DX見聞録 -その4 「DXレポート」~ITシステム「2025年の崖」の克服と展開
デジタルトランスフォーメーション(DX)の実態について既知の話からあまり知られていないコトまで。このコーナーで少々連載したいと思います。
現在はまさに"デジタル産業革命"の黎明期にあり、何十年に一度の大変革期で今後、5年、10年先を予測できないのは、過去の歴史を振り返れば明らかです。間違いないのは、ソフトウエアを中心とした未曾有の変化が相当のスピードで到来することであり、変革には3年や5年、10年といった単位の時間がかかると思われます。しかしその時間は決して長いとはいえません。
これまでこのブログでは、シリコンバレーやSXSW(サウス・バイ・サウスウエスト)など、デジタルビジネスに関係する先行的な取り組みを紹介してきました。新しいシリーズでは、日本でデジタルトランスフォーメーションを実践していく上でのポイントについて記していきたいと思います。
「DXレポート」とは
「DXレポート」は、経済産業省の声掛けによってユーザー企業やベンダーの識者が集まり昨年集中的に議論されていた研究会とWGの検討結果をまためた提言レポートです。レポートでは、背景と議論のスコープとして以下を掲げています(抜粋)。
デジタルトランスフォーメーション(DX:Digital Transformation)をスピーディーに進めていくことが求められている中で、デジタル部門を設置やPoC(Proof of Concept: 概念実証)を繰り返す等、ある程度の投資は行われるもののビジネス変革には繋がっていない。
今後DXを本格的に展開していく上で、既存システムが老朽化・複雑化・ブラックボックス化する中では、➀新しいデジタル技術を導入したとしても、データの利活用・連携が限定的であることや既存システムの維持、保守に資金や人材を割かれ、新たなデジタル技術を活用するIT投資にリソースを振り向けることができない。さらに、➁今後、ますます維持・保守コストが高騰する、いわゆる技術的負債の増大とともに、➂既存システムを維持・保守できる人材が枯渇し、セキュリティ上のリスクも高まることも懸念されています。
もちろん、既に既存ITシステムのブラックボックス状態を解消している企業や、そもそも大規模なITシステムを有していない企業、ITシステムを導入していない分野でデジタル化を進めている企業等、上記のような問題を抱えていない企業も存在するが、我が国全体を見た場合、これらの問題を抱えている企業は少なくないものと考えられる。
このような背景を踏まえ、本研究会では、DXを実現していく上でのITシステムに関する現状の課題やその対応策を中心に議論しています。もちろん、ITシステムの見直しは、デジタル技術を活用してビジネスをどのように変革するかという経営戦略が必要であり、それを実行する上での体制や企業組織内の仕組みの構築等が不可欠であるについても議論が行われています。
DXの推進に関する現状と課題認識
DXを実行する上での経営戦略における現状と課題
新たなデジタル技術を活用して、どのようにビジネスを変革していくかを策定した経営戦略そのものが不可欠ですが、DXの必要性に対する認識は高まっているものの、ビジネスをどのように変革していくかの方向性を模索している企業が多いのが現状だという。こうした中で、例えば、経営者からビジネスをどのように変えるかについての明確な指示が示されないまま「AIを使って何かできないか」といった指示が出され、PoCが繰り返されるものの、ビジネスの改革に繋がらないといったケースも多いと指摘されています。
既存システムの現状と課題
ITシステムに技術面の老朽化、肥大化・複雑化、ブラックボックス化等の問題があり、結果として経営・事業戦略上の足かせ、高コスト構造の原因になっている状態が多数みられます。DXを進める上で、データを最大限活用すべく新たなデジタル技術を適用していくためには、既存のシステムをそれに適合するように見直していくことも不可欠です。
(図1.既存システムの現状と課題)
