DX見聞録 -その2 「攻めのIT経営銘柄」に見るデジタル変革
デジタルトランスフォーメーション(DX)の実態について既知の話からあまり知られていないコトまで。このコーナーで少々連載したいと思います。
現在はまさに"デジタル産業革命"の黎明期にあり、何十年に一度の大変革期で今後、5年、10年先を予測できないのは、過去の歴史を振り返れば明らかです。間違いないのは、ソフトウエアを中心とした未曾有の変化が相当のスピードで到来することであり、変革には3年や5年、10年といった単位の時間がかかると思われます。しかしその時間は決して長いとはいえません。
これまでこのブログでは、シリコンバレーやSXSW(サウス・バイ・サウスウエスト)など、デジタルビジネスに関係する先行的な取り組みを紹介してきました。新しいシリーズでは、日本でデジタルトランスフォーメーションを実践していく上で重要になるポイントについて記していきたいと思います。
■「攻めのIT経営銘柄」とは
2015年からスタートした「攻めのIT経営銘柄」は、毎年5月に経済産業省と東証によって東京証券取引所の上場会社の中から、中長期的な企業価値の向上や競争力の強化といった視点から経営革新、収益水準・生産性の向上をもたらす積極的なIT利活用に取り組んでいる企業を「攻めのIT経営銘柄」として、業種区分ごとに選定して紹介する制度です。
今年は、昨年末に制定された「DX推進ガイドライン」に基づき、経営層の強いコミットのもとでDXを推進する企業を高く評価しています。選定に当たっては、各社におけるIT活用の取組実態を評価するため、経済産業省において、東京証券取引所に上場する全ての企業に対して実施した「攻めのIT経営に関するアンケート調査2019」の回答内容から、以下の5つの項目と財務状況についてスコアリングした後に、選考委員会の最終選考を経て、最終的に29社が選定されています。
また、5回目となる今年は、企業のDXに向けた取組を強く推進するため、銘柄選定企業の中から"デジタル時代を先導する企業"として「DXグランプリ」が発表されています。
(図1.攻めのIT経営銘柄について)
■キッカケとなった調査
では、そもそもITに攻めと守りがあるのか?実は、攻めのIT経営銘柄の設定のキッカケとなった調査がある。筆者も委員として参加していたJEITA による「ITを活用した経営に対する日米企業の相違分析」調査だ。
この調査結果は、蝶々が羽を広げたような形から通称バタフライチャートと呼ばれ、日本企業と米国企業のIT予算の活用用途を示している。この調査結果を見ると日本企業の多くはITを社内の業務効率化やコスト削減を中心とした「守り」を主眼としており、製品の強化や顧客満足度向上など本業の強化を目的とした米国とは大きく用途が異なる。
この結果を重く見た経済産業省と東証が5年ほど前から日本企業で攻めのIT活用を実施している日本企業を表彰することになったのが「攻めのIT経営銘柄」である。
(図2.IT投資からみた日本と米国の差)
■デジタルネイティブと先進企業に学ぶDXの進め方 ~2025の崖を跳び越えろ!
毎年、5月には富士通フォーラムという当社の大きなイベントがあるが、今年は当社を含め、この「攻めのIT経営銘柄」受賞企業に登壇いただいた。
モデレータに株式会社インプレス田口潤氏をお迎えして、登壇者は、デジタルネイティブ企業を代表して株式会社メルカリ成田敏博氏、先端企業を代表して全日本空輸株式会社 野村泰一氏、業界識者として株式会社アイ・ティ・アール内山悟志氏、富士通株式会社から私が登壇させていただいた。
(図3.パネルディスカッションの様子)
デジタルネイティブ企業と従来の企業との違いはどのようなところにあるのか?株式会社アイ・ティ・アールの内山悟志氏は、デジタルネイティブ企業特有の実践例として以下の8つを掲げている。
(図4.デジタルネイティブ企業での実践例)
いずれもアマゾンやグーグルなどが実施している大変ユニークな取り組みだが、デジタルネイティブ企業を代表して登壇した株式会社メルカリ成田敏博氏によると、これらの取り組みは、いずれもメルカリでも実践しているという。このコメントに会場からは驚きの声があがった。ちなみに株式会社メルカリは、攻めのIT経営銘柄における「IT経営注目企業」に選定されている。
■「DXグランプリ」の内容
富士通フォーラムに登壇いただいた野村泰一氏がデジタル化を牽引する全日本空輸株式会社は、攻めのIT経営銘柄における「DXグランプリ」を受賞している。審査員推薦コメントは、以下の通り。
・空港のスマート化、デジタルサービスプラットフォーム、アバター推進、全社イノベーションへの取組が本格的で画期的。その実効性を高く評価した。
・空港における簡単・便利でストレスフリーな顧客体験価値の提供、人と技術の融合・役割分担の見直しによる空港オペレーションの革新的生産性向上、ANA AVATAR VISION等未来志向で面白い試みが多く、また競争優位性にもつながると感じた。
・レガシー刷新もほぼ終えている。Society5.0をうたうなど、DXへの経営ビジョンが明確。
では、具体的にその内容について見てみよう。
SimpleでSmartな空港の実現
空港にデジタルテクノロジーを投入するとどんなスマートイノベーションが生まれるのか?机上で創造するのは、容易だが、実践するのは日々の運行業務がある中でなかなか難しいと思われる。1分1秒を競う運行業務をより"スマート"に対応する取り組みは利用者としてはすぐに実現してほしい。現在、九州佐賀国際空港で実証実験を実施しているらしい。
(図5.SimpleでSmartな空港の実現に向けて)
お客様向けデジタルサービスプラットフォームの整備
さらりと"顧客情報を一元管理するお客様情報基盤(CE基盤)を全社横断で構築しました"と記載があるが、これはなかなか容易ではない取り組みだと思う。しかも、デザイン思考を活用して目指す顧客旅行体験(ANAジャーニーマップ)に基づき、CE基盤を活用した全ての顧客接点におけるパーソナライズ化されたスマートで快適なサービスを創出していくという。
(図6.お客様向けデジタルサービスプラットフォームの整備)
ANA AVATAR VISION
映画アバターの世界は記憶に新しいが、"年間の航空利用者は世界の人口の約6%にすぎません。すべての制約を超えて残り94%の人々がつながるAVATAR前提社会を実現する"という。仮想の世界を自ら創り出そうという気概はすばらしい。
(図7.ANA AVATAR VISION)
個人的には、ANA AVATAR VISIONに一番興味をもった。このサービス、本格的に展開する場合には、既存の航空ビジネスを脅かす存在になる可能性がある(飛行機で旅行しなくても様々なアクティビティーを体験できる)。そんなサービスを自らチャレンジして産み出そうとする姿勢に共感した。
"先人に学べ"という言葉があるが、これからデジタルビジネスと社会課題に挑む企業は、先端企業だけでなく、デジタルネイティブ企業の所作を取り入れていく必要があると思う。
(つづく)