AIは20%がアルゴリズム、80%が組織----Reckittの「予測精度20%→75%」が示す、AI変革の本当の設計図
AI投資は増え続けている。しかし、期待した成果を得られている企業は驚くほど少ない。
この落差はどこから来るのか。技術が未熟だからなのか。それとも、使い方が悪いのか。
マッキンゼーが公開した消費財大手Reckitt(レキットベンキーザー)の事例と、同社が発表してきた一連の調査データを重ねて読むと、答えは意外なほど明快に浮かび上がる。問題は技術ではなく、それを取り巻く人と組織の設計にある----という、聞き飽きたようでいて、実は誰も本気で実践できていない結論である。
本稿では、Reckittの具体的な取り組みを起点に、AI変革の成否を分ける構造を、複数の調査データとともに整理してみたい。
▼ 元記事
How AI-enabled execution became Reckitt's tenfold game changer(McKinsey & Company)
---
■ Reckittが直面していた、ありふれた課題
Lysol、Dettol、Finish、Mucinex、Nurofen、Durex----誰もが知るブランドを持つReckittは、125カ国で4万人以上が働き、1日に約3,000万個の製品を販売するグローバル消費財企業である。
その同社が抱えていた課題は、規模の割に、驚くほどありふれたものだった。
長年にわたり、Reckittの収益成長管理(Revenue Growth Management、RGM)のアプローチは、受動的で分断されていた。価格やプロモーションの意思決定はサイロの中で行われ、バラバラのテクノロジーシステムが使われ、個人の判断とスプレッドシート分析に大きく依存していた。
マージン圧縮、インフレによる逆風、競争激化。こうした環境のなかで、経営陣は予測的でグローバルにスケールする、データドリブンなRGMアプローチが必要だと認識した。
この構造に心当たりのある企業は、日本にも多いのではないだろうか。
---
■ 成果:20%から75%へ
Reckittはマッキンゼーと組み、AI活用のモジュール型ツール群を導入した。2021年の開始以降、これらのプラットフォームは35市場へ展開されている。
測定可能な成果として報告されているのは、カテゴリー粗利益の向上、消費者向けプロモーションのROI改善、そして収益性の向上である。
さらに具体的な数字が示されているのが、小売実行(リテールエグゼキューション)の領域だ。北米CIOのVarun Kakaria氏によれば、棚割・陳列のコンプライアンス予測精度は、導入前は20%だった。それが導入後4〜5カ月で45%まで上昇し、現在は75%近くに達しているという。
現場の営業担当者の負荷も変わった。以前は30〜50項目のチェックリストを抱えて店舗を回っていたが、大手顧客向けには店舗の優先度ごとにアクション項目を集約するシステムを構築。1店舗あたり30分という限られた訪問時間を最大限に活用できるようにした。
How Reckitt Keeps Retail Execution Timely and Cost-Efficient With AI(Consumer Goods Technology)
---
■ しかし、成果を生んだのは技術ではない
ここからが本題である。
Kakaria氏の次の言葉が、この事例のすべてを物語っている。
「テクノロジーソリューションを持ち込んで、それが業績を押し上げることを期待する、という話ではなかった。それが商業計画のプロセスにどう組み込まれ、意思決定をどう作り変え、どんな有形の価値を生むのかを示したのだ」
そして、ツール設計の思想がこうだ。
「私たちはツールを、チームが完了しなければならないタスクから逆算して設計した。テクノロジーが人々の日常業務で直面する課題そのものを解決するとき、活用(adoption)は自然に進む」
この一節は、AI導入に悩むすべての企業に向けられた処方箋だと思う。
多くの企業は「良いツールを入れる」→「使ってもらうための施策を打つ」という順序で考える。研修を用意し、推進担当を置き、活用率をモニタリングする。しかしReckittは、その順序を反転させた。タスクを起点に設計したから、「使ってもらう」ための施策が構造的に不要になったのである。
同社はこの変革を「人材のアップスキリング」「オペレーティングモデル」「データ」「テクノロジー」という4つの軸で進めた。実際の市場データを使った実践的なハンズオンセッションによって、各市場が洞察の価値をリアルタイムで実証。それが賛同を加速させ、スケールで行動を変えたという。
結果として起きた最も重要な変化は、数字ではなかった。チームがアナリティクスを「付加的なもの(add-on)」ではなく、「計画業務が行われる仕方そのものの本質的な一部」として捉えるようになったことである。