ユーザ企業にて既存システムがDXの足かせとなっていることが、一般社団法人日本情報システム・ユーザー協会の調査でも明らかになっています。既存システムの問題点は、「自社システムの中身が、ブラックボックスになってしまった」ことにあり、さらに「不十分なマネジメントが、再びブラックボックスを引き起こす」という "負のループ"を誘引していることにあります。
(図2.既存システムの問題点)
ユーザ企業における経営層・各部門・人材等の課題
わが国の企業のIT関連費用の80%は現行ビジネスの維持・運営(ラン・ザ・ビジネス)に割り当てられているという。このため、戦略的なIT投資に資金・人材を振り向けられていません。ここで注目したい概念が技術的負債(Technical debt)です。これは、短期的な観点でシステムを開発し、結果として、長期的に保守費や運用費が高騰している状態を指します。本来不必要だった運用保守費を支払い続けることを意味し、一種の負債と捉える。このため、既存システムを放置し続けると技術的負債が増大することが懸念されている。
(図3.IT予算の比率)
ユーザ企業における経営層・各部門・人材等の課題として以下の6点を掲げています。
①経営層の危機意識とコミットにおける課題
経営層の危機意識の欠如とコミット不足が懸念される。ユーザ企業内が一枚岩ではないケースがあり、事業部ごとにのバラバラなシステムを利用しているケースも多い。全体最適化・標準化を試みても、事業部が抵抗勢力となって前に進まない。こうした各事業部の反対を押しきることができるのは経営トップのみであるが、そこまでコミットしている経営者は日本では未だ少ない。
②CIOや情報システム部門における課題
ベンダー企業の提案を受けて、自身のビジネスに適したベンダーを企業自身で判断するよりは、これまでの付き合いのあるベンダー企業の提案をそのまま受け入れてしまいがちである。
③事業部門と情報システム部門の役割分担
事業部門がプロジェクトのオーナーシップを持って、仕様決定、受入テストを実施する仕組みになっていない場合や事業部門と情報システム部門でコミュニケーションが十分にとられていない場合が多く、結果として、開発したものが事業部門の満足できるものとならない。
④DXを進める上でベンダー企業に頼らざるを得ない現状
DXを進めていく上では、ユーザ企業におけるIT人材の不足が深刻な課題である。会社の中にシステムに精通した人やプロジェクト・マネジメントできる人材が不足している。その結果、ベンダー企業に経験・知見を含めて頼らざるを得ないというのが現状である。
⑤老朽化したシステムの運用・保守ができる人材の枯渇
老朽化したシステムを把握している人材がリタイアしていくため、メンテナンススキルを持つ人材が枯渇することから、どのように保守していくかという課題もある。先端的な技術を学んだ若い人材を、老朽化したシステムのメンテナンスに充てようとして離職するリスクもある。
⑥困難となるITエンジニアの教育・確保
日本ではITエンジニアの7割以上がベンダー企業に偏在しており、ユーザ企業としては、ITエンジニアの確保と教育も課題である。新たな技術に関する再教育をどうするのか、世の中の変化に伴い新しい人材を如何に確保するか等、全体として人材確保について悩みを抱える企業は多い。
ユーザ企業とベンダー企業との関係
日本では、要件定義から請負契約を締結するケースも少なくない。これは、何を開発するかをベンダー企業に決めてくれと言っていることと同じでベンダー企業もそのまま要望を受け入れてしまっている。このような状態のままでは、アジャイル開発のようにユーザ企業のコミットメントを強く求める開発方法を推進しようとしても無理があり、要件の詳細はベンダー企業と一緒に作っていくとしても、要件を確定するのはユーザ企業であるべきことを認識すべきだという。
ユーザ企業は、システム開発を内製で賄いきれず、ベンダー企業に業務委託するケースがほとんどである。その場合、「請負契約」や「準委任契約」が適用されるが、契約に当たっては、ユーザ企業とベンダー企業との間の責任関係や作業分担等が明確になっていないケースが多い。その結果、トラブルに発展するケースもあり、さらに多くの時間とコストを要することとなる。
