経費が掛かる割に儲けが少ない。従って、分野が成熟するにつれ、焦点はインフラから上の層へ向かって行く。

ウェブ万能の現代、ICTはそれをインフラとするアプリやサービスに軸足が移っているのは確かだろう。もっと社会的インフラに関する分野にICTが利用される可能性があることを今回のブログで述べたい。

ここでこれを示す最近の例として、電力の送配電を例にとってみよう。IT分野の人には、電力送配電とITはあまり関係がないように見えるかもしれないが、スマートグリッドはこれを変える。米国のスマートグリッドを簡単に説明するならば、「智」の全く無い電力送配電の土管にICTを被せて賢くするというものだ。ICTのあらゆる技術の適用が必要で、スマートグリッドはICT屋さんの狙い目だ。更に、インターネットと電話網が統合されたように、将来電力網もこれに統合される可能性もある。筆者はこう見えても電気工学の出身で、ICTと電気を繋ぐ話は大歓迎だ。

米国でのスマートグリッドはまだインフラの段階だ。古くなって問題が多くなったインフラを立て直そうということがその背景にある。電力事情が日本より悪いことは意外に知られていない。現在の日本に暮らしているととても信じられないだろうが、全体として電力量が十分でないし、かなり頻繁に停電する。

電気は発電所から何千キロも送電線を通じて運ばれ、最終的に変電所に到達する。電力会社はここまでの電力の流れを把握している。しかしながら、変電所から家庭までの電気の流れは把握していない。現在スマートグリッドの焦点は、この変電所と家庭をネットワークで繋ぐことである。現在米国では日本同様、月に一度電気とガスの検針がある。たとえば筆者が住む北カリフォルニアで電気とガスのサービスを提供するPG&E社の検針要員は約1,000人。これは不都合だ。月に一度しか必要ないサービスにこれだけの人員を割かなければならない。また、電気・ガス会社および各消費者は、使用状況を月に一度しか把握できない。電力消費状況をリアルタイムで知ることができると、供給側も消費側も節電を図れることが試験的なプロジェクトで確かめられている。変電所と家庭をネットワークで繋ぐためには、家庭にある電気やガスのメーターにネットワーク機能を追加すれば良い。

PG&E社は約500万世帯にサービスを提供している。つまり、電気とガスのメーターが全部で1000万個あるということになる。現在のメーターは日本と同様の仕様だ。これを、2~3年かけてデジタルでネットワーク接続可能なものと交換していくという。筆者の住む辺りでは、この12月から徐々に交換されるそうだ。現在のスマートグリッドの市場はこのメーターで盛り上がっている。更に、数軒のメーター情報を吸い上げて電力会社に送信する方法が求められるので、ZigbeeやWiMaxなどの通信方式が適用可能である。ところが、幾つかの先行企業はTCP/IPを標榜しているが、まだ標準が規定されていないので、色々な方式が混在している。インターネットが当初よりTCP/IPが通信方式建設されていたのとは大きく違う。

メーターの情報は総電力消費の情報だが、家庭内の各家電製品の電力消費情報も簡単に入手できるようになれば、各家庭で電気の使用に関してコントロールすることができるようになり、節電できる。GoogleやMSはこういった家電用メーターをウェブベースで無料で提供している。家庭内でのコミュニケーションのプロトコルは複数存在しており、全くの混在状況だ。家電がネットワークで繋がれて消費電力の情報が入手できるようになると、様々なアプリケーションやサービスが可能となってくる。現在まで家庭内でのネットワーク構築は進んでいるとは言いがたい。しかし、節電やエネルギーの賢い使用ということであれば、家庭内ネットワークは進行するのではなかろうか。

メーターの設置とメーターのデータを送信するというインフラが出来てしまうと、スマートグリッドの一番下のインフラが完了する。インフラが完成するとその上にアプリが構築される。これは電力供給要求とそれに対する応答だと言われている。各家庭がネットワークで繋がれて電力会社が各家庭の電力消費要求を実時間で把握することが出来るようになると、その要求に対応することが可能となり、つまり、現在のメーター市場の次は「要求とそれに対する応答」というわけだ。この「要求」を解析してそれに対する「応答」を適宜に提供できるシステムの構築には、基本的な機能の他、色々な切り口がある。この機能はバックオフィスで提供されるだろう。このため、IBM、Oracle、MSなどの大手ソフト会社はバックオフィス用のソフトを提供するために既に参入している。

さて、ICTの皆さんはどのようにこの分野に参入できるのだろうか。ウェブやクラウドとは縁が無いと思うかも知れないが、実は大いに関係がある。一時間に数回集めるメーターのデータはひとつひとつが小さくても、数百万もの家庭から来るデータは莫大なものとなる。数年も経てばそのデータを格納するだけで想像を絶するようなストレージが必要となる。このデータはストレージのクラウドで解決するのが良いのかもしれない。周知のように、ITの世界ではインフラが完成するとその上にアプリやサービスが開発される。しばらくするとそのアプリやサービスがあたかもインフラのようになり、更にそれを利用するアプリやサービスが開発されていく。スマートグリッドに関しても同様のことが言えるだろう。「要求とそれに対する応答」のアプリやサービスの基本が開発されれば、今は予想もされていないアプリやサービスが開発されるかも知れない。その大部分はウェブやそれに付随する技術で実装されるだろう。その開発に参加するのも面白いと思う。

ウェブでアプリやサービスを提供している皆さん、どうだろう。少し方向を変えて、エネルギー事情を改善するスマートグリッドへの参入を考えてみては。

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