Reckitt's bold ambition: Harnessing AI to redefine revenue growth management(McKinsey & Company)
---
■ データが裏づける、「AIは人の変革である」という命題
Reckittの事例が例外でないことを、マッキンゼーの複数の調査が示している。ここからは、この事例を一般化するための材料を整理したい。
【データ①:AIは20%がアルゴリズム、80%が組織の再配線】
マッキンゼーのState of AI調査の結論は明快だ。技術は機能している。課題は組織にある----と。
同調査では、約2,000人の回答者のうち、自社のEBITの5%超がAIに帰属すると答えたのは、わずか109人(約5.5%)だった。この「AI高業績企業」の実践は、主流派と大きく乖離しているという。
つまり、AIから実際に利益を得ている企業は、20社に1社程度しか存在しない。そしてその差は、モデルの性能ではなく、組織の作り替えの度合いによって生じている。
【データ②:成功するAI変革は「1:3:5」の投資配分をたどる】
これが、私が最も衝撃を受けたデータである。
マッキンゼーのエージェント型AIに関する最新の論考によれば、成功するAI変革は「1:3:5」のパターンをたどる。エージェント型技術に1ドル投資するごとに、プロセス再設計に3ドル、能力構築と定着(capability building and adoption)に5ドルを費やす、というものだ。
しかし、と同社は続ける。多くの企業はこの公式を完全に反転させている。テクノロジーが経営陣の関心と投資の大半を占め、能力構築と行動変容は「実装上の細部」として扱われている、と。
そして断言する。これらは補助的な活動ではない。それこそが本当の仕事なのだ(These are not supporting activities--they are the real work)、と。
Agentic AI change management: Closing the adoption gap(McKinsey & Company)
自社のAI関連投資が、この1:3:5にどれだけ近いか。あるいはどれだけ反転しているか。この問いは、極めてシンプルでありながら、多くの企業にとって痛いものになるだろう。
【データ③:「10%がツール、20%がプラットフォーム、70%が人」】
インドネシアの通信企業Indosat Ooredoo HutchisonのCEO、Vikram Sinha氏の言葉である。効果的な変革とは「10%がツール、20%がプラットフォーム、70%が人」だと同氏は主張する。
同社はAIネイティブな通信企業への変革を掲げ、四半期ごとの経営陣向けAI集中プログラムを含む、大規模なAI能力構築に取り組んでいるという。
Upskilling tech-savvy domain leaders for AI transformation(McKinsey & Company)
【データ④:「すべてのAI変革は、本質において人の変革である」】
書籍『Rewired』第2版(2026年4月刊)について語ったインタビューで、マッキンゼーのシニアパートナー、Kate Smaje氏はこう述べている。
最も重要な示唆は、すべてのAIトランスフォーメーションが、その核心において人のトランスフォーメーションであるということだ。私たちはしばしば技術に過度に注目し、「人がそれを使わなければならない」という事実を見落とす。人は違う働き方をしなければならない。ワークフローは変わらなければならない。プロセスも変わらなければならない。多くの場合、ビジネスモデル全体が転換する----と。
Rewired 2nd edition: What changed in AI transformation(McKinsey & Company)
同社の北米チェアマン、Eric Kutcher氏の表現も端的だ。これはおそらく私たちが見てきた中で最大かつ最も複雑な変革だが、80%がビジネス変革で、20%がテック変革である。それは、ほとんどの人がこれまで考えてきたのとは違う----と。
---
■ そして、最も見落とされている論点:制度が行動を殺す
ここまでの議論を踏まえたうえで、最も実務的に重要な指摘を紹介したい。
マッキンゼーのエージェント型AIに関する論考は、変革の最終段階についてこう述べている。
新しい行動を組み込み、ワークフローを再構想する----これがエージェント型プレイブックの最終章である。しかしこれは、公式のオペレーティングシステムが新しい働き方を強化して初めて実現する。もし評価指標、インセンティブ、意思決定権、昇進基準、マネジメントの慣行が旧来の行動を報い続けるなら、それ以前の段階がどれほどうまくいっていたとしても、新しい行動は生き残らない。ここが、ほとんどのエージェント型変革が失敗する場所だ----と。
そして、企業が測っているものと測っていないものについて、痛烈な指摘が続く。
企業はログイン数、ライセンス数、プロンプト量、エージェント呼び出し回数を測っている。測っていないのは、仕事が良くなったかどうかだ。より強力なアプローチは、エージェントの活用をプロセスのパフォーマンス----サイクルタイム、品質、顧客体験、意思決定の速さ、リスク低減、価値----に紐づけることである、と。
これは、私が連載「AIエージェント時代の組織デザイン」で論じてきたテーマそのものである。AIを導入しても、評価制度が旧来の成果と行動を評価し続ける限り、人は変わらない。制度が変革を殺すのだ。
▼ 参考(筆者note)
人事制度はあと10年でどう変わるか----評価・等級・報酬の前提が崩れる日
---
■ アクセンチュア調査との対比
先日、アクセンチュアの「Pulse of Change」調査を取り上げた。経営幹部3,650人と従業員3,350人への二重調査から浮かび上がったのは、次のギャップだった。
経営幹部の86%が2026年にAI投資を増やす計画を持つ一方、AIに合わせてプロセスを作り直しているのは約5分の1、役割をAI中心に再設計しているのは10人に1人未満。そして「非効率なプロセスにAIを適用しているだけなら、非効率を自動化しているにすぎない」という指摘。
Reckittの事例は、この裏返しの証明になっている。プロセスと働き方を作り替え、人材を育て、データ基盤を整え、タスクから逆算してツールを設計したから、成果が出た。
つまり、AI変革において成功と失敗を分けるのは、技術の選定ではない。技術に投資する額でもない。技術以外に、どれだけ投資し、どれだけ作り替えたかである。
---
■ 日本企業への示唆
最後に、これらの知見を日本企業の文脈に置き換えて考えたい。四つの論点がある。
第一に、投資配分を可視化することである。自社のAI関連投資のうち、ライセンス費用・システム開発費が占める割合はどれだけか。プロセス再設計に、能力構築に、行動変容の支援に、どれだけ配分されているか。1:3:5には遠く及ばないという企業がほとんどではないだろうか。まずはこの現実を直視することから始まる。
第二に、タスクから逆算する設計である。Reckittの「ツールをタスクから逆算して設計した」という言葉は、日本企業がやりがちな「全社共通の基盤を先に整える」というアプローチへの静かな批判でもある。現場の誰が、どの業務で、何に困っているのか。そこから設計を始められるか。
第三に、評価と制度の同時改定である。AIを使いこなす行動が評価されない制度のもとで、人がAIを使いこなすようになるはずがない。マッキンゼーが指摘する通り、評価指標、インセンティブ、意思決定権、昇進基準、マネジメントの慣行----これらが新しい働き方を強化しなければ、変革は定着しない。AI導入と人事制度改定は、本来セットで議論されるべきテーマである。
第四に、測るものを変えることである。ログイン数や利用率ではなく、サイクルタイム、品質、意思決定の速さといった業務そのもののパフォーマンスで測る。何を測るかは、何を大切にするかの宣言でもある。
---
■ おわりに
Reckittの棚割コンプライアンス予測精度は、20%から75%へ向上した。数字だけを見れば、優れたAIモデルの成果に見える。
しかし実際にそれを生んだのは、タスクから逆算した設計思想であり、実データを使ったハンズオンの能力構築であり、アナリティクスを業務の本質的な一部として位置づけ直した組織文化の変化だった。
AIは20%がアルゴリズム、80%が組織の再配線。1ドルの技術投資に対して、3ドルのプロセス再設計と5ドルの能力構築。10%がツールで、70%が人。
これらの数字が繰り返し語っているのは、たった一つのことである。AI活用の本質は、技術の導入ではなく、人と組織の変革にある。
そして、この命題を本当に信じている企業だけが、成果を手にしている。それが「AI高業績企業がわずか5.5%」という数字の意味なのだと思う。
▼ 参考文献・リンク
・How AI-enabled execution became Reckitt's tenfold game changer(McKinsey)
・Reckitt's bold ambition: Harnessing AI to redefine revenue growth management(McKinsey)
・Agentic AI change management: Closing the adoption gap(McKinsey)
・Upskilling tech-savvy domain leaders for AI transformation(McKinsey)
・Rewired 2nd edition: What changed in AI transformation(McKinsey)
・How Reckitt Keeps Retail Execution Timely and Cost-Efficient With AI(Consumer Goods Technology)