今後、DXを実行していく上で、要求仕様が不明確な状態で小刻みな開発を繰り返すことで具体化していくようなアジャイル開発の案件もある。しかし、そのような開発方法に沿った契約形態が整備されていないという課題もある。
情報サービス産業の抱える課題
一方、情報サービス産業(いわゆるベンダー)の抱える課題はどのようなものでしょうか。レポートでは、まず第一に既存システムの残存リスクを掲げています。既存システムの運用とメンテナンスは年々コストが増大するのみならず、全貌を知る社員が高齢化や居なくなるなど、更新におけるリスクもまた高まっています。重要製品の製造中止やサポート終了が起こることで、現行機能の維持そのものが困難になることはよく議論される課題です。
パブリッククラウドのように、業務システムにも大きな影響を与えるような、新しい基盤技術の変化(グローバル・クラウドの成長)も急速に進んでいます。また、垂直統合的にITシステム構築に必要なほとんどの機能を提供するメガクラウドによって、個別開発すべき部分を圧縮し、IT投資効率を高めることがグローバルスタンダードとなる可能性もあります。
近年は技術者の不足感が強まっており、急な人員増やスキルシフトへの対応は困難になりつつあります。他方で、DXを推進するためにはSoR、SoE両方のバランスをとることが求められ、そのためのITエンジニアのスキルシフトが必要となります。要件変更を前提としたアジャイル開発の活用やAPI/Web APIベースの疎結合構造によるモジュール化されたサービスの利用など、新しい革新的なアプリケーション・アーキテクチャの習得が重要となります。
国内システム開発受託事業は、規模は縮小する見込みであり、新たなビジネス・モデルの創造・既存システム最適化を進める上では、ユーザ企業もベンダー企業も単独では取り組めない課題に直面しており、顧客と新たな関係に立った仕事の進め方に取り組むことが必要となります。
そのため、システム開発の受託者から、新しいビジネス・モデルを顧客と一緒に考えるパートナーへの転換が求められています。現状では、ユーザ企業の既存システムの運用・保守にかかる業務が多く、ベンダー企業の人材・資金を目指すべき領域に十分にシフトできていません。このため、既存システムのメンテナンスに興味のない若い人材をはじめ、新たなデジタル技術を駆使する人材を確保・維持することが困難となっており、競争力を失っていく危機に直面している。
DXを推進しない場合の影響(2025年の崖)
多くの経営者が、将来の成長、競争力強化のために、新たなデジタル技術を活用して新たなビジネス・モデルを創出・柔軟に改変するデジタル・トランスフォーメーション(=DX)の必要性について頭では理解しています。
・既存システムが、事業部門ごとに構築されて、全社横断的なデータ活用ができなかったり、過剰なカスタマイズがなされているなどにより、複雑化・ブラックボックス化
・経営者がDXを望んでも、既存システムの問題を解決し、そのためには業務自体の見直しも求められる中、現場サイドの抵抗も大きく、いかにこれを実行するかが課題となっている
この課題を克服できない場合、2025年以降、最大12兆円/年(現在の約3倍)の経済損失が生じる可能性(2025年の崖)があるとレポートでは警鐘をならしている。
(図4.2025年の崖)
対応策
以上のような現状と課題を踏まえ、研究会では以下の6点を提言としてレポートにまとめている。
「DX推進システムガイドライン」の策定
DXを加速していくために、DXを実現する上で基盤となるITシステムを構築していく上でのアプローチや必要なアクションあるいは失敗に陥らないために失敗の典型パターンを示した「DXを推進するための新たなデジタル技術の活用とレガシーシステム刷新に関するガイドライン」(DX推進システムガイドライン)を策定しています。策定の目的は以下の2点。
①経営者がDXを実現する上で、基盤となるITシステムに関する意思決定に関して押さえるべき事項を明確にすること
②また、取締役会メンバーや株主がDXの取組みをチェックする上で活用できること
