オルタナティブ・ブログ > 田中淳子の”大人の学び”支援隊! >

人材育成の現場で見聞きしたあれやこれやを徒然なるままに。

第24話:話しかけられやすい

»


なぜか知らない人によく声を掛けられる。
まず、道を尋ねられることが多い。先日、有楽町の大きな交差点で信号が変わるのを待っていたら、大勢いる中からピンポイントで選ばれたような感じで、「銀座四丁目はどちら?」と素敵な銀髪でお着物姿の女性に訊かれた。

丁寧に教えて差し上げ、正しい方向に歩き始めたのを見届けて、私も目的地に向かった。

新宿の地下街では、これまた相当数の人間がいるにも関わらず、外国人観光客の集団に「オガワマチ ステーションはどう行くのか?」と英語で質問された。

「オガワマチ、、、ってどこ?」と私にはなじみない駅名に一瞬戸惑ったが、路線図を確認。身振り手振りと"JanGlish"(日本語英語)でなんとか伝えた。最後は調子に乗って、"Have a good Day!"などと声をかけてしまった。



これらは生活圏内のことだからまだいい。

観光地でも同じことがよく起こる。つまり、旅先でも知らない人にやたらと声を掛けられるのだ。

奈良好きで奈良の主要観光地はほぼすべて巡っている私はある時、飛鳥(明日香)をレンタサイクルで走り回っていた。

民俗資料館のような建物で、遺跡からの出土品を眺めていると、突然、知らないおじさんが話しかけてきた。どうも地元の方のようだ。

「おねえちゃん、そんなもの(ケースの中の出土品を指している)を見るより、フホンセン、は見たのかい?」
「フホンセン・・・ですか?」
「そうだよ。有名だよ。掘ってたら出てきたんだよ、すぐそこで」(建物の外を指さす)
(フホンセン?・・・掘ってたら出た?・・・)
「あ、温泉が出たんですか? フホン泉?」
「ちっ! 知らないの? フホンセンだよ。ふーほーんーせんっす! ニュースでやってるだろう?」
「え?・・・んーん、あ、あっ、富本銭、ですね!」(和同開珎よりさらに古いと言われているお金のこと)

「そうだよ。さっきも東京から来たねえちゃんがいたけど、あのねえちゃんも知らなかったな。これだから東京もんは困る」
「す、すみません」
「ここらへん、自転車で回ってんだろ?」
「はい、そうですけど・・・」
「だったら、おじさんについてきな」

(えぇーーーーっ!? おじさんについてきな、って、今ここで逢ったばかりなんですけど。私、自分のペースで観光しているんですけど。)

有無を言わさぬ勢いで、おじさんに続いて建物の外に出る。おじさんは、自分の自転車にまたがった。私も慌てて自転車に乗り、おじさんの後を追いかけることのい。(なぜ、こんな目に合っているのか?私)

おじさんはがたがたの山道をずんずん進んでいく。やたらと速い。私は無言で、しかし、全力で自転車を漕ぐ。

「ほら、ここだよ。ここを掘っていたら出てきたんだ、フホンセン!」 自慢げに言う。
「はぁ」

眼下に広がるのは、ただただ大きく穴の開いた地面。まるで水を抜いた巨大池のようなその場所一面に被せられているブルーシートだ。つまり、「ほら、ここだよ」と指した先は、大きな大きなブルーシートで覆われた発掘現場だったのだ。作業は休みだったのか人っ子一人いない。

「ねえちゃん、ちゃんとよく見ていくんだよ。これを見ずに帰っちゃだめだ」

仕方ないので、自転車を降りて、しばらく見つめる。 じーっと見つめてはみるもののただのブルーシート。フホンセンが見えるわけでも、発掘作業を見学できるわけでもない。

何分経っただろうか。おじさん、そろそろもう許してくれるかな?とそっと振り返ると・・・・いない! おじさん、とっくにいなくなっていた。ええ!?!?!?



数年経って、今度は倉敷を散策していた時。 倉敷から岡山のホテルに移動するため、駅に佇んでいた。

この時も見知らぬおじさんが近づいてきて、「いいもの買いましたね」と丁寧な言葉づかいで話しかけてこられた。

持っていた紙袋に印刷された「苑」というロゴを見て、「倉敷でそれを買うとはなかなかの通ですね。お気に入りは見つかりましたか?」と言われた。

倉敷発のブランドで「本物の草花で作るアクセサリー」を「」というお店で何個か買い求めた私は「ええ、たくさん」と応じた。

「だったら、フジトマンジュウはどうしました?」とさらに質問が。

(フジトマンジュウ? ・・・  フホンセンではなくて、今度は、フジトマンジュウなのか?また怒られるのか?)

「フジトマンジュウ・・・って、お饅頭ですか?」
「そうです。藤戸饅頭。 え? 買ってない? それはいけません」

(うわ、いけません、と言われても、今初めて知ったんだもの、そのお饅頭の名前)

「じゃあ、ぜひ食べてください。今差し上げますから。」
「えっ? そんなぁ・・・」

おじさんは数メートル先に立っていたオクサマと思しき女性に声を掛けた。「おーい、藤戸饅頭、一つ開けて!」

その女性は鞄から、きれいに包装された箱を取り出し、駅のホームで、その包装を開けてくれた。おじさんは、そこから饅頭を2個取り出して私の手のひらに乗せてくれた。

「はい、これが藤戸饅頭」
「あ、ありがとうございます。いいんですか? 包みを破いてしまって」
「これから親戚のうちに行く土産なんだけど、倉敷まで来て藤戸饅頭を買わないなんてよくない。 2個差し上げるから、食べてみてください。 次回倉敷に来た時はぜひ買ってください。お店の場所はね、駅を出て・・・」  お店の場所も教えてくださった。

あまりの力説につい質問してみたのだが、藤戸饅頭の関係者ではないそうだ。



奈良、倉敷。これ以外にもいろいろな場所で郷土愛にあふれる方たちに出会ってしまう。そして、あちこちで話しかけられる。フホンセンの発掘現場を見ていないと叱られ、いいお土産を買ったと褒められ、フジトマンジュウを知らないと悲しい顔をされる。

話しかけやすいオーラでも出ているのだろうか。それともスキだらけなのだろうか。

「知らない人に食べ物をもらってはいけません」と子どもの頃親によく言われたものだけれど、フジトマンジュウ、ホテルの部屋でお茶を飲みながらしっかり頂戴した。おいしゅうございました。


================

「日経BPケイタイ朝イチメール」(連載:2009年7月~2010年7月)の再掲です。
年齢、日時など、掲載当時のままです。
なお、奈良弁、岡山弁は再現できないので、会話のニュアンスを再現しました。

その後のお話。

相変わらず、知らない人によく声を掛けられている。

先日は、神戸市内を散策していたら、毛皮のロングコートをお召しのおばさまに「●●に行くには、このバスでよいのかしら?」と突然声を掛けられた。

その後、神戸市内の地下鉄に乗り込んだら、まばらにしか座っていない空いた車両なのに、なぜかすぐ隣に女性が座り、すぐに「●●エキハ、コレデイイデスカ?」と片言の日本語で訊かれた。

こちらも観光客なので、分かっていないのに、旅先で道を訊かれるということは、地元の人に見えるということだろうか。

日常的にニコニコしている方では決してないのだけれど、なぜか今でも知らない人にたびたび声を掛けられるのであった。




Comment(0)