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人材育成の現場で見聞きしたあれやこれやを徒然なるままに。

第23話:試着室の奮闘

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れっきとした中年なのだが、仕事でしゃきっと着られる、おばさんぽくない服を探すのには苦労する。30代後半くらいからそういう悩みが増えてきた。周囲でも同じような悩みを持つ女性は多い(そんなことないですか?)。

おばさんぽくない服、と言っても、若過ぎるブランドでもダメなのだけれど。

服を買いに行く。年齢層がちょっと違うかなぁと想いつつも「誤差の範囲」と言い訳して、30代までをターゲットとしているらしきブランドの店に入ってしまうことがある。
商品を手にしては、「うーん、何もかも細い!」とうなる。スカートなんて薄くてペッタンコである。皆さん、スマートなのだなぁ。

パンツ(ズボンのことですよ)も鉛筆のように細い。ただし、昔と違って、たいていはストレッチが効くためこれで結構伸びる。

パンツを手にとって眺める。

『細いっ! でも、ポリウレタンが入っているし、かなり伸びそうだなぁ。いけるか?』(心の声)

そんな自問自答している私に笑顔の若い店員さんが近づいてくる。

う、まずい。

「試着してみてくださーい♪」 スィートな声でおっしゃる。

「う~ん。腿が入るかどうか…。 これ、かなり細いですよねぇ。若い方向けのブランドですもんねぇ」(ちょっと卑屈になる)

「いえ、そんなことないですよ。幅広い年代の方がお召しになっています。このパンツ、ストレッチですごく伸びますから、大丈夫ですし、履き心地もいいですよぉ」

笑顔にほだされ、ふらふらっと試着室に。目測では「無理」な物件だ。

よっこらしょ。パンツをはく。正確に言うと「はく」ことに挑戦する。腿の途中まで上がる。それ以上にはいかない。

いや、「ストレッチ」だから無理をすれば伸びるわけだが、売り物だし、無理して何かあってもなぁ…。どうしよう? 途中で脱ぐか? もう少し上に上げてみるか?

腿の途中まで上がっているパンツを両手で押さえた状態で、仁王立ちし考える。

今カーテンを開けられたら人間の尊厳が損なわれるという態勢である。

そんな時、カーテンの向こうから可愛らしい声で「お客様ぁ、いかがですかぁ」と声がかかる。

「いやぁ、参った。途中から上がりませんがな(なぜか関西弁)」と正直に伝えるにはプライドが邪魔をする。

「ええと、ちょっときついみたいです。」などと控えめに答え、よしっと決意し結局は脱ぐ。試着室を出る時は、入る前とすっかり同じ格好である。

店員さんは、「あれ?着ていない?」という顔を一瞬なさるが、そこはひるまず「少しきついようだったので、やめておきます」とパンツを返す。

「よければ他のものもご覧くださぁい」と勧められるが、そそくさと店を後にする。決して振り向かない。

こういう細身パンツがたまにスポッと入っちゃうことがある。

試着室を出て、鏡に映った我が姿は、「ぱっつんぱっつん」である。

『このパンツ、いくらフィットするタイプとはいえ、こんなにぱっつんぱっつんでいいんだろうか? いや、いいはずはない』とこれはこれで悶々とする。

「あ!お似合いですねぇ。」と褒める店員さんに、『そんなことないだろ!』とココロでは突っ込みつつ、「入ったことは入ったのですが、ぴちぴちで、ぱっつんぱっつんなんですよね」と、見ればわかることを口にする。

こういう時、店員さんは「そうですねぇ」などと絶対に言わない。

「いえ、ぴったりで、”キレイ”にお履きになっていますよぉ」と言う。必ず言う。

「でも、こんなに”ぱっつんぱっつん”でいいんでしょうか?」とさらに尋ねる。(いいわけない、と自覚しているのに、会話の流れ上、なんとなくこういう確認をする。)

「ええ、これは、ぴったりと着ていただくものですから」と返される。本当にここまでぱっつんぱっつんになることは想定していないだろうに。

再度試着室に入り、”ぱっつんパンツ”を苦労して脱ぎながら、「この状況をどうしのごうかな」と考える。

パンツを片手に外に出て「ちょっと考えます。他のお店も見てから」と断る。こういう場合、おそらくもう考えない。そして、この件でここに戻ってこない確率は90%である。パンツ1枚買うのでも大変だ。



店員さんもベテランになると、コメントが堂々としている。

ある店で、洋服を手に試着室から出てきて、「似合わないようなのでやめておきます」と淋しそうに言った後、ぼそっと「私の、この脚がもう少しほそければいいのだけれど」とつぶやいたら、私より10歳くらい年長と思しき店員さん、にこやかに、しかし、きっぱりとこうおっしゃった。

「お客様。それが”体型”というものです。一人ひとり違うんです。それが人間ですから」

語尾に「みつを」と書き加えたくなるようなお言葉。

その清々しいセリフに深くうなずき、私もまた爽やかな気分で手にした洋服をそっと返した。

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「日経BPケイタイ朝イチメール」(もしくは、電子書籍『コミュニケーションのびっくり箱』<廃版>)の再録です。

初掲出は、2009年7月~2010年7月まで。

※この「試着室の奮闘」は、Twitter上で、「PPP」という言葉を生み、読者の間では、「PPT=ぱつぱつパンツ」として、しばらく人気を博したことを添えておきたいw。

===その後のその後===

何かで読んだのだが、女性はだいたい10代若いブランドに行くものだとファッション業界では認知されているとか?

「20代と書いてあるブランドには30代が行き、
 30代とうたうブランドには40代が行く・・・」

なるほどぉ、と思ったのだった。



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