例えば、コーポレートガバナンスに関するガイダンス等にも位置づけ、経営者や社外取締役、株主による活用を促すことを検討します。
「見える化」指標、診断スキームの構築
システム刷新を含めたシステムの環境整備に取り組むことを目的に、ユーザ企業自身がITシステムの全体像を把握できるように、「見える化」指標と診断スキームが必要だという
(図5.「見える化」指標のイメ-ジ)
DX実現に向けたITシステム構築におけるコスト・リスク低減のための対応策
ITシステムの刷新については、莫大なコストと時間がかかり、リスクも伴うものである。また、刷新後のシステムが再レガシー化してしまう恐れもある。このため、こうしたコストやリスクを抑制しつつ、ITシステムの刷新を実現する必要があるという。
協調領域における共通プラットフォームの構築
協調領域については、個社が別々にシステム開発するのではなく、業界毎や課題毎に共通のプラットフォームを構築することで早期かつ安価にシステム刷新することが可能である(割り勘効果)。ニーズのある領域を見極め構築することを目指す。
ユーザ企業・ベンダー企業の目指すべき姿と双方の新たな関係
DXを通じてユーザ企業が目指すべき姿
-既存システムの刷新が実行され、既存システム上のデータを活用した本格的なDXが可能になる。人材や資金等のリソース配分においても、既存システムの維持管理に投資されていたものを、新たなデジタル技術の活用によるビジネス・モデル変革に充当することができるようになる。
-結果、あらゆる産業のユーザ企業は、デジタル技術を駆使する"デジタル企業"となっていく。
ベンダー企業の目指すべき姿
ユーザ企業がデジタル企業となっていく中で、常に進歩し続ける最前線のデジタル技術の分野で競争力を維持し続けることが重要になる。ウォーターフォール型の開発も一部残るものの、ベンダー企業がリードすべき技術分野は、下記が考えられる。
①AI等を活用したクラウドベースのアジャイル開発によるアプリケーションの提供
②ユーザ企業が行うアジャイル開発に対するコンサルティング
③最先端技術の提供等
その上で、受託業務から脱却し、最先端技術活用の新規市場を開拓し、クラウドベースのアプリケーション提供型のビジネス・モデルに転換していくことが必要である。
ユーザ企業とベンダー企業の新たな関係
ユーザ企業、ベンダー企業がそれぞれその役割を変化させていく中で、ユーザ企業とベンダー企業の間で新たな関係を構築していく必要がある。契約面においても、必要な見直しを行う。
(1)ユーザ企業とベンダー企業間における契約
①ウォーターフォール型の開発に関する契約
既存のウォーターフォール型の開発に関するモデル契約は、既存システムの再構築を想定したものになっていないため見直しを行う必要がある。
②ユーザ企業におけるアジャイル開発に関する契約
アジャイル開発を想定したシステム開発・運用に関するベンダー・ユーザの責任問題、モデル契約等を整理するガイドラインの策定が必要である。
(2)トラブル後の対応:ADRの活用推進
裁判外紛争解決(ADR)の活用により、トラブル解決時間の短縮と、非公開性を確保することが期待される。システム開発を進めるに先立ってトラブルが生じた場合はADRを活用する旨を事前に契約に盛り込むことを推奨しているが、モデル契約にこのような内容を盛り込む等、ADR活用の促進の検討が必要となる。
DX人材の育成・確保
デジタル技術の進展の中で、DXを実行することのできる人材の育成と確保は各社にとって最重要事項である。ユーザ企業、ベンダー企業それぞれにおいて、求められる人材スキルを整理し、必要な対応策を講じていくことが必要。
ITシステム刷新の見通し明確化(DX実現のシナリオ)
2025年までの間に、ブラックボックス化した既存システムについて、廃棄や塩漬けにするもの等を仕分けしながら、DXを実現することにより、2030年実質GDP130兆円超の押上げを実現。
(図6.DX実現のシナリオ)
DXレポートの価値を図るにはもうしばらく時間が掛かるであろう。多くの企業がDXにチャレンジして企業体として成果を生み出せるか否かで真価を問われる。
さて、我々ベンダーにできることは何であろうか。
(つづく)