オルタナティブ・ブログ > 野石龍平の人事/ITコンサル徒然日記 >

人事領域(上流/elearing/ERP)コンサルでの人材開発/人事の一歩先の動向を考えます!

「ハーフパンツで集中力アップ」は、冗談ではなかった----ドレスコード軽装化の背後にある、室温と生産性の科学

»

読売新聞(2026年8月30日)が報じた、ハーフパンツ勤務の解禁が自治体や企業に広がっているというニュースを読んで、思わず笑ってしまった。しかし調べていくうちに、これは笑い事では済まない、れっきとした経営課題だと分かってきた。

本稿では、このニュースを入り口に、「なぜ企業はドレスコードの軽装化を進めるのか」を、室温と生産性に関する研究データも交えながら考えてみたい。

参考:読売新聞オンライン「『ハーフパンツ勤務』解禁、アパレル各社は『ジャケットに合うデザイン』展開...企業や自治体で広がる」

---

■ 何が起きているのか

まず、記事が伝える事実を整理したい。

東京都は2026年4月、近年の夏場の気温上昇を受けてクールビズを拡充した。執務中に着用しても問題のない服装として、Tシャツ、短パン、ジーンズなどを具体的に例示。都のクールビズ担当課長は、軽装は省エネにもつながり、相手に不快感を与えず失礼に当たらない範囲で新しい常識にしたいとコメントしている。

実際に都庁を訪ねた記者は、ハーフパンツにTシャツやポロシャツを合わせた軽装で事務作業を行う男性職員の姿を目にしたという。ある職員は、最初は抵抗感があったが、はいているうちに慣れてきた、涼しくてかなり快適で、集中力もアップしていると笑顔で語ったそうだ。

民間企業でも同様の動きが広がっている。不動産大手オープンハウスの福岡支社は、街頭で営業活動を行う従業員に黒色のハーフパンツの着用を許可した。従来はスラックスにポロシャツやワイシャツという指定だったが、涼しげな格好の方が爽やかな印象を持ってもらえるのではという判断からだという。現場からは、動きやすく快適という声が上がっているという。

アパレル各社もこの流れに呼応している。三陽商会の紳士服ブランド「ブラックレーベル・クレストブリッジ」は4月、ビジネスシーンでも着用できるハーフパンツを初めて発売し、売れ行きは計画の2割増と好調。青山商事の「洋服の青山」も、ジャケットや半袖シャツとセットアップで着られる同素材のハーフパンツを発売している。

この背景には、年々厳しくなる夏の暑さがある。気象庁によれば、夏の平均気温(6〜8月)は2023年から2025年まで3年連続で過去最高を更新した。

---

■ 「集中力もアップ」は、感覚論ではなく研究に裏づけられている

この記事で私が最も注目したのは、職員の「集中力もアップしている」という一言だった。これは単なる主観的な感想ではなく、実は建築環境学の分野で長年研究されてきたテーマと重なる。

オフィス環境研究の専門家として知られる早稲田大学の田辺新一教授は、オフィスの室温が1度上昇すると、知的生産性は2%減少すると指摘している。冷房の設定温度を上げて省エネを図る「クールビズ」的な取り組みは、体感温度の上昇という形で、目に見えないコストを生んでいる可能性がある。

参考:日経クロステック「オフィスでできる猛暑対策、室温と生産性の関係」

田辺教授らが手がけた環境省の研究プロジェクト「28℃オフィスにおける生産性・着衣・省エネルギー・室内環境に関する研究」では、より踏み込んだ知見が示されている。夏季に室温を緩和した設定のオフィスでは、作業能力や疲労度の主観的な申告が、実際の気温や体感温度そのものよりも、「温熱満足度」と強い関係を示したという。そして、気流(風の流れ)を強めたり、着衣を軽装化したり、従業員が自分で環境を選べるようにしたりすることで温熱満足度を高めれば、室温を緩和した設定のオフィスでも作業効率の低下を防げる可能性がある、と結論づけられている。

参考:環境省地球環境局「28℃オフィスにおける生産性・着衣・省エネルギー・室内環境に関する研究」

つまり、「室温を上げて省エネする代わりに、服装を軽くして満足度を保つ」というアプローチは、感覚的な妥協ではなく、研究によって効果が裏づけられた戦略なのである。ハーフパンツを解禁した都職員が「集中力がアップした」と感じたのは、決して気のせいではない可能性が高い。

---

■ 「最適な温度」をめぐる、複数の研究知見

関連する研究をもう少し広げて見てみたい。

フィンランドの研究者Olli Seppänenらによる研究では、オフィスワーク(文書処理、簡単な計算、電話対応など)を対象に、室温とタスクパフォーマンスの関係を調べている。この研究では、21〜22度で作業効率が最も高くなり、22度を基準にすると30度では8.9%パフォーマンスが低下するという結果が示された。一方で、26度以上でなければ温度による悪影響は見られない、あるいは25〜32度の間では1度上がるごとに2%パフォーマンスが低下するといった、条件によって異なる結果を示す研究も存在する。

湿度についても知見が蓄積されている。早稲田大学の研究では、湿度が35%を下回ると乾燥による不快感を覚えるとされ、低湿度環境ではまばたきの回数が増加し、視覚的な作業を要するタスクへの持続的な悪影響が確認されているという。逆に湿度が高すぎる環境(70%程度)では、疲労を感じやすくなるという実験結果もある。

参考:STUDY HACKER「生産性を上げたければ『温度』と『湿度』に気を配れ!?」

これらの研究に共通するのは、「温度・湿度と快適性(満足度)」「快適性と生産性」という二段階の関係が存在するという点だ。そして、その快適性を左右する要因の一つが、まさに「着ているもの」----衣服の軽さである。

---

■ ドレスコードは「見た目のルール」ではなく「環境調整の手段」だった

ここまでの研究知見を踏まえると、ハーフパンツ勤務解禁というニュースの見え方が変わってくる。

これは単に「暑いから許可した」という話ではない。企業や自治体が、①冷房の設定温度を上げて省エネを図りながら、②従業員の体感温度・満足度を、服装という個人が調整可能な変数でコントロールし、③結果として生産性の低下を最小限に抑える、という、環境工学的に理にかなった対応をとっている、と読むこともできる。

ドレスコードは、これまで「見た目の秩序」や「礼儀」という文脈で語られることが多かった。しかし実際には、従業員の身体的な快適性を通じて、認知パフォーマンスにまで影響を及ぼす、れっきとした職場環境マネジメントの一変数なのである。

---

■ 「制度」より先に「実践者」が現れる、という変化のパターン

もう一つ、この記事から興味深く感じたのは、変化の起き方だ。

東京都が制度としてクールビズを拡充したのは事実だが、記事が描くのは、それ以上に「実際にハーフパンツで働き始めた職員」「街頭で許可を出した福岡の営業部門」という、現場発の実践の広がりである。誰かが最初の一歩を踏み出し、それが「実際にやってみたら快適だった、集中力も上がった」という体験として可視化されたことで、周囲の抵抗感が薄れていく。

これは、以前このnoteで取り上げた、経団連の男性育児休業事例集とも共通する構造だ。育休取得率100%を実現した企業に共通していたのは、制度の充実そのものよりも、経営トップの明確な発信と、取得者自身の体験の可視化だった。

参考(筆者note):育休は「制度」ではなく「文化」で決まる----経団連事例集が示す、取得率100%企業の共通項

ドレスコードという、一見軽いテーマの中にも、「制度は必要条件だが、それを動かすのは実践者の存在と、その体験の可視化である」という、組織変革に通底する法則が働いているように思う。

---

■ おわりに----快適性は、コストではなく投資である

「ハーフパンツで出社してよい」という許可は、一見すると小さな話に見える。しかしその背後には、猛暑という気候変動の現実、省エネという経営上の要請、そして室温・快適性と生産性の関係という、長年蓄積されてきた研究知見が折り重なっている。

田辺教授の指摘の通り、室温が1度上がるだけで知的生産性が2%落ちるとすれば、それは決して小さな数字ではない。従業員数百人・数千人規模の企業であれば、その2%は、給与や研修に投じる金額に匹敵するインパクトを持ちうる。

服装というのは、組織が最も安価に、そして即座に変えられる「環境変数」の一つだ。ネクタイを外し、革靴をスニーカーに変え、そしてスラックスを短くする。これらは些細な変化に見えて、従業員の身体的な快適性、ひいては認知パフォーマンスにまで波及する、実は侮れない人事施策なのだと思う。

来年の夏、あなたの職場でも、膝下が涼しげな同僚が増えているかもしれない。それは単なるファッションの話ではなく、組織が快適性への投資を始めた証なのかもしれない。

参考リンク
読売新聞オンライン「『ハーフパンツ勤務』解禁、アパレル各社は『ジャケットに合うデザイン』展開...企業や自治体で広がる」
日経クロステック「オフィスでできる猛暑対策、室温と生産性の関係」
環境省地球環境局「28℃オフィスにおける生産性・着衣・省エネルギー・室内環境に関する研究」
STUDY HACKER「生産性を上げたければ『温度』と『湿度』に気を配れ!?」

Comment(0)