事例から学ぶ人と学ばない人
講演でもセミナーでも本でも「事例で学ぶ●●」とか「事例ベースで語る■■」といったものが好まれる。
そもそも、一般論に終始して、具体例が一つもない、という講演やセミナーは面白くない。
「言っていることはわかるけど、なかなかイメージjができないから、何か例を挙げてくれないかなぁ」
こう思うのは当然である。
だから、事例はないよりあったほうが絶対にいい。
・・・のだが、これがまた結構厄介である。
「例を挙げますね。たとえば、ある会社で、こういう出来事があり、あーでこーで、そーで、どーで、こうなったんですよ。これが、今解説した考え方を取り入れた、まさによい事例ですね」
といった話をする。
すると、「おお、事例があって、わかりやすかった、ありがとう」と言う人と「事例があったが、わかりづらかった」という人がいる。
この「後者」は、だいたい、こんな展開をたどる。
●事例はあったが、私と異なる業界なので、イメージが沸かなかった。同じ業界の事例がよい
同じ業界の事例を出すと
●事例はあったし、私と同じ業界の例でもあったが、会社の規模が違う(とか、外資系だ、とか)。同じくらいの規模の会社の事例がよい
同じ業界で、似たような規模の企業の事例を出すと
●事例はあったし、私と同じ業界の例でもあったし、会社の規模も同じくらいだったが、私の仕事とちょっと異なる。同じような仕事をしている人の例がよい
頑張って、同じ業界、似たような規模の企業、同じような職種の例を出すと
●事例はあったし、私と同じ業界の例でもあったし、会社の規模も同じくらいだったし、私と似たような仕事をしている人の例でもあったが、私はその人とは違う
となる。
ああ、もう、ありません。
あなたと同じ事例、ってことは、あなたの事例なので、もうそんなもんはありません。
・・・ということになる。
かりに、
どうにか頑張って、あなた自身の例を示してみても、
●私自身の例を出してくれたが、あの時の私と今の私は違う
なんてことになりかねない。
ある企業の部長がおっしゃっていた。
「学ぶ人は、どんな例からも学ぶんです。どこかが違う、といろいろ言う人は、事例から"学ぶ力"がまだ育っていない。
どこまで突き詰めても、同じ事例なんてない。その事例を自分ならどうか、とじぶんごとに引き寄せて考える力が必要なんです。」
そう、事例は便利だけれど、「あそこが違う、ここが違う」と難癖をつけ始めるといくらでもつけられる。
事例は具体的なものであり、そこから具体的な何かを捨象して、抽象化し、自分に引き寄せる。
これが「学ぶ力」ということなんじゃないかと、この部長の話を聞きながら改めて思ったのだった。
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同僚で後輩の横山哲也氏が拙著の書評を書いてくれた。ありがたい。
横山氏の紹介もあって、今回の書籍プロジェクトはスタートした。
納品されて真っ先にプレゼントしたのが横山氏である。(いや、ウソです。同僚の中では4番目に贈呈しました)
横山(同僚なので呼び捨てますが)は、物知りで、文章もうまいので、彼の本もぜひお読みください。
残念ながら技術書ばかりで、お礼に書評を書くことがわたくしにはかないませんが。
横山さん、ありがとう!
横山哲也氏ブログ
対人力と技術力~書評『ITエンジニアとして生き残るための「対人力」の高め方』~
【特徴:紙の